第三写:世界―イースウェン王政国家の簡略的歴史―
サブタイ長いですね。今回は説明会ですが、読んでくれたら嬉しいです!
さて、唐突だが、幸と出会ってから三日が過ぎた。幸を連れ、人がいる集落を目指し歩き続けている。すでに沢から川に移り変わり、最初の森からも抜けた。外から見ると、改めてあの森の巨大さを実感したがそれはどうでもいい。幸の格好は色んな意味でヤバくて(見た目が奴隷っぽいところや。一番の問題は下着を着ていないところ。)、仕方がないから、俺の蒼と黒の雨具を上に着せている、下のズボンはウエストのサイズが合わなくて、直ぐにずり落ちてしまったので、幸の服(?)を結んでいた麻の紐で何とか履かせているとか言った話も、今はさして重要ではない。今一番重要で、可及的速やかに解決すべき問題は、食糧だ。幸というイレギュラーの参入により、一週間は持つ予定だった食糧も、倍のスピードで減っているのだから当然とも言えるだろう。
「ユウスケ、ご飯。」
本当にそろそろ、人が住む場所を見つけないとな。
幸は意外な事に大食漢で、カロリーの高いレーションを食べていたから、最初に出会った時より少し肉がつき、多少は健康的な体になった。とはいっても、まだかなり痩せ気味ではあるのだが………。
しかし、食料を調達しようにも、この世界の言語が全くわからないという事は、非常に面倒な問題だ。日本語、英語、中国語ならある程度問題なくこなせる。それからベトナム語もある程度は話せる。しかしそれ以外の言語だった場合……いや、下手をすれば地球の言葉じゃない可能性さえ……あぁ考えただけで嫌気がさす。幸は少しずつ日本語を覚えてきて、簡単な会話が出来るまでになったが、それだけで、日本語以外の言葉は喋れない。だが、たかだか三日間だけで、会話が成立するほど日本語を理解できている幸には、驚嘆を禁じ得ない。
「ユウスケ、ご飯!」
そう言えば、幸の手足についてる枷には、文字の様な紋様がついている。あれがこの世界の言語だとしたらかなり困る、見たこともなない文字なのだ。例えるなら、象形文字だとか、そういった物に通じるものがあるような気がしなくもないが、真相は俺には分からない。発音や言語体型も分からないのだ。やはり思案すればするほど不安は募るばかりだ。
「ユウ〜スケ〜!」
「おうわぁ!?」
一人、物思いにフケていると、突然視界がガックンガックン揺らされる。どうやら、後ろについていた幸が、俺のバックを揺らしているらしい。
「ご〜は〜ん〜!」
「分かった!分かったから揺らすなぁ!!」
「やったぁ!」
今、俺の腕時計が示す時間は昼の12時。朝飯を食べたのは朝の6時。今日中に着けなかった場合を考えると、どうやら俺の昼食夕食は抜きになりそうだ。
―――――――
幸の昼食を済ませ、再び歩き出したある時。
「君達、旅人ですか?」
「え?」
不意に、日本語で声をかけられ驚き、振り返ると車に乗った少し小太りな中年男性がいた。
今この瞬間、俺の脳内を埋め尽くしている考えは、言語が日本語で良かっただとか、幸の事をどう説明するかだとか、怯えた幸が俺の腕に抱き付いて、程よい柔らかさが俺の腕を包んでいるとかそう言ったことじゃぁない。その中年男性が『車』に乗っていることだ。そう、ファンタジーに良く出る馬車ではなく、自動車。しかも俺が知ってる自動車とは違い、走行音がない上に、車輪もなく、若干宙に浮いた、ハリウッド映画で、未来を舞台にした作品に出てきそうな空飛ぶ自動車だ。
「ん?どうしました?」
「あっいえ、失礼しました。実は少々道に迷ってしまいまして、町を探していたんです。」
混乱している自分を何とか静め、当たり障りのない言葉を選び並べていく。男性を観察すれば、確りとした身嗜みに、ふくよかな体。そして乗る自動車は、まるでベンツだとかそう言った高級車と同じようなデザインだ。美的センスが、元いた世界と変わらないのであれば、このノーズの長い車も高級車なのだろう。とすれば、彼はそれなりの身分。もしくは富裕層の人間なのだろう。
「町?成る程、君達は地方の方から出て来たんですね?町どころか、大都市が君のすぐ近くにありますよ。」
「え?」
どう言うことだ?ここら辺は緑豊かで、隣に流れる川は、その穏やかな水面を、太陽の光を受け美しく煌めかせる正に大自然。町はおろか、あってせいぜい村がやっとあるくらいにしか思えないのに。大都市とな?
