片思いしていた相手に嘘告白されて、虚構のイチャラブな日々を過ごし、料理を作って彼を待つ彼女の話
本作は後半は不快な描写もあります。耐性に自信の無い方はプラウザバックしてください。
1
高校3年のハロウィンの日に、同級生の一宮貴志に校舎裏に呼び出された。
「突然、どうしたの?」
「好きです。僕と付き合って下さい」
頭の中が真っ白になった。
(どういうコト!?)
ありえない展開だった。
一宮君は私の片思いの人だ。成績は学年トップで、スポーツは万能で、サッカー部のキャプテンをしていた。その上、イケメンで、スクールカーストの頂点に君臨している存在だ。私のような陰キャラは近づくことすらできない。
その一宮君が告白してきたのだ。
「わ、私で、よければ、お願いします」
一宮君は少し驚いたような顔をした。
「本当にいいのか……?」
(あの一宮君が、こんなリアクションを取るなんて……)
胸がキュンと熱くなった。
「はい。夢みたいです。一宮君のこと、ずっと、ずうっと大好きでした」
嬉しさのあまり、私は満面の笑みでぴょんぴょん飛び跳ねてしまった。
その日から一宮君と毎日一緒に下校することにした。
付き合ってみると一宮君は陽キャラなのに意外にシャイだった。
自分からは喋らなかった。
だから、私からいっぱい話をした。
彼は何でも聞いてくれた。
そんな時間がたまらなく幸せだった。
片思いだった大好きな人に告白をされて、私の頭の中はお花畑だった。
ショッピングモールでデートをして、一緒に映画を観に行って、ファミレスでだべって。
彼氏としたかったことを全部した。
クリスマスには私のファーストキスをプレゼントした。
夢のような毎日だった。
2
年が明けると不安が押し寄せてきた。一宮君は推薦で東京のK大学へ進学することが決まっていた。一方、私は英語の先生になることを目指して地元の私大を受験する予定だった。一宮君と一緒の大学に進学するために予定を変更しようにもK大は難関校で今からではとても一般入試で合格することは不可能だった。東京に部屋を借りて一人暮らしをすることも親に反対されそうだった。
高校を卒業したら私達は離れ離れになってしまう可能性が高い。
それに、一宮君が東京で暮らしを始めたら、きっと新しい出会いがあるだろう。
だから、今のうちに私達の絆をもっと強めないといけないと思った。
一宮君は私のことをとても大事にしてくれていた。付き合い始めると男の子はすぐにエッチなことをしたがるらしいが、一宮君は違った。でも、その彼の優しさに甘えて、このままでいてはいけないと思った。
1月の中旬の週末、両親は法事のため実家に泊りがけで帰ることになっていたが、私は翌月に大学入試が控えているため一緒に行かない。
その日が二人の関係をさらに進めるチャンスだと思った。
一宮君にその日に手料理を食べてもらいたいので私の家に来ないかと誘った。もちろん両親が家にいないこともメッセージに添えてアプリで連絡をした。
「楽しみにしている」という返事がすぐに来た。
彼は喜んでくれたようだ。
そして、その日が来た。
私は朝からソワソワしていた。
彼が来るのは午後5時頃の予定だった。それまでに家の掃除をし、買い出しに行き、料理を作らなくてはならない。
午前中は家の中を掃除した。特に自分の部屋や風呂場は念入りに綺麗にした。
カップ麺の昼食を食べながら、夕食の献立を考えた。
目的は胃袋を掴むことではない。私の初めてを彼に捧げ、二人が一つになることが目的だ。そんなことを考えていると自分の頬が熱く熱を帯びてくるのが分かる。
凝った料理にチャレンジして失敗して、その失敗をベッドにまで引きずるのはよくない。だから、私は無難なカレーライスにした。肉と野菜を煮込んでルーを最後に入れれば、まず失敗することは無い。
メニューが決まったので、買い物に行くことにした。
スーパーで必要な食材を買い求めた。
帰り道、ドラッグストアの前で足を止めた。
(彼はアレを用意してきてくれているだろうか?)
