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第五写:ウサギ

ども、晴れの日です。今回は物語への本編へ片足入れます。お楽しみ頂ければ幸いです。ではどうぞ。

『痛い……痛いよぉ。』


 ごめんよ、俺には治せない。


『誰かぁ、この子を助けて下さい!』


 すみません、俺には……俺には無理なんです。


『あぁ……ひもじぃ……ひもじぃぃ。』


 もう、俺も食料はないんです。すみません。


『助けてくれぇ……。』


 ごめんなさい、俺にはなにもできないんです。許して下さい。




 『殺してくれ。』










 いつもの夢を見た。この世界に来てからだと初めてだ。今まで、俺が見捨ててしまった、助けられなかった人達の叫びが一度に襲いかかってくる悪夢。中でも、一番強烈なのは、一人の兵士が俺に懇願した言葉、『殺してくれ。』

 俺は結局彼を殺せず、共に行動していた赤十字のボランティアの医師と協力し合い、彼を助けようとしたが、無念にも亡くなってしまった。出血多量のショック死であった。あの時、俺は彼の願いを聞き入れ楽にしてやれば良かったのだろうか……。


『苦しい。』


「ッ!?」


 一瞬、彼の声が聞こえた気がした。だが、それはもちろん幻聴で、実際に彼がいるわけはない。俺が彼に対する罪悪感から生まれた幻聴だというのは分かっている。しかし、しかしそれでも、俺は期待している。彼がいつか、俺の目の前に現れ、俺を言葉の限り罵り、彼が俺に対する怒りを示してくれることを。なぜなら、彼が俺に怨み辛みを抱いていると知っただけでも十分だからだ。俺は彼の願いを拒絶し、無駄な治療をして、彼の苦しむ時間を長引かせただけなのだから。俺に怒りをぶつけて欲しい。でなければ、俺は俺の罪悪感に潰されてしまう。


「……ユウスケ……どうしたの?」


「!……あぁ、幸オハヨウ。大丈夫、ちょっと眼が覚めただけだから。まだ寝てても大丈夫だよ?」


 隣のベットで寝ていた幸が、のそのそと眼を擦りながら起きる。俺は無理矢理笑顔を作り上げ、彼女に時間に余裕があることを告げた。すると彼女は「うぅん。」と唸るように答える。するとベットから降り、フラフラとした足取りで俺の所に歩いてきた。


「どうした?って、オイ!?」


 彼女は何を考えたのか、俺のベットに入ってきた。


「……ユウスケ………一人じゃないって……良いね。」


 それだけ言うと、彼女は再び眠りに入った。


「一人じゃない………か。」


 彼女は一人を相当怖がる。いわゆる孤独恐怖症なのだ。にも関わらず人見知り。彼女の側には、彼女が心を開いた人物、今は俺が必要なのだろう。しかし、それでも俺はいつかは元の世界に帰らなければならない。そうなれば、コイツはまた一人だけ……か。


「一人は………確かに辛いよな。」


 俺の横で、静かに寝息をたてる幸の頭を撫でながら、俺は静かに呟く。










 場所は代わり暗黒大陸南部。通称『世界の果て』に位置する世界最高峰の山、エルマウンテンの麓の屋敷。


「……エドガー、急に呼び出してなんだ?俺はそこまで暇な身ではないのは知っているだろう?要件は手短に伝えろ。」


 屋敷の中でも一番広い部屋に、黒い三対の翼を従えた黒いマントを羽織る青年が喋る。やけに高圧的に喋るその青年は腕を組んで佇み、長い金髪に蒼と朱のオッドアイという浮世離れした風貌をしている。その特徴から察するに、彼は魔族の出身であり、しかもかなり高位な者であろう事が伺える。

 対して、広い部屋には似合わない質素な執務机に座するエドガーと呼ばれた男は、その高圧的な態度など、歯牙にも止めぬようにニヤニヤと嘲笑を浮かべていた。


「やぁルシファー二世、久しぶりだねぇ。君が来るのを待っていたよ。」


「いいから要件を言え。」


 ルシファー二世と呼ばれた青年は、そんな男の態度に、若干の怒りを滲ませているようで、彼を急かす。その様子を見たエドガーは「やれやれ。」と言って、執務机から立ち上がる。すると、今まで影になって見えなかった彼の風貌が明らかになる。黒い甚平姿という、余りにもラフ過ぎる服装をしている。そんなエドガーの姿を見て、一瞬青年は眉間に皺を寄せるが、直ぐに何時もの表情に切り替え、エドガーを見据える。