中年男性は、俺の顔を見て嬉しそうにくつくつ笑ったあと、地面を指差した。その仕草に俺はハッとした、もしかして、この世界では町は地下に作られているのか!?
「分かったみたいですね。そう、ここはイースェン王政国家最大の都市にして首都、イースェン王朝のお膝元、大都市ククリの上です。」
予想外だった。俺も日本にいた頃は、それなりに色々なファンタジー小説を読んだ。そして異世界物と言えば、剣と魔法で紡ぐ英雄潭が主である。まるで中世のヨーロッパの様な世界観。科学の代わりに魔法が進んだ文明。それが一般的なイメージの異世界だ。しかし、眼前のそれはどうだろうか?あの車一つとっても、科学の技術は元いた世界に勝るとも劣らないだろう。俺の脳裏に、一瞬ここは異世界ではなく、未来の地球なのでは無いだろうか?という疑問が過る。なるほど、それも大いにあり得るかも知れない。いやむしろ、異世界に転移したと考えるよりかは幾分かは現実味があるかもしれない。
中学の時に読んだ科学雑誌に、時間転移は理論上可能みたいな事が書いてあった気がするし。あれ、でもあの雑誌には、マルチバースだとか、パラレルワールドだとかの事も書いていた気がしないでもない。
「君の隣の亜人……耳にエルドリングを着けているということは…、君の奴隷ですか?」
「っ、えぇと。」
しまった。つい言い澱んでしまった。この世界での奴隷としての立ち位置が読めずに、なんと言って良いのか分からなかったのだ。違うと否定するのは容易いが、彼の言うエリドリングと言うのは彼女の右耳にある金色の輪のことなのだろうが、これが誰かの所有物であることを示し、奴隷の人権が世間一般で認められていないのだとしたら、違うと否定した瞬間、警察に御用になる恐れもあるのだ。
だが、言い澱むのも不味い。これでは、否定しているのと余り変わりが無いではない。どうする?
「……なるほど……そういうことですか。」
「え?」
俺が何か良い言い訳を考えていると、何故か中年男性は一人納得してしまった。
「その子、君の友人か何かですね?そしてその子を助けてココまで逃避行されたと。……違いますか?」
「い、いえだいたいそんな感じです。」
ココは下手なこと言うより、だいたいで誤魔化した方が吉だな。
「……なるほど……ならどうぞ乗って下さい。私の家に是非招待したい。そこで、色々と旅の話を聞かせて頂きたいのです。」
中年男性からのご招待……何故だ?理由としては二つが予想できる。一つはただ旅人の話が聞きたいだけの親切。もう一つは、前者を装った悪人だ。前者はかなりの楽観的な予想で、現実味があるのは後者だ。
「あぁそうだ。そう言えば、まだ名乗ってませんでしたね。私は反奴隷制活動会副会長兼、ルルド工業代表取締役のヴァーグ・ルルドと申します。お見知りおきを。」
反奴隷制活動会?語字的には奴隷制という法律に反対する活動家の会といったところか?ならば……信じても良いのか?いや、だが待て。俺には彼の肩書きを証明する物は何もない。彼を信じきるほどの証拠が手札にないのだ。
「俺は、水池雄輔。そちら的には雄輔・水池。こっちは……幸……幸・江夏です。」
幸の苗字を、即席でつけながら。状況を改めて思案する。俺達は今、紛れもない食糧難だ。ここで彼に出会えたのは幸運と言えよう。だが、彼の真意が分からない。人当たりのよさそうな、見た目も相成り、一瞬信じてしまいそうになるが、いや待て冷静に考えろと、俺の脳ミソが待ったをかける。他人を信じるには、それなりの情報を得なければ。そうだな、ココは万全を期して断るべきだろう。食糧難はこの際、釣りでもすれば解決出来るし、歩いていけば農村等もあるだろう。そこで、住み込みで働かせて貰うと言う手もある。かなりの楽観的な発想だが、ここでこの謎の中年おじさんに着いていくよりかは、まだ安全な気がする。
「なるほど、その名前から察するに、極東地方の出身か。随分な長旅ですな。それこそ、私の家に招待し、旅の話を是非お聞かせ願いたい。」
「えと………大変ありがたい話ではあるんですが……「そうだ、ご馳走もお出ししましょう。今日は出来の良いトマトが収穫出来たと聞きます。」「トマト!?行こうユウスケ!!早く早く!!」
やられた。先手を打たれた。無垢な幸は、目の前にぶら下げられた餌に食い付いてしまったのだ。ここで俺がNOを発するのは簡単だが、下手をすれば、「ではサチさんだけでも…」なんて流れに成りかねない。それは非常に不味い。心境的に不味い。幸だけ置いて逃げ仰せるなど、俺の良心が許すはずもない。
しかし、ここで彼に付いて行くと言うのは余りにも不安だ。どうする。どうするべきだ。
「ふむ、ユウスケさんは私の事が信じきれてないみたいですね。」
「っ!……えぇ、失礼は承知していますが、正直俺達は現状、右も左も良く分からないような状態です。不用意に行動し、騙されてしまっては目も当てられない。」
「そうですね、当然の判断です。ふむ。ですが今の私に私自身の身分証明出来る手段が……あっ、いえ有りましたね。」
「え?」
ルルドさんは、「少し待ってて下さい。」と言うと、車の中で何かを探し始めた。なんだ、何を探しているんだ?
