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第二章 語られる理想 前編

ネンブラムから河沿いに北に伸びる街道の先にあるのは良質な鉄鋼石が採れることで有名なガシャラハ山の麓であり、そこにはその鉄鉱石を加工する鍛冶町バーザが栄えていた。

「あれがバーザだ。あそこは鉄鉱石が採れる代わりに土壌が悪くてまともな作物が育たない。だからこうやって儂の様な行商人がいる訳だ」

ギドは灰色の禿げ山の麓の煙が上がっている場所を指差しながら言った。

「金属の加工所か。もしかするとお前の石もここに運び込まれている可能性があるな」

「どうだろうか? あれは金属ではなくただの石だと思うんだがな」

「だが可能性はあるはずだ。お前が石と思い込んでいただけで実際には金や銀の原石の可能性だってあるかもしれないからな」

ネレスとて実物を見た訳ではないため断定することはできずただ憶測するしかできなかった。

「お前達の言う石がどんな物かは分からんが鉄であるのならばバーザに運び込まれているだろう。だがそれ以外の金属なら適当な検査をした後に精錬技術の発展している別の町に流れるだろう」

「なるほど…。ここになければ他の同じような鉄鋼業を生業としている場所を順繰りに巡って行けば目的の物にたどり着ける可能性があるのか」

「しかしまあ二人で探すのにも限界があるだろう。儂も組合に声をかけて探す様に言っておこう。大きさや大体の形状を教えてくれればいい」

「大きさはこのくらいの球だった。色は…黒っぽくて肌触りはとてもツルツルしている。重さはあまりなかったな」

ガルバスは手で大体の大きさを示しながら答えた。それは直径五十センチ程度の比較的大きなもので重さは筋力が人間に比べはるかに強いガルバスの感覚で軽いだけであって、大きさから考えると相応の重量があるはずだった。

その言葉をギドは頷きながら紙にメモし、それを懐に仕舞った。

「そういえば聞いていなかったがこの隊商はバーザの次にどの辺りに行くんだ?」

「あぁ、我々はここで金属製品を仕入れた後にこの山を越えた先にあるバーナードに売りに行くんだが…お前達も来るのか?」

「いや、いい。私の探している物がここにないのならまだ帝国の内地にあるはずだ。だから少し東に向かってみようと思う」

「そうか……」

護衛がいなくなるのが不安だったのかギドは少々トーンの落ちた声で答えた。それからは誰もしゃべることなく三台の馬車は進み続け、煙がもうもうと立ち込めるバーザの町にたどり着いた。

町に入ってギドが店を開ける準備を始める前に二人は報酬を受け取るとそこらかしこに乱立する鍛冶屋に入ってはガルバスの石の情報を集めたが一切それらしい物はここに来たことは無いようだった。

「ここには無いようだな……。どうする? まだ日も高いから東に向かって進むことも不可能ではない」

「そうだなここはあまり空気も良くない。それにネンブラムとは違うようだな」

この町の住人達がガルバスに向ける視線はまるで汚物を見るようなものであった。しかしこのバーザに獣人が全く住んでいないわけではない。むしろネンブラムよりも多いのだがその獣人のほとんどは鉱山で働く炭鉱夫であり、強靭な肉体と体力から危険でリスクの大きい場所で低賃金で働かされほとんど奴隷の様な扱いを受けていた。

そのためバーザの人間達は全ての獣人が卑しい仕事をしていると思い、全く関係のないガルバスにさえ同じような視線を向けていた。

「あぁ。全てがネンブラムと同じ訳ではない」

どこか悟った様な言葉を呟くとネレスは首を振りつつガルバスの手を掴んで立ち止まらせた。その瞬間ガルバスの目の前を黒い石が横切り、近くの家の壁に当たって落ちた。

「何のつもりだ?」

ガルバスが石の飛んできた方向を睨みつけるとそこには数名の男達が下卑た笑みを浮かべてガルバスを見ていた。

「獣人ふぜえがおおどーりを歩いているんじゃねーよ」

男の呂律の回っていない言葉と紅潮した頬からそれらが酒に酔っている事が簡単に分かった。しかしガルバスはその言葉が酒のせいだと分かっていながらも耐えられずに走りだし、拳を振り上げていた。