 改めて、エドガーの風貌を見てみれば、彼もルシファーに負けず劣らずの異形であった。黒い髪の毛はある程度伸びているが、だらしない印象は与えず、むしろスポーティーな様子だ。次に金色の眼、瞳孔はまるで獣のような猫眼である。そして、エドガーの黒髪の隙間から後ろに伸びる灰色の二本の角が、エドガーが純人ではないことを、悠然に物語っていた。しかし、魔族や亜人なのかと問われれば違うのだろう。何故なら、金色の瞳は竜種だけが持つ、独特の色だからである。


「まぁ君が王としての役割を果たしているから忙しく、時間に追われる日々が続くのは致し方あるまい。」


「貴様が、仕事を俺に押し付けるからだろう?」


「ククク……違いない。しかしな、俺も仕事でココにいるのだよ。面倒な書類仕事を君に任せているだけだ。」


「そうやって、父上にもずっと書類仕事をさせて居たのか?貴様が少しは書類仕事の手伝いをしてくれれば、父上も痔などに苦しまずに済んだものを。」

「フハハハッ!!アレには笑った。恐怖の大魔王ともあろう者が、痔なんぞに泣いたのだからな!!」


 ルシファー二世の言葉に反応し、エドガーが腹を抱えて大爆笑を始める。


「ふん。竜種の貴様に、我々魔人種。ひいては人型種族の肛門の脆弱さなど分かるはずもない。」


「フハ!そうさなぁ、たかだか1000年座り続けただけで痔になるような者の気持ちは、俺には分かりようもない!」


「1000年ではない1500年だ!」


 酷くどうでもいい話である。


「で、要件は何なのだ?さっさと言ってくれ。」


「おっと悪い悪い。…………黒兎が現れた。」


「!?………確かなのか?」


 さっきまで、痔の話で盛り上がっていた二人とは思えない緊迫した口調で会話をする二人。その雰囲気はそれぞれが種の長である風格が漂っていた。


「ヴァーグからの情報だ。断言しよう、黒兎の封印式は瓦解した。」


「ッチ………ならば、貴様がココに居座り、封印式へ魔力を供給する意義を失ったのではないか?」


「実はそうもいかん。『全知』の話を聞けば、鍵である黒兎が居なくなっても、魔力の供給を続けていれば、後一年二年は封印式を維持できるらしい。それに、黒兎はまだ未成熟。『全知』が干渉しない事を決めてしまった今。黒兎が自分で力を付けなければ、『代行の獣』に太刀打ち出来ようもない。黒兎の相方の異訪人も使い物になるかどうか……。」


「何?異訪人だと!?」


「ん?あぁすまん。俺としたことが失念していた。黒兎の相方は異訪人らしいのだ。」


「………『災厄の権化』と『革命の導師』が一度に現れるとはな。………いよいよ世界の終焉か?」


「ルシファーはそう見るか?」


「なら貴様はどう見る?」


「終焉ではなく始まりだ。復活する災厄など、その時勢に合わせ姿形、能力を変えてきた。同時に革命も内容を変える。俺の予測では、災厄はイースウェンの問題からだろう。あそこはココ四十年で負の因果を溜めるだけ溜め込んだし、革命もやはりイースウェン中心であろう。世界がバランスを取るために、二つ同時に寄越したのだろうよ。」


「………まるで神がいるかのような言いぐさだな?」


「神などいないさ。いるのは世界の意思。平等と均衡を信念とする世界の大いなる意思のみさ、まぁそれを神と呼ぶことは出来るだろうがね?『全知』も、そこは触れることができないらしいからな。」