私は首を振った。
彼は真面目で私のことをものすごく大切にしてくれている。初めて彼女の家に来て、両親がいないからと、すぐに押し倒したりはしないだろう。コンドームを用意してくることすら、下心満載で不誠実だと思っているかもしれない。
そして、あの優しい彼のことだ。いくら良い雰囲気になっても、避妊具を付けないで勢いでしてしまうようなことは絶対にない。きっと、『また今度』という流れになる。だが、すぐに私の大学入試が始まる。その後は彼の東京での部屋探しの時期になる。次の機会は訪れないかもしれない。
私はドラッグストアに入った。
レジを見て凍りついた。レジの店員は母と仲の良い近所の人だった。
慌てて、ドラッグストアを出ると、家から少し離れたコンビニに行った。店員が奥に引っ込んでいる隙にコンドームをセルフレジで会計して買った。
ものすごく緊張した。
私はその戦利品をエコバッグの底に隠すように入れると意気揚々と自宅に戻った。
3
もうすぐ5時だ。
よく煮込んだカレーは我ながら良い出来だった。ご飯も炊けているし、自分の部屋のベッドの脇には、さりげなくアレを紙袋に包んで置いてある。
準備は万全だった。
彼にメッセージアプリで『いまどこ? カレーを作ったの。待っているね』と送った。
しかし、返事はない。
多分すぐ近くまで来ているのだろう。
それから1時間経った。
何度も電話をしたが彼は出なかった。
メッセージにも電話にも反応が無い。
真面目で優しい彼が、こんな風に連絡を返さないことはなかった。
(まさか、交通事故とかに遭ったんじゃ)
私は心配で頭がおかしくなりそうだった。
その日の晩、彼は家に来なかった。そして、彼と連絡を取ることもできなかった。
私はスマホを握りしめたまま一睡もできなかった。
キッチンの鍋の中のカレーは冷えて固まり泥のようだった。
日曜日も彼から連絡はなかった。
電話をしても通じず、メッセージに既読がつくことも無かった。
私は何も食べることもできず、眠ることもできなかった。
月曜日の朝、鏡の向こうに映る私は、目の下に黒い隈ができ、頬がこけて、まるでゾンビのようだった。
それでも身支度をして学校に行った。
学校に行けば彼の消息が分かるかもしれないと思ったからだ。
4
教室に入ると、彼は自分の席に座っていた。
「よかったぁ、生きていてくれて」
私は一宮君に抱きつくと大泣きしてしまった。
そんな私を彼は迷惑そうな表情で見た。
「ご、ごめんなさい」
ここは教室だ。私達が付き合っていることもまだクラスには公にしていない。いきなり、こんな風に抱きついて泣いたりしたら恥ずかしいはずだ。私は彼から離れた。
「後で、何があったのか、話を聞かせてね」
離れ際に、小声で彼に言った。
彼が事故に遭って集中治療室にいるような場面ばかりを想像してしまっていたので、無事な姿を確認することができただけでも今は満足だった。
「なぁ、もうそろそろバラしてもいいよな」
クラスのお調子者の小坂井和夫がニヤニヤしながら近づいてきた。
「バラすって何のこと?」
「ジャ、ジャ、ジャーン! ドッキリでした」
小坂井がふざけた様子で言った。
クラス中が笑った。
「一宮君、小坂井君は何を言っているの?」
私は彼に言った。
一宮君は苦い顔をした。
「稲森、ゴメン、あれは嘘告白だった」
「えっ?!」
理解がついてこない。
「何のこと?」
「なにボケてるの。てゆうか、私の彼氏と勝手にキスとかするんじゃないわよ」
髪を茶色に染めている江川雅美が言った。
「江川さん? 彼氏って?」
「一宮の彼女はワタシなんだよ。嘘告の前からずっと付き合っているの!」
「嘘告って……」
小坂井がスマホを私に向けると動画を再生した。
『夢みたいです。一宮君のこと、ずっと、ずうっと大好きでした』
嬉しさのあまり、満面の笑みでぴょんぴょん飛び跳ねている私の姿が流れた。
「そんな……」
「罰ゲームだったんだよ。一宮がお前に嘘告白したのは」
「でも…、なら……、どうして3ヶ月近くも私とお付き合いをしたの……?」
「告白しても稲森は絶対断ると思っていたんだ。それが、あんまりにも喜ぶからあの時に嘘だと言えなくなって……」
一宮君が申し訳なさそうに言った。
「実は、一宮の嘘告白は学校の裏サイトで動画配信されていたんだよ」
