第9話 我が道は、暗闇の先に
王都グランセルは、天を衝く黒い炎に包まれていた。かつて勇者として守った城壁は、アルスが解き放った闇の獣たちによって瓦礫へと変じ、教団の聖堂からは偽りの神を呪う叫びが上がっている。
「アルス……! 貴様、魔王を倒した英雄が、自ら魔王になると言うのか!」
王の間。玉座に座る国王は、脂汗を流しながら震える手で剣を向けていた。彼の周囲には、教団の枢機卿たちが必死に障壁を張っているが、アルスが歩を進めるたびに、その聖なる壁はガラスのように脆く砕け散る。
「英雄? そんなものは、お前たちが都合よく使い捨てるための『生贄』の別名だろう」
アルスの背後には、異形へと成り果てたガイル、精神を病んだセーラ、そして老婆の姿で狂い泣くアリシアの姿が、影の鎖に繋がれて引きずられていた。かつての仲間たちの無残な末路を見せつけられ、国王は腰を抜かす。
「ひ、卑怯だぞ! 平和な世を乱して何になる! 光は必要だったのだ、だがな、お前という強すぎる力は、平和な世には毒だったのだ!」
「ああ、その通りだ。……だがな、王よ。光が強すぎて闇が消えれば、人間は互いの醜さで食い合う。お前たちが証明したことだ」
「強く光が射す場所には、決まって影が目立ちたがる。そうだろ?」
アルスは【略奪者】を最大に解放した。王城の屋根が吹き飛び、王都全域にアルスの声が響き渡る。
「この国に蔓延る『偽りの平和』は、今この瞬間をもって終了する。これからは、俺という『絶対的な悪』が支配する絶望の時代だ」
アルスは国王の心臓を素手で貫き、その魂を奪い取った。
王の絶命と共に、王都を覆っていた魔法の灯火がすべて消え、深い闇が世界を支配した。
◇◆◇
数年後。世界は一変していた。かつての王国は崩壊し、大陸は「魔王アルス」が統治する暗黒帝国となっていた。
しかし、奇妙なことが起きていた。アルスが絶対的な恐怖として君臨したことで、皮肉にも人間同士の醜い争いや、私欲による裏切りは激減していた。
なぜなら、小さな悪事を働けば、即座に「魔王の影」に飲み込まれるという共通の恐怖が、皮肉にも法以上の抑止力となっていたからだ。
「……陛下、本日の『制裁』の報告です」
アルスの傍らに控えるのは、彼が旅の途中で救い、忠誠を誓わせた魔族の姫。彼女が差し出したリストには、かつての教団の残党や、民を虐げていた貴族たちの名が並んでいる。
「ふむ……。全財産を没収し、彼らが焼いた村の再建にあてさせろ。逆らう者は、ガイルたちがいる『永久拷問区』へ送れ」
アルスは玉座に深く腰掛け、窓の外を見下ろした。そこには、かつてより質素ながらも、裏切りや虚栄に怯えることなく、静かに暮らす民たちの姿があった。
「皮肉なものだな。勇者として守れなかった平和が、魔王として恐怖を植え付けることで成立するとは」
アルスは自嘲気味に笑う。彼の心はすでに闇に染まり、かつての温かな感情はほとんど残っていない。だが、その冷徹な支配こそが、この腐りきった世界には必要な「薬」だったのだ。
かつての自分を裏切ったアリシアたちは、今も城の地下で死ぬことも許されず、永遠の苦痛の中で「聖女」や「賢者」の成れの果てとして晒し者にされている。それは、世界に対する「裏切りの代償」を示す、絶対的な戒め。
「……これでいいんだ」
アルスは、焼け残ったカナン村から持ち出した、小さな木彫りの人形をそっと握りつぶし、灰にした。過去への未練を完全に捨て去る。
光では救えなかった。希望では届かなかった。ならば、俺は永遠に「必要悪」として、この世界を絶望で縛り続けよう。愛も、信頼も、もういらない。ただ、俺が征くこの暗闇の道こそが、唯一の正解なのだから。
漆黒の玉座に座るアルスの瞳に、もはや迷いはない。恐怖による統治、絶望による平和。それは、裏切られた英雄がたどり着いた、歪で完璧な終着点だった。




