第一写:ココはどこ?
第一話です、楽しんでいただければ幸いです。
「………………あれぇ?」
俺、水池雄輔17歳は、17年間の生涯を通じて、史上最大の怪奇現象に襲われていた。
「………どこココ……?」
いままで俺は、西アジアのとある国にいたハズだ。
「………まず冷静になろう。」
俺は自分に問い掛けると、辺りを見回す。
背の高い針葉樹の森。見る限りスギに近いようにも見えるが、しかし、日本のソレに比べると明らかに巨大だ。
それから、つい先程まで俺がいた場所を思い浮かべる。撮影した写真を、日本でひいきにしてもらっている雑誌の編集者に向け輸送するのに必要な調印を、日本大使館に貰うために、日本大使館の敷地に入った瞬間。景色が一片し、この針葉樹の森に俺は足を踏み入れたことになる。後ろを振り替えると、先程までの街並みはまるでなく、小鳥が囀ずり、高い針葉樹により日の光が中々届かない暗い森の風景が流れていた。
「現時刻は……14:24……確か、日本大使館の到着予定は14:30……うん。状況を説明する適切な言葉は、空間転移としか言い様がないな。」
状況を整理しても、結局非科学的説明しか頭に浮かばなかった。しかし、それはそれ、今俺がすべきことは、現在地の確認、荷物の確認、それからキャンプ地点の確保だろう。ならばまずは胸ポケットにいれてあるスマホのGPS機能を………圏外ってマジか。2025年の今日、地球上で携帯が圏外になる場所を探す方が困難を極めると言うのに。まぁ繋がらない物はしょうがない。次は荷物の確認だ。俺は背負っていた重い鞄を下ろし、中身を広げる。一人用小型テントと寝袋、ガスとコンロそれからスチールの小さな鍋、ヘッドライト、レーション10食分(主な内容物、乾パン、レトルトのトマトスープ、白米、レトルトカレー、ココア等)、水一週間分、ロープ、防寒着、下着三着、バック外になると、軍手、帽子、腕時計、スマホ、方位磁石それから最後に一眼レフカメラ。
ひとまず、一週間程度は、過ごせそうだ。となると、優先的には一週間以内に川を見つけなければ。
――――――
樹にマーキング(傷をつけ、迷わないようにするための行為。)をつけながら、歩くこと五分。小さな沢に出た。この沢を下流に進めば、いずれ川に出るだろう。その川に沿って歩けば、人が住む集落に辿り着けるハズだ。
「早くに見つかって良かった。………しかし、この国の水にしてはやけに綺麗な水だなぁ。」
今俺が居るハズの国は、十年近く紛争を続けており、水は濁りきり、この沢のように川底が透き通り、小魚が気持ち良さそうに泳ぐ場所など皆無のハズだ。しかし、それは前提として、『いままで居た国』であるのならばの話だ。
正直、信じたくない話ではあるが、この五分間の探索で、いままで17年間の人生で見たことのない植物や、動物を見つけた。手が四本あり、脚が凄まじく小さい猿のような生き物の群れや、極彩色の大型の鳥など多種多様で、奇妙な生物を多く見付けた。そんな生物は地球上で見たことないし、新種であるならばこの巨大なスギで形成された森に沢山いるハズがない。何故ならこんな質量の森だ、ある程度有名で叔父さんだって教えてくれるはず。しかし、俺はこの森を、植物を、生物を初めて見た。余りにも非科学的で突拍子もないことではあるが、俺はどうやら、異世界に来てしまったのかもしれない。
「………ま、あり得ないけどな。」
そう、こんなことはあり得ない。あり得るとすれば、俺の頭がどうにかこうにかなってしまったのか、夢でも見ているのか、もしくは俺が死んだかのどれかだな。
ブゥン……。
「……ん?」
そんなことを考えながら、沢の畔を歩いていると、不意に沢側、つまり右側の真横から、まるでパソコンに電源を入れた時のような音が鳴る。気になり、そちらを向くと、黒い霧のような何かが、大きな丸に限りなく近い形で浮いていた。
「…………。」
突然の出現に、身動きが出来ないでいる俺をよそに、その黒い霧からスッと白い腕が伸びる。
「っ!?」
正直かなりビビった。それこそ、井戸から出てくる幽霊じゃあるまいしと内心思った通り程だ。