「それで、稲森が飛び跳ねて喜んでいるのをみんなが見て、これは面白いってことになったんだ。そして、今度は嘘告に稲森が、いつ気が付くかの賭けが始まったんだよ。ちなみに俺は処女喪失まで行っても気が付かない方に賭けた」
「一宮の彼女のワタシにしてみれば、ホントいい迷惑だったよ」
「でさぁ、カレーはどうした? 全部一人で食べたの?」
「コンドームをセルフレジでキョロキョロとあたりを伺いながら買ったのには爆笑したよ」
「本気で一宮に処女を奪ってもらうつもりでいたんだ。きめぇ」
「ホント、気持ち悪いよな」
「ぜ、全部知って……いたの……」
「そうだよ。稲森の日常は今やこの高校の最大級の娯楽コンテンツで、うちの生徒のほとんどが毎日の更新を楽しみにしているんだよ」
「私の後をつけて監視していたの?」
「それもあるけど、一宮が全部報告してくれていた」
「知らなかったのは私だけ?」
「そうだよ。友達がいなくて、ハブられているのにも気が付かない鈍感な稲森だけだよ」
「実際、俺はお前の処女喪失動画を楽しみにしていたんだがな。でも、雅美の奴が、アタシの彼氏に何やらせるんだってブーブー言うし、一宮も好きでも無いどころか、内心、気持ち悪いと思っている稲森とセックスするのだけは本当にキモいから勘弁してくれって言うから、これでゲームを終了することにしたんだ」
「よかったなぁ、稲森よ、たとえ嘘でも学校一のイケメンと3ヶ月近くもいい思いができて」
「でもさぁ、最初は面白かったけど、最後の方は稲森が有頂天になって調子乗りすぎで引いたよ。マジ気色悪かった」
「俺もゲロ吐きそうだった」
「キモイ、キモイ」
「稲森の処女喪失動画なんて観たら、それこそ、一生のトラウマになって勃たなくなるかもしれないぞ」
「違いない」
「そういう意味では、稲森が作ったウンコみたいなカレーを一宮が食べに行かなくて、セーフだったよなぁ」
教室中に大爆笑が響いた。
私は言葉を失った。
そのまま、めまいがして、教室の床が目の前に迫ってきて意識を失った。
5
救急搬送された私は丸一日意識が戻らなかった。土曜日から飲まず食わずで、丸2日間一睡もしていなくて、体が衰弱し切っていたところに、大きな精神的ショックを受けたせいだ。
私はその後も学校を欠席した。卒業式にも出なかった。単位と出席日数は足りていて卒業は問題なかった。
大学は一校も受験することができず、進学も就職もしないまま時が過ぎた。
私は部屋に引きこもり続けた。
最初は心配していた両親も、彼氏に振られたのが原因だと学校の関係者から聞くと、そんなことで大学受験を放棄し、就職もしないで引きこもるなんてわがままが過ぎると怒り始めた。
でも、私は何があったのかを両親に説明できなかった。その記憶を思い起こすだけで、嘔吐して、過呼吸になるからだ。
クラスメートたちが、代わりに都合のよい話を教師と両親に吹き込み、それが実際にあった事になった。
半年後、父は、小さい会社の事務員の仕事をコネで見つけてきた。
家に引きこもっているわけにもゆかず、私は半ば強制的に事務員として働き始めることになった。
それから2年が経った。家と会社を往復するだけの毎日だった。私には友達も、もちろん恋人もいない。両親ともほとんど口をきくことも無かった。仕事以外は、部屋でアニメやラノベ、漫画を読むだけの日々だった。
ある日、後輩の社員の小林君に会議室に来てほしいと言われた。
会議室に行くと小林君が待っていた。
「稲森さんはみんなと飲みにもカラオケにも行かないし、誘っても食事にも行ってくれないので、こんな場所ですみませんが、単刀直入に自分の気持ちを伝えます」
それを聞いて、嫌な汗が背中を伝わる。
「貴方のことが好きです。僕と付き合って下さい」
世界がグニャリと歪んだ。
胃がひっくり返る。
私は昼に食べたものを嘔吐した。
「い、稲森さん、だ、大丈夫ですか」
私は吐きながら呼吸ができなくなる。
叫びたいけど声が出ない。
そのまま床に倒れた。
数日間の入院の後、私は会社に辞表を出した。
会社の人たちが、小林を焚き付けて嘘告白をさせ、私を笑いものにして、私の恥ずかしい姿を撮った動画をウェブサイトに無断で載せるという妄想が止まらなかった。
会社の近くに行くだけでも嘔吐感を覚えた。
(もう、無理……)
私はこの人生に終わりを告げることにした。