「あったあった。ユウスケさんも、これに目を通していただければ、私の事を多少は理解出来るかと。」
そう言って渡されたのは、会社紹介のパンフレットだった。表紙には、大きな文字で明るい未来を作ろう。ルルド工業と書かれていた。
社員数が2000人弱の巨大な会社で、魔動車という今ルルドさんが乗っているような車を製作している工場らしい。社長挨拶というページには、間違いなくルルドさんの顔写真が写されており、これがルルドさん本人であることは間違いないようである。それからパンフレットにも、反奴隷制活動会副会長という肩書きも書かれている。
なるほど、この情報だけで判断するならば、ルルドさんは一代でこのルルド工業という会社を社員数2000弱という超巨大な会社を作り上げ、魔動車というシェアでの業界一位を勝ち取ったらしい。それらの点を、元に考えるならば、実績や、社会的地位もあり、沢山の人に信頼を寄せられている人物であるのたろう。
うぅむ。背に腹は変えられないか、ここはルルドさんの言葉を信じよう。
「では、すいません。お言葉に甘えさせて頂きます」
「えぇ喜んで。」
油断せず、もしもの時は直ぐに幸と逃げられる様にしておこう。
――――――
「うぉぉなんだこれぇぇぇ!!」
「ユウスケ、うるさい!」
「ハハハ、ユウスケさん。楽しそうですね。」
ついつい叫んだ俺に、幸は怒り、ルルドさんは楽しそうに笑う。しかし幸よ、しょうがないではないか、突然のエレベーターで地下に来たと思えば、地下にしてはとても明るく、広く、超高層ビルが連なる地下都市が眼下に広がっていたのだから。
この光景見てしまい、完全に興奮した俺の中から、先程まであった警戒心が霧散していた。正直、情けないとは思っている。
だがそれとは別に、ここに来て謎がまた増えた。こんな高度な建築技術を持ち、太陽にも負けない眩い光を生み出せるほどの文明が、何故地下で過ごしているのか?どんなに知恵をつけようとも、結局人間も生き物。太陽の光を求めるのが当たり前、長らく太陽の光を受けないでいると、体に害が生じるものだ。人工の光では代用出来ない光、と言われている太陽の光を浴びずに、暮らせるのだろうか?この問いに対するアンサーの予想としては三つ。
一つは、『政策』だ。この大都市ククリの上にそびえる大自然。この世界でも環境破壊による問題が発生していたため、人口の多い都会を地下に再築。元あった場所を自然に返すというもの。
または、地上に何かしらの、人類に対する脅威があり、それから逃れる為に地下世界世界を築いたという予想。
そして最後の1つが、この世界での人類が、日の光を必要としない進化を遂げた可能性だ。しかしその場合だと、ルルドさんが上にいた理由が分からない。日の光を必要としないならば、逆に日の光が害になる場合もあるからだ。
ならばやはり、政策によるものか、何かしらの脅威があるのだろう。結局は俺の想像に過ぎないが、調べれば直ぐに分かるだろう。
しかし、考えてみれば、何故ルルドさんは外に出ていたのだろうと疑問に抱く。中だけ見ていても、尋常ではない広さだ。ここで済ませられない用事はないのではないかと思ってしまうほどに。となれば、特定の誰かに会いに行ったのか?