「ひぃっ!」

男が短い悲鳴を上げ、逃げようとしたがガルバスの動きは早く固く握り締められた拳は男の鼻柱を叩き潰し、更にその体を三メートルばかし吹き飛ばした。

「ガルバス…落ち着け。ここは人の目がある、あまり暴れると駐屯兵が来るぞ」

「これが……落ち着いていられるか! 何故獣人であるからといって石を投げられて黙っていなければならない! 人間にへつらわねばならない!」

ガルバスの目は血走り、ネレスにさえ容赦ない殺意を向けていた。その殺意の余波に怯えた残りの男達は吹き飛んだ男を抱えるとそそくさと逃げ出し、雑踏の中に消えた。

「その気持ちは分かる。だが……今は耐えろ」

「人間のお前に何が分かる!」

ガルバスはネレスの手を振り払って叫んだ。

「お前には分かるまい! 生まれた時から決められているこの格差を! この理不尽さを!」

「……」

「ただ少し人間と違うだけで迫害されるこの辛さをお前は知らないだろう!」

「いや、知っている。だからこそ今は耐えてもらいたい。それが出来ないのなら力づくで黙ってもらうぞ」

ネレスは距離を取ると拳を構えた。その顔はいつになく真剣であり、カーラと向き合っていた時よりもずっと険しい物だった。

「知った口を利くな!」

ガルバスは吠え、拳を振りかぶった。怒りにまかせたその攻撃は大ぶりで隙だらけだった。そのためネレスはいとも容易くそれを避けて彼女の鳩尾に痛い一撃を叩きこむことが出来た。ネレスの一撃はただの物理攻撃ではなく魔力によって威力が上乗せされており、たった一撃でガルバスは意識を失った。

「分かるさ……。分かるからこそ僕は追放されたんだよ」

意識を失い自分にもたれかかるガルバスを抱きしめながら呟くネレスの顔はいつも以上に寂しく、今にも泣き出しそうだった。



「まさかお前が来てくれるとは思ってもみなかった。ありがとう」

カーラが待ち始めて二日目の昼頃に増援は到着していた。最初の早馬が来た時に増援の準備が行われており、次の早馬が手紙を届けた時には出発の準備は完全に整っていた。その数はおよそ二百、その全てが騎馬兵でありその大隊を率いるのはカーラの五歳下の妹クルスだった。

二人は腹違いではあったが仲は良く、クルスはカーラの事を心から信頼し、慕っていた。そのため最初の早馬によってもたらされた追放者の存在を聞くなりカーラに何かがあってはいけないとすぐさま増援を出せるように準備をしたのだった。

「姉さまの頼みとあれば私はどこへでも馳せ参じます」

「ありがとう。これだけの数があればいかに奴が強くとも問題なく叩けるはずだ」

カーラは妹の献身に感謝し、礼を言った。

「敵は二人と聞いていますが追放者が魔法使いであるのならばこの数でも不安が残ります。ですが私が姉さまをこの命に代えてでも守ってみせます」

「ああ、頼りにしているぞ。早速出発しよう。奴等は恐らくバーザに向かっているはずだ。ガシャハラ山を越えられると少々厳しくなる。だからそれまでに見つけるぞ!」

カーラは大声で兵士に指示を出すと馬の腹を蹴って走り出した。その後にクルスが続き、更にその後を二百を超える兵士達が一斉に駆けだした。目指すは北方に僅かにその姿を見せる灰色のガシャラハ山の麓の町バーザだった。