学歴も職歴も中途半端だ。英語の勉強が好きで、子どもが好きなので、将来は英語の先生になれたらいいなと思っていた。でもそんな夢は全て消えた。
これから、まともな正社員の仕事につくことも無理だろう。
学歴とかスキルの問題だけではない。もし、また誰かに告白されたら、倒れてしまい、また会社に出社できなくなるかもしれないからだ。
それに、今後、誰に告白されても、それが嘘かもしれないと疑ってしまうだろう。私から告白して相手が承諾してくれても、本心ではなく、私を嵌めるためだという疑惑を持ってしまうかもしれない。
私は徹底した男性不信になってしまっていた。
結婚して子どもが欲しかったがもう無理だ。結婚はおろか男性とお付き合いすることすらできないからだ。
この世からいなくなりたいと思い、街を流離った。
だが、今日も家に帰ってきてしまった。
でも、次回はきっと成功させてみせる。
家を出ようとしたところ、待ち伏せていた白衣をきた体格のよい人達に拉致されてしまった。
今は、何もない部屋に閉じ込められて、手が自由にならない変な上着を着せられている。
実は私は、『作家になりたい』という小説投稿サイトに実名でこの話を書いていた。登場人物も場所も、高校名もすべて実名だ。私が死んだ後、どうして私が自死を選んだのかを世界中に知らせるためだ。
作品は予定の日時に自動的に投稿されるように設定していた。その予定日には私はこの世にいないはずだった。
けれど、私が失敗したため、投稿の方が先になってしまったのだ。
その結果、投稿した作品が、元担任の教師が、卒業生のその後を知るために名前で検索していたのに引っかかってしまった。元担任は私の小説を読み、何があったのかを知った。そして、両親や関係各所に通報し、私を保護するために精神病院に強制入院させることになったのだ。
私は今治療中だ。
拘束され、監視されている。
噂によると『作家になりたい』の投稿がきっかけで、かつてのクラスメートたちがSNS等で炎上しているらしい。
嘘告白をした一宮貴志は大学サッカーで活躍して有名人になったらしい。嘘告白の罰ゲームを考案し、私を学校裏サイトで晒し者にした小坂井和夫は、お笑いのコンテストで準優勝してお笑い芸人としてデビューしていた。一宮の彼女の江川雅美は読者モデルや大学のミスコンで有名になった後、インフルエンサーになったらしい。
その彼らが、ネット上で過去の悪行が露見したとして、猛烈なバッシングを受けて社会的制裁を受けているらしい。
だが、もう今の私には関係のないことだ。
来週には開放的病棟に移れると担当医が言ってくれた。与えられたお薬はちゃんと飲んでいる。
カウンセリングに来た宗教家の先生の言う通り、私は明日のことも、過去のことも考えない。
ただ今だけを思い、深い腹式呼吸をして、生かされていることに感謝して、今を楽しむようにしている。
今日は少しだけ気分が良い。
この作品のプロモーションビデオを製作してみました。画像とBGMはAIによります。
YouTubeの限定公開です。下記URLで視聴できます。
https://www.youtube.com/watch?v=idrAIAYLRHM
ひどい経験をしたので自死を選んだのに死にたくても死ねない人、幸せな時を過ごしていて死にたくないのに死ななくてはいけない人、その二人のストーリを対にして書きました。
こちらの作品です『嘘告白をした彼女』https://ncode.syosetu.com/n5176mt/
でも、早いか遅いかで人は必ず死ぬんですよね。そのタイミングがみんな思い通りいかないだけです。死を迎える時期も含めて「どうして自分だけがこんな目に遭わないといけないんだ! どうして思い通りにいかないんだ!(自分の人生は)こんなはずじゃなかった!」と叫びたくなる絶望的閉塞的瞬間は実は誰にもあるのではないでしょうか。
今生の生の苦しみは永遠ではなく必ずいつかは終りが来きます。また、どんな人にも、死は平等に訪れます。お金も地位も生まれも、幸福であるかも不幸であるかも関係なく、死は厳粛な平等性と公平性をもって全ての人に訪れます。
生きることの苦しみも、死もどちらも避けることができないというのであれば、死による生の苦しみの非永続性と死の厳格な平等性とが、今生の生を生きる我々にとってのせめてもの救いではないでしょうか。