 二人は押し黙る。ほんの数秒の沈黙の後、「フッ」とルシファーが鼻で笑う。


「随分とロマンチストじゃないか。」


「100万年も生きると、そういった存在を肌で感じるようになるのさ。」


「だが貴様は傍観者なのだろう?」


「そう、俺は傍観者。オブザーバーだ。過ぎた力を持ってしまった代償……全く、『全知』自身が俺をそう言ったものに創りあげたくせに、勝手なものだ。」


「流石、国喰い。言うことの規模が違う。」


「誉めるなよ、城崩し。」


「フン、やはり喰えん男だ。まぁ良い。俺は戻るぞ、仕事の続きをしなければならない。」


「あぁ。まぁ達者でな。」


 互いに軽口を叩くとルシファーは部屋から出ていった。部屋に残ったエドガーは、椅子に座り、窓から外の景色を眺める。せろそろ、夜のトバリが橙色の空を侵食し始め、世界が静かな、そして安らぎの闇へと移り変わる。


 エドガー、生ける伝説。この世界唯一の龍であり、竜の皇。魔物の帝。そして、エルマウンテンに封印されているモノの封印を護る者。またの名を国喰いの龍帝。

 ルシファー二世、現魔族の王。類い稀な魔法の才と政治力により、国民からの信頼も厚い。二つ名は城崩しの黒雷。

 二人が危惧する災厄とは?革命とは?まだ分からない。










「え?が、学校ですか?」


 現在、俺と幸はルルドさんと共に朝食中だ。そんな折り、ルルドさんからの突然の提案は、俺と幸に学校への入学であった。


「えぇ。私共が保護した元奴隷の子供達も多く通う学校なのです。名をブソウ魔法学園。やはり、社会復帰にはある程度の教養も重要ですし、何より。奴隷時代の経験のせいで、重度な対人恐怖症の子達もいます。そのリハビリも兼ねて、学校というシステムは非常に便利なのですよ。」


 なるほど、道理は分かるが不安もある。一つはやはり幸だ。彼女が初めての環境で、見知らぬ人に慣れていけるかとか、他にも学費はどうなるのかとか、俺が学んできた事と全く違ったらどうしようとか挙げればキリがない。

 が、結局賛同しなければ「何故?」という話になり、丁度いい返答が俺には思い浮かばない。下手に、「勉強を今でしてこなかったので」なんて答えた日には、「私がなんとかしよう。」とか言って余計な手間を掛させてしまう。それは非常に申し訳がない。まぁルルドさん名義で学校に行くってだけでも十分な手間だろうがしょうがない。となると答えは、


「俺は構いませんが、幸に最終的な判断は委ねますよ。」


 決定を幸に委ねると、トマトを塩につけ丸かじりしている幸に視線を向ける。トマトを咀嚼しながら思案顔を見せる幸は、俺を眺めたら、ルルドさんに視線を移し。


「ユウスケが行くなら、幸も行く。」


 と、答えた。


「分かりました。と、なるとエナジー測定をしなければなりませんね。ナナクツ。」


「かしこまりました。」


 少し白髪混じりの、小さな角が額に生えた初老の男性、魔族のナナクツさんが、ルルドさんに頭を下げると、


「……リンディー=ブル。」


 と、囁くように呟き。俺と幸を観察しだす。


「ユウスケ様のエナジーは200〜220と、不安定に上下しています。幸様は150で安定しているようです。」


 どうやら、先程のリンディー=ブルという魔法で、俺と幸のエナジーとやらを測定したようだ。


「なるほど、………ユウスケさんのエナジーは同世代に比べて高めですね。幸さんは逆に、少々低めのようですが。」


 ルルドさんの言から読むに、平均は恐らく170〜180といったところか。


 俺にも魔力がある?


 以前のルルドさんの話を参照に考えるならば、魔法とは内的魔力(エナジー)の量と、外的魔力(マナ)の扱い方、そして術式の正確さで決まるらしい。そして、俺が魔力を持つとなれば、俺がいた元の世界の住人も魔力を持っていて、マナが存在しないか、ワードとなりうる文字羅列が存在しないかのどちらかであろう。