腹に鈍い痛みを感じながらガルバスは目覚めた。周りを見渡せば簡素な木造の板が目に入り、体の下には粗末なベッドがあった。どうやらどこかの宿の一室であるようだった。

「気が付いたか?」

そのすぐ隣にはネレスが椅子に座っていた。その顔は申し訳なさそうであり、その原因は先ほどからジクジクと体を突き刺す鈍痛の様だった。

「さっきは済まなかった。ああでもしなければ駐屯兵に捕まる所だったからな」

「いや……私こそ少し言い過ぎた。忘れてくれ」

自分の言った事がどれほどまでに軽率であったかを思い出したガルバスはネレスに向き直ると頭を下げた。

「そんなことをしなくていい。あれは当然のことだから決して気に病む必要はない。謝るべきはあいつらの方だ」

ネレスはそう言うなり頭の布をほどいた。毒々しい紫色の頭髪が露出し、その奇怪さにガルバスは戸惑った。

「君にまだ僕が追放された訳を話していなかったね。丁度いい機会だから話しておきたい。聞いてくれるかい?」

ガルバスは無言で頷いた。

「ありがとう。僕が追放された理由は至極単純だ。僕が帝国の首都で絶対王政の崩壊を狙ったクーデターを起こそうとしたからだ」

ネレスの口からとてつもない言葉が飛び出し、ガルバスは自分の耳を疑った。基本的に皇帝に逆らった者にはどんなものであれ厳しい罰が与えられ、死刑の一択しかなかった。

「クーデターだと…?」

「だが起こせなかった。決行前日にバレ、僕は捕まり仲間は全員処刑されたらしい。これからは僕が何故起こすに至ったのかを話したいと思う。少し長くなるが聞いてくれ」

ネレスは驚きを隠せないままでいるガルバスに確認を取ると話し出した。

「前にも言ったと思うが僕は昔獣人達と暮らしていた。それがいつからだったのかは僕にも分からない。場所さえどこなのかは分からないが恐らく帝国の領土内のどこかで僕は仲間の九人と暮らしていた。仲間にはたくさんの種類がいた…水棲種、鳥獣種、牙獣種、半獣種、有角種、竜人種、腹足種、軟体種、そして魔獣種。今人類が確認することのできている種族が全員居た。僕は彼等と助け合い、生きてきた。僕らの間に種族の差による差別など存在していなかった。しかしその生活も僕が十五になった頃に終わった。突然現れた帝国の大軍に僕等は蹂躙され、その中で僕だけがたった一人生き残った。生き残った僕は何故か帝国に連れて行かれ、そこで記憶を消されただの殺戮兵士としての教育を受けた。だがその洗脳は完全ではなく、一年が過ぎた頃に僕は記憶を取り戻した。そして帝国の持つ理不尽な格差と差別に苦しむ者達と共に王政崩壊を目論み、クーデターを起こすことにしたんだ。だがそれは失敗に終わり、僕だけがまた生き残り追放され今に至るのさ」

全てを吐き出したネレスは大きく息を吸い込むと椅子にもたれかかった。ガルバスはその告白を聞くなり立ち上がり、大きな両手でネレスの肩を掴んだ。

「お前は凄い奴だな……」

ガルバスの口から出たのは称賛の声だった。獣人達は理不尽な格差や不当な差別に苦しんでいてもそれを変えようと行動に移すことはほとんどしなかった。差別が千年以上続く中で誰一人として行わなかったことをまだ二十にもなっていない少年が、それも人間が行った事に素直にガルバスは感心し、その勇気を称えた。

「いや僕は駄目な奴さ。僕の起こした行動は全て失敗した。ただの負け犬だよ」

「何を言うか! 行動に移しただけでそれは称賛に値する! 例え失敗したとはいえ、行動したことに意味がある! それにまだお前は生きている! 生きていればまだチャンスは巡ってくるはずだ!」

ガルバスの大声は部屋を揺らし、隣の部屋から抗議の声が上がったため、ガルバスは不満そうに声のトーンを落として次の言葉を告げた。

「私がお前の協力者になろう。私にもお前の野望を担わせて欲しい」

「…いいのか? 下手を打てば死ぬぞ。それでも君は手伝うというのか?」

「あぁ。これは意地みたいな物だ。改革を待っていては駄目なんだ。誰かに与えられるのではなく、私の……この手で……平等を勝ち取らなければならない。だから……死んでも悔いはない」

ガルバスの決意の固さを読み取ったネレスは無言で頷くとゆっくりと手を伸ばしてその大きな体に抱きついた。

「ありがとう。僕は同じような過ちは決して犯さない。必ず成し遂げてみせる」

ガルバスはゆっくりと手をその背中に回すとその一回りも二回りも小さい体を抱きしめた。


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