しかし気付く、その白い腕はまるで助けを求めていように、か細くまっすぐコチラへ伸びているではないか。
俺はいままで、こんな風に助けを求める手を何度も見てきた。食べ物がない餓死寸前の子供、腹に弾丸を食らった男性、爆弾で足を無くした老人、死にかけている幼い子供を抱き抱えながら、必死に助けを求める女性。助けられた人は片手の指の本数と同じか、それ以下かもしれない。それでも、助けられなかった時の罪悪感と、無念さは何度味わっても馴れる物ではなく、だから俺がその白い手を掴んだのは必然だった。
「せぇの!」
気合い一発、白い腕の持ち主を黒い霧から引きずり出す。すると出てきたのは、見た目15歳程度のとても軽い少女だ。その少女を、お姫様抱っこのような形で抱えると、まず少女に異常はないか軽く見回す。しかし、そこで異質な物を、少女の頭に見つけた。
「……黒い兎の耳?」
彼女の腰の辺りまである黒い髪から、黒い兎の耳のような物が二つ伸びていた。その内の右側の耳には、金色は輪っかがピアスのように二つぶら下がっている。髪飾りではない。実際に彼女の頭から生えているようだ。しかし四本腕の猿がありなんだ、兎は耳を生やした人間だっているのかもしれない。
改めて、彼女を観察していくと、あることに気付く。綺麗な白い肌なのだが、所々赤い擦り傷のような跡や、左腕に巻かれた薄汚れた包帯。そして両手両足につけられた、途中で鎖がちぎられている足枷と手枷。それから服と言うには、余りにも粗末な黒いボロボロの布。腹の部分は麻のヒモで結ばれている。そしてデカ過ぎもなく、小さ過ぎもしない二つの丘。思わず視線を反らそうとしたが、服の上襟か覗く、両の鎖骨の真ん中に、痛々しい何かの焼き印のようなものが視界に写った。次いで目線を挙げていけば、綺麗に整った顔、右頬に傷があるが、そんな物は気にならない程に美しく、可愛らしい顔をとらえた。一瞬、見惚れてしまったが、それは極一瞬のことだった。
パチリ。
不意に、彼女の閉じきった眼が開かれる。彼女の灰色の瞳が俺を捉えると、その瞳は怯えた表情を覗かせ、体がガクガクと震え出す。
「あ、あぁ、うぅう!!」
非常にか弱い力で、俺のお姫様抱っこから逃れようと暴れる少女。俺はまず少女を落ち着かせるために語りかける。
「待って、俺は怪しい者じゃなくて……イテ!」
彼女は、俺の右の二の腕に歯を立てるが、力が弱く、若干の痛みしか感じない。
「うぅう、うぅ!!」
唸り声を上げながら力を混める彼女だが、急にフラッとしたと思ったら、気を失ってしまった。
「……オイオイ……マジかよ。」
俺は彼女をゆっくりと下ろすと、バックから寝袋を取り出し、彼女を寝袋に入れ寝袋のチャックを締める。幸い、ここいらには柔らかい雑草が生えている。寝づらいことはないハズだ。
「………はぁ、いったいどうなってるんだ?……って消えてるし。」
彼女を寝かせ、一息ついた時にやっと気付いたが、彼女が出てきた黒い霧が消えていた。
―――――――
「う、うぅ。」
「あっ、起きたか。」
俺がレーション(乾パン)を食べていると、寝袋から呻き声が聞こえ、彼女が起きたことを知らせる。
「っ!?」
寝袋から身を覗かせた彼女は、俺を見つけると同時に、怯えたような表情を見せる。
「まぁ食べなよ。」
俺は彼女に別のレーション(乾パン)を投げ渡す。彼女は受け取ってくれたが、まだ警戒心は解いてくれないようだ。やれやれ。どうしたものか……。
「……?」
一応、レーションには興味を持ってくれているようだが、ソレがなんなのかはいまいち分からないようだ。とりあえず、俺が手に持つレーションを振って見せるが、小首を傾げるだけで袋を破こうとしない。
しかたがない。俺はレーションをくわえながら彼女の元に歩み寄る。警戒心が強まるのは覚悟の上。とりあえず、渡したレーションを指差し、手を差し出すと、意味は理解してくれたようで、レーションを俺に渡してくれた。その袋を破り、再び彼女に渡すと、渡されたレーションと俺の顔を交互に見る。俺は、彼女に見せるようにレーションを一口食べてみると、彼女も恐る恐るレーションを口にした。
