第8話 聖女アリシアの懺悔
王都の中央広場は、阿鼻叫喚の地獄へと変貌していた。「新勇者」レオンの正体が、国民の命を吸う醜悪な怪物であったことが暴かれ、怒り狂った民衆が暴徒と化す。
「嫌……来ないで! 私は聖女よ! 私は選ばれた人間なのよ!」
アリシアは、化け物と化したレオンを突き飛ばし、必死に王宮へと逃げ込もうとしていた。かつて彼女を称賛した民衆の手が、今は彼女の美しいドレスを掴み、引き裂こうとする。
「離せ、この下賎な共が! 私に触るな!」
彼女が広場の隅へ追い詰められたその時、周囲の影が爆発的に広がり、民衆たちを物理的に弾き飛ばした。
黒い霧の中から現れたのは、復讐の権化――アルスだ。
「アルス……! ああ、アルス! やっと助けに来てくれたのね!?」
アリシアは、自分を裏切ったことなど忘れたかのように、満面の笑みでアルスに縋り付こうとした。その瞳には、浅ましい計算と、生き延びるための卑屈な媚びが透けて見えている。
「私、脅されていたの! ガイルやセーラに、あなたが魔王と繋がっているって吹き込まれて……怖くて、何も言えなかったの! 私が愛しているのは、あなただけよ!」
「……相変わらず、吐き気のする演技だな」
アルスはアリシアの首を掴み、強引に持ち上げた。指先から流し込まれる闇の魔力が、彼女の聖なる加護を内側から腐食させていく。
◇◆◇
アルスはアリシアを抱えたまま、影を通じて「ある場所」へ転送した。そこは、王都の地下深くにある、かつて彼女が見捨てた「貧民街の最深部」だ。
「な……何よここ、臭い……汚い! 私をどこへ連れてきたの!?」
「お前が望んだ『贅沢』の裏側だよ、アリシア」
アルスは彼女を、汚水が流れる冷たい床に投げ捨てた。そこには、セーラの実験から生き延び、変わり果てた姿になった者たちがいた。そして、その奥の檻には、精神が完全に崩壊したセーラの姿もあった。
「あ……あ、ああ……セーラ様……? そんな、嘘……」
セーラは虚ろな目で、ただ「ギギ……」と鳴くゴブリンを抱き、涎を垂らして笑っていた。かつての賢者の面影は、微塵もない。
「アリシア。お前はガイルと寝て、レオンと寝て、次は王太子を狙っていたな。愛などお前にはない。あるのは、自分をどれだけ高く売れるかという『値札』だけだ」
「違う! 私はただ、幸せになりたかっただけ……!」
「その幸せのために、俺の故郷を焼き、リリィの命を笑って奪ったのか」
アルスの声が低く響くと同時に、背後の影から、村人たちの怨念が形を成して現れた。死んだはずのリリィの幽霊が、アリシアの足首を掴む。
「あ、あああああああッ!! 離して、離してよ!!」
◇◆◇
「お前の『聖女』としての力……それは、人々の信仰を吸って美しさを保つ、寄生虫の力だ。……【略奪】」
アルスが手をかざすと、アリシアの身体から眩い光が吸い出されていく。それは彼女が必死に守り続けてきた、美貌と若さの源泉だった。
「やめて……私の顔が……私の身体がぁっ!!」
光を失ったアリシアの肌は急速に弛み、シミが浮き出し、髪は白く枯れ果てた。鏡を見るまでもなく、彼女は自分が「醜い老婆」へと変貌していく恐怖に絶叫した。
「お前が最も恐れていたのは、誰からも顧みられない『無価値な女』になることだったな。……さあ、ここからは俺の部下たちが、お前を『愛して』くれる」
影の中から現れたのは、アルスに従属する闇の眷属たちと、復讐心に燃える貧民街の男たちだ。彼らは、自分たちの寿命をレオンに献上し、贅沢を貪っていたアリシアを憎悪の目で見つめている。
「アルス……お願い、殺して……こんな姿で生きていたくない……!」
「死なせないさ。お前の『聖女の生命力』だけは残しておいた。どれだけ蹂躙されても、どれだけ尊厳を奪われても、お前の肉体は再生し続ける。……この地獄で、永遠にな」
アルスは背を向け、去っていく。背後からは、老婆のような姿になったアリシアを男たちが取り囲み、彼女がかつて最も軽蔑していた「汚らわしい者たち」に身体を弄られる、絶望の悲鳴が響き始めた。
「《《四人目》》を終わらせるとするか……」
アルスの歩みは止まらない。最後にして最大の標的、この腐った国そのものを作り上げた「国王」と「教団」が待つ王城を見据える。