「あの、ルルドさん。」
「どうしました?」
「なぜルルドさんは、今しがた地上にいらしたのですか?先程の自己紹介で、貴方自身のことをルルド工業の代表取締役、つまり社長という立場だと言われたにも関わらず、いったい何故?地上に何か入り用が?」
余り違和感のない感じの質問を投げ掛けてみる。そして彼は、先程となんら変わりない調子でこう答えた。
「何、対した用事じゃありませんよ。反奴隷制活動会の書類を、会長に届けに行っていたのですよ。こことは別の区画に住まわれているので、車を二時間くらい走らせた先の場所におられるんです。」
ルルドさんは、にこやかな表情を見せながら言った。なるほど、やはり人に会いに行っていたのか。その帰りで偶然俺達は彼に出会ったのだな。
「トッマト♪トッマト♪」
俺の隣に座る幸は、そんなにも楽しみなのか、トマトの名前をリズム良く口ずさんでいた。
―――――――
ここ、イースウェン王政国家が所属する世界には、大きく二つの大陸が存在する。中央大陸と、暗黒大陸と呼ばれる二つの大陸だ。中央大陸には人や亜人が中心に繁栄し、暗黒大陸では魔物や魔族と言われる、魔法に特化した者が多いらしい。どうやらこの世界は、ほんの40年前まで、魔法や剣を中心にした先に言ったようなある意味王道的な異世界であったらしい。しかし、時のイースウェン王政国家の王、クルウ・イースウェンは、その才を振るい、瞬く間に中央大陸の『科学』技術を繁栄させ。現在の魔法と科学が融合した新しい体制の文化を誕生させたらしいのだ。
しかし、急激すぎたその改革は、国民に予想だにしない打撃を与えた。それは、『貧困』だ。この改革に乗れた人物は僅かで、大勢の人々は多くの負債を抱え、自己破産に追い込まれたり、自らの身や、家族を奴隷という形で売り出さざるをえない状況を生み出したのだ。故に、社会では奴隷という存在の比率が急増。税金を払うことが困難な国民も急増し、国家は現在、衰退の一途を辿っている。しかし、それを良しとしない活動家、エリック・ハード氏を中心に、反奴隷制活動会を設立、現奴隷や、元奴隷を救出し、就職窓口の紹介や援助で奴隷達の社会復帰を支援する団体である。しかし、今まで奴隷の存在に偏っていた現在の社会体制では反対者も大多数に上り、今だ満足な行動が出来ないでいるのである。しかし、エリック氏は全民共通人権論を提唱し、反対者との全面対立状態にある。
「………なるほど、それが貴方がたの反奴隷制活動会ですか。」
「えぇ。いまや、私が経営するルルド工業従業員の約半数は元奴隷者です。」
「……ほう。」
ルルドさんの自宅にお邪魔してからかなりに遠回しに、この世界のことを聞いてみたが、どうやらその国王、クルウ国王はただの人間ではなさそうだ。40年程度ではありえない科学の発展。おそらく俺のような異世界人であろう。しかも俺のいた時代より遥かに進んだ時代。そうでなければこの科学改革の速度は異常すぎる。
「しかし、………最近余り良くない噂を耳にするようになりまして………。」
「え?」
「どうやら、私達の活動を快く思わない一部の人物達が、エリック氏を殺害しようとしているらしいのです。」
「……奴隷商や、奴隷に依存している一部の上流階級の人物ですね。」
「ご明察。しかし、ソコに政治家も交わります。」
「政治家?」
「今の我が国は魔法科学の輸出と、奴隷商のお陰で財政が成り立ってるのと同義なんです。財政難でも、奴隷商の金の動きによって国家の財布もギリギリ保たれていたのですから政治家は、必死に奴隷商を守るでしょう。」
つまり、負のスパイラルに陥っているわけだ。
「しかし、しかしそれでも。人権は守られるべきです!ほんの100年前、人類と亜人、魔族による忌まわしき種族間戦争が終戦したばかりにも関わらず、人権をないがしろにするなど愚の骨頂!ユウスケさんもそう思うでしょう!?」
熱弁するルルドさんの気迫に押され、苦笑いを浮かべる俺。幸は幸で、出されたトマトスープを次々と食べていく。
しかし、ルルドさんの言はまさにその通りである。奴隷商がまかり通る社会はろくな社会ではない。そして、その奴隷商を国が、人が守ろうとするのはすじちがいである。なるほど……だんだんこの世界が分かってきた。
「おかわり!」
………幸、自重して。せっかくのシリアスなんだから。
次回:第四写:世界―種族と魔法―
投稿予定日11月25日