 俺は、その思案は余り表に出さないように、ルルドさんの次の言葉を待った。


「では来週からの編入で話を進めて起きますので。」


「了解です。」


 話が一段落つくと同時に、幸はトマト三つ目に突入した。









 朝食後、本を読むのが好きなんです。と軽い雑談をしていたら、ルルドさんの書斎に、幸と一緒にまぬかれた。すると、ある本を見つけたので、簡略し書き記す。


 英雄伝説

 昔々、全知と呼ばれる神様がおりました。神様は、世界に生きる者を愛し、その望みを極力叶えていました。そんなある日の事です。神様は一人の少年の願いを聞きました。

 『世界を壊して。』

 神様は困惑しました。世界を愛していたが故に、少年が何故そのようなことを願うのか、理解できなかったからです。神様は気になり、少年に直接理由を聞くことにしました。

 曰く、愛する者を理不尽に奪われた。貧困から来る革命運動に巻き込まれ、少年の家族と恋人は、無慈悲に殺された。彼の家庭は決して裕福なわけではない。が、巻き込まれたのだ。なかば、暴徒と化した革命軍に、犯され、殺された。

 少年が、世界を憎むには十分な理由だった。世界をその目で見たことのない少年だったからこそ、世界にある優しさを理解する前に、世界にある醜さや、怒りを理解してしまったのだ。

 神様は悲しんだ。こんな、年端もいかない少年が、『世界を壊して。』と願う世界になってしまっている今を。神様は悩み、この愛する世界を一度壊し、一から作り直す事を決めた。

 世界に、『獣』が放たれた。『獣』は、世界を憎み、恨み、呪う願いから生まれた。生き物を襲い。数を増やす。その力は驚異的で、三日でその勢力を世界の三分の二まで拡げた。

 神様は、世界が喰い殺される様から眼を逸らし、世界が上げる断末魔を耳を塞いでじっと耐えていた。世界を愛していのだから、神様は世界が死んでしまうまで、じっと耐えた。しかし、神様の元に一つの願いが届いた。


『妹を、病から助けて。』


 神様は、我が耳を疑った。滅びゆく世界の中で、何故生き長らえようとするのか。生きていても、いずれ獣に喰い殺されてしまうというのに。

 神様は、思わず少年に聞き返した。しかし、その問いに、少年はなんの躊躇も迷いもなく答えた。それは、神様の知らない世界の答えだった。神様は、少年の言う可能性を信じてみたくなった。神様自身も、この世界の知らない部分を知りたくなったのだ。

 神様は、自身が産み出させる中で最も凶悪な存在である『獣』を封印するため、一人の兎のような黒い長い耳の少女を産み出した。その少女を人柱として、世界中の『獣』を封印した。

 神様は、世界の希望や優しさの可能性を信じ、世界の観察を、再び始めた。





「…………兎のような長い黒い耳………か。」


 ルルドさんに貸してもらった童話には、興味深い一文があった。それが『兎のような長い黒い耳』である。まるで幸ではないか。


「今まで、政治的な話ばかりだったけど、突然ファンタジックになったな……。」


 軽い失笑をこぼしながら、俺は呟く。ルルドさん曰く、この世界では聖書のような働きをしているという。

 『兎のような長く黒い耳の少女』おそらく幸と同じ亜人の少女なのだろう。それも、神が遣わした人類救世のキーパーソン。かなり神聖な扱いを受けても良いハズだ。しかしそれならば、ルルドさんが幸を初めめ見た時、大なり小なりのリアクションを見せるはず。だが、そんなことは一度ななりとも無かった。黒兎の亜人が、そこまで珍しいという訳では無いのかもしれない。

 いや、それ以前に、幸には良く分からない点が多すぎる。まず彼女の初登場の仕方だ。明らかに不自然。虚空から立ち込めた黒い霧の中から現れた彼女の登場の仕方は、正直、『魔法』と簡単に片付けていいものではないはずだ。もし仮に、空間転移なんて魔法があるのだとしたら、それはそれで話は別だが。だがしかし、もし空間転移の魔法があるのだとして、彼女をいったい誰が、なんの目的で空間転移させたのか?それから彼女の耳にある奴隷の証しである、エルドリングに刻まれた文字。明らかに日本語ではなく、地球上の言語でもないコレ。本を読む限りイースウェン王政国家の共通語も日本語と見て間違いないであろう。


 「お前いったい……何者だよ………。」


 隣の椅子で、眠りこけている幸に、俺は囁くように問いかけた。しかし、寝ている彼女は答えるはずがなかった。



次回予告

幸「えぇと。私とユウスケが、初めてガッコウってところに行くよ。ガッコウにもトマトあるのかなぁ?」


雄輔「次回『第六写:学校』。予定日は12月28日前後です。ご期待ください。」

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