「ふぅ。」
黙々とレーションを食べる彼女を見るに、警戒心はある程度解いてくれたようだ。しかし、表情が冴えないところを見るに、どうやら乾パンじゃぁ口に合わないようだ。俺は好きだけどな、乾パンレーション。
「っと時間時間。」
俺は慌てて足元にあるガスバーナーの詮を閉め、鍋を満たす熱湯の中から、トマトスープのレーションの袋を取り出し、その袋開け、容器に移す。すると、温かく濃厚なトマトの香りが俺の鼻腔をくすぐり、食欲を沸かせる。どうやらそれは彼女も同じようで、物欲しそうな眼差しで俺をみている。もちろんそんなことは予測済みだ。ちゃぁんと二つ分温めていたのだからな。今開けたトマトスープを彼女に渡す。熱いとかはちゃんと分かるようで、息をフーフー吹き掛け冷ましてから口をつける。
その瞬間、左の耳がピンと立ち彼女の顔が赤くなる。一度容器から口を離すと、キラキラした眼で俺を見ていた。彼女に出会ってから、始めて向けられた恐怖や敵意以外の眼差しである。どうやら好評だったようだなうん。不意に彼女は何かを思い付いたように、左手に持つ乾パンを見詰めると、トマトスープに軽くつけ、先が若干赤くなった乾パンを口に含んだ。すると、先ほどよりも眼をキラキラさせて、トマトスープと乾パンをぺろりと平らげてしまった。どうやら相当腹を空かしていたようだ。考えてもみれば、彼女の少し細すぎる体、そして余りにも弱々しい力。ろくな栄養補給が出来なかったのだろう。ならばココは男として、このトマトスープも彼女に与えるべきであろう。だってあんなキラキラした眼で見られたら誰だって………ねぇ?
――――――
「それで、君名前は?」
「……?」
「名前だよ名前。」
今俺は、なんとか彼女とコミュニケーションを取ろうと、英語、中国語、日本語で話しかけてはみたが、首を傾げるだけで会話がろくに成立しない。一応、俺が今までいた国の言語でも話しかけてみたが、リアクションは同じ、そして今までの彼女の言動が、全て『あ』か『う』なことから、どうやら彼女は言語を知らないようだ。何故彼女が言語を知らないのかそこまでは分からないが、しかしこのままではしょうがないので、まずは自己紹介をしよう。言語は日本語でいいや。とりあえず俺は自分を指差し、
「水池雄輔。み、ず、ち、ゆ、う、す、け」
と、自分の名前を名乗る。しかし彼女は黙って首を傾げるだけで会話がろくに成立しない。諦めずにもう一度、「み、ず、ち、ゆ、う、す、け」と名乗ると、彼女が、右手首についた、手枷の鎖の音を鳴らしながら、俺を右手で指差し、
「み………じゅ……ち……ゆう………しゅ………け?」
と、拙い日本語で喋った。
「そう!水池雄輔。」
「みず……ち……ゆう……すけ。」
なんだろうか、17歳にして娘が出来た気分である。
僕は改めて彼女を指差し名前を訪ねるが、首を傾げるだけであった。もしかして名前も無いのではないだろうか?
改めて彼女の身なりを確認すると、何となく理由が読めた。衣服と呼ぶには余りにもお粗末な黒い布、そして左腕の薄汚れた包帯、両手足の枷、極めつけは鎖骨中央部にある焼き印。まるで奴隷のような格好では無いだろうか?だとするならば、言葉も知らず、名前もなく、俺を見たときの怯えよう、明らかに栄養不足な体。全ての理由が繋がった気がした。
「………君は。……」
今まで、戦場カメラマンとして三年間活動してきたが、奴隷という非道徳的行為を実際に見たのは生まれて始めてである。それをこんな見た目15歳の少女が名前を覚える以前から受けていたのか?それは許される行為では決してないハズだ。
「……幸。」
「さ……ち?」
「そう。君の名前だ。」
彼女は幸せを知らないのだろう。ならば、俺が彼女に幸せをを教えよう。だから彼女の名前は『幸』だ。
次回予告『第二写:世界』
投稿予定日:2012年11月10日
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