第7話 偽勇者の化けの皮
セーラの寝室からは、もはや人間が発するものとは思えない絶叫が数時間にわたって響いていた。
「あ……いやぁ……やめて…壊れる、壊れちゃうぅ……」
かつて王宮で最も高潔と謳われた「賢者」の姿は、そこにはなかった。セーラは、自らが強化したゴブリンたちに組み敷かれ、その白皙の肌は汚れ果てていた。彼女が最も軽蔑し、「動く肉塊」と呼んでいた獣たちの太い腕が、彼女の細い手首を掴み、ベッドに叩きつける。セーラは必死に無詠唱魔法を放とうとするが、アルスに魔力回路をズタズタにされた彼女にできるのは、ただ無様に指先を震わせることだけだった。
一人、また一人と、獣たちが彼女を貪る。そのたびに彼女の自尊心は剥がれ落ち、
代わりに肉体的な快楽と苦痛が混ざり合った泥沼へと沈んでいく。アルスは部屋の隅で、冷徹にその光景を見届けていた。
「どうだ、セーラ。お前がゴミとしか見ていなかった命の『重み』だ。たっぷり味わえ」
「アルス……殺して……お願い、もう殺して……っ!!」
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしたセーラが、這いずりながらアルスの足元に縋りつこうとする。しかし、その背後から再びゴブリンの剛腕が伸び、彼女の髪を掴んで引き戻した。
「殺す? 冗談だろう。お前はまだ、この国の人間に真実を伝える『拡声器』としての役目が残っている」
アルスは【記憶の抽出】を発動し、セーラの脳内にある「魔王討伐の裏側」と「アルス追放の全貌」の記憶を強引に引き抜いた。セーラは白目を剥き、失禁しながらガクガクと震える。彼女の精神は、もはや正常な思考を保てないほどに崩壊していた。
◇◆◇
アルスが城の地下通路を抜けると、王都の中央広場は新たな熱狂に包まれていた。ガイルが消え、セーラが行方不明となった今、国民が縋るのは――「新勇者」レオンだ。
「皆さん、安心してください! 闇に堕ちた元勇者アルスの脅威からは、この僕が、そして聖女アリシアが守り抜いてみせます!」
眩いばかりの純白の鎧に身を包んだレオンが、大剣を掲げて民衆に応える。その隣には、悲劇のヒロインを演じきり、レオンの腰にこれ見よがしに抱きつくアリシアの姿があった。
「レオン様、素敵……。アルスのような野蛮な男とは大違いだわ」
アリシアは心底うっとりとした表情でレオンを見つめている。だが、アルスの【略奪者の眼】は、レオンの正体を見抜いていた。
レオンの纏う聖気は、偽物だ。
それは彼自身の力ではなく、密かに国民から「寿命」を少しずつ吸い取り、光の魔力へと変換する禁忌の魔道具によるものだった。
「……偽物が、英雄の真似事か。お似合いだよ、アリシア」
アルスは影の中に潜みながら、セーラの実験室から持ち出した「ある薬」をレオンに向けて放つ準備を整える。それは、魔力の偽装を強制的に剥がし、その者の「本性」を肉体に具現化させる劇薬。
◇◆◇
アルスは広場の時計塔の頂上に姿を現した。
「なっ……あれは、アルス!?」
「裏切り者の元勇者が現れたぞ!!」
民衆が騒ぎ出す。レオンはチャンスと言わんばかりに、アリシアの前で格好をつけて剣を抜いた。
「逃げずに現れたか、アルス! 汚らわしい闇の力、僕の聖剣で浄化してや――」
「喋るな。反吐が出る」
アルスが指を弾くと、不可視の弾丸がレオンの胸元に直撃した。直後、レオンの叫び声が広場に響き渡る。
「ぎ、ぎゃあああああああッ!? 熱い、身体が……溶けるぅっ!!」
レオンの美しい顔が、見る間に醜く歪んでいく。彼の背中からは、彼が今まで犠牲にしてきた人々の怨念が「腐った肉の翼」となって突き出し、純白の鎧は黒く変色してボロボロに崩れ落ちた。
「な……何よこれ!? レオン様……!? あなた、その姿は……!!」
アリシアが悲鳴を上げて後ずさる。そこに、アルスがセーラから抽出した「真実の記憶」を空へと投影した。ガイルとセーラ、そしてアリシアが笑いながらアルスをハメる映像。そして、レオンが裏で「国民の寿命を吸い取っている」生々しい儀式の光景。
「嘘……嘘よ! 私は知らない、私は……!!」
アリシアは混乱し、崩れ落ちる。民衆の視線が、熱狂から「殺意」へと変わるまで、時間はかからなかった。
「一人残らず、地獄へ連れて行ってやる」
アルスは、醜悪な化け物へと成り果てたレオンと、絶望に震えるアリシアを見下ろし、静かに笑った。




