第4話 最初の贄、盾の騎士の末路
王都グランセルは、偽りの熱狂に包まれていた。
「魔王を討った真の英雄」として祭り上げられたガイルは、国王から公爵の爵位を授かり、アルスの故郷を焼き払った魔物の討伐功績(という名目の虚偽報告)で、今や軍の最高権力者へと登り詰めていた。
「ガハハ! 飲め、飲め! 勇者などという日陰者のガキが死んで、ようやく俺たちの時代が来たんだ!」
王都の高級娼館の一室。ガイルは数人の女を侍らせ、高価な酒を煽っていた。その隣には、かつての聖女アリシアの姿はない。彼女は今や王太子の寵愛を受けるべく、王宮の奥深くで「聖なる処女」を演じている最中だ。ガイルにとって、アリシアは単なる「戦利品」であり、使い古せば捨てる程度の価値しかなかった。
その時、部屋の灯火がふっとかき消えた。
「……あ? なんだ、魔法灯の寿命か?」
ガイルが毒づいた瞬間、背後の影が爆発するように膨れ上がった。黒い霧の中から現れたのは、ボロボロの黒いマントを纏い、片目が禍々しく光る男――俺だ。
「……よぉ、ガイル。相変わらずゴミだな」
「なっ……ア、アルス!? 生きていたのか!?」
ガイルは驚愕に目を見開いたが、すぐに下卑た笑みを取り戻した。彼は瞬時に傍らに置いていた大盾『アイギス』を手に取り、身構える。
「フン……奈落の底から這いずり戻ってきたか。だが、貴様の剣など俺の防御を貫けまい! 俺は今やレベル99の『聖騎士』だぞ!」
ガイルが咆哮すると共に、黄金のオーラが彼を包み込む。それは物理・魔法の両方を無効化する絶対防御の輝きだった。
◇◆◇
「……【略奪者】。……見えたぞ。お前のその『無敵』の種が」
アルスは影から黒い短剣を引き抜き、ガイルへと肉薄した。だが、ガイルは重騎士とは思えぬ速さで盾を叩きつける。
「無駄だ! 【金剛衝】!」
凄まじい衝撃波がアルスを襲う。ドゴォォォン!! という爆鳴と共に、部屋の壁が粉砕された。アルスは受け流しきれず、数枚の壁を突き破って中庭へと弾き飛ばされる。
「ごふっ……!」
口から鮮血が漏れる。再生能力があるとはいえ、元盾勇者の、しかも最高峰の防御スキルを持つガイルの攻撃は重い。内臓がひしゃげ、視界がチカチカと明滅する。
「アハハハ! どうしたアルス! 以前の貴様ならもっとマシな動きをしたはずだ。闇の力に魂を売って、弱体化したか!?」
ガイルが中庭に飛び降りてくる。その巨体からは想像もつかない圧力。アルスは立ち上がろうとするが、足に力が入らない。ガイルの盾が、周囲の重力を操作する隠しスキルを発動させていたのだ。
「ぐ……あ……」
「死ね! 汚らわしい敗北者め! 【聖域の断罪】!」
ガイルの大盾が黄金の炎を纏い、アルスの頭上へと振り下ろされる。絶体絶命。アルスの脳裏に、村人たちの悲鳴と、アリシアの冷笑が過った。黄金の大盾の炎に焼かれ、意識が薄れる。だがここで復讐を諦めるのか?いや、違うだろう。
――ここで、ここで終わって……たまるか。
「……【因果応報】……発動!」
◇◆◇
直撃の寸前、アルスの影がガイルの影と「連結」した。
ガイルの強力な一撃がアルスに届く直前、その衝撃の大半の因果を逆転させてガイル自身へと跳ね返った。
「ぐはぁっ!?」
自分の放った断罪の一撃を、まともに腹部に受けたガイルが吹き飛ぶ。絶対防御のオーラが、皮肉にも自らの攻撃によってひび割れた。
「……今だ。……【略奪】!」
アルスは痛みを無視して跳躍し、ガイルの胸元に手を触れた。黒い触手がガイルの身体に絡みつき、彼が誇る「筋力」と「防御スキル」を強引に引きずり出していく。
「あ、熱い! 何だ、これは……俺の力が……俺の『金剛不壊』が抜けていく……! やめろ、やめろぉぉぉ!!」
「いい声だ、ガイル。お前が奪った村人たちも、そんな風に鳴いていたぞ」
アルスの瞳が冷酷に光る。ガイルの筋骨隆々だった肉体は、見る間に萎んでいき、老人のように痩せ細った。そして、アルスが奪い取ったのは力だけではない。
「……【記憶の暴露】」
アルスはガイルの意識の中に、これまでの悪行――アルスをハメた計画、村の放火、そして王を暗殺して国を乗っ取ろうとしていた秘密計画の記憶を「王都全域」に魔法映像として投影した。
「な、なんだ!? 空に……公爵様の顔が……!?」
「これは……王殺しの計画!? 裏切り者は勇者様じゃなく、ガイルだったのか!?」
夜空に浮かび上がる、ガイルの醜悪な本性。街中の民衆が、そして城の兵士たちが、その映像を見て愕然とする。
「あ……あ……嘘だ、これは捏造だ……!」
「終わりだ、ガイル。お前はもう『英雄』じゃない。ただの『犯罪者』だ」
アルスは動けなくなったガイルの足を、ゆっくりと踏み潰した。メキメキと骨が砕ける音が夜の静寂に響く。
「ひぃ……助けてくれ、アルス! 親友だろ!?金ならやる、女も……アリシアだって返してやるから!!」
「……汚らわしい名を呼ぶな」
アルスはガイルの喉を掴み、その声帯すらも「略奪」した。もう二度と、命乞いすらできないように。
「お前はここで、民衆の石礫に当たりながら、じわじわと腐っていくのがお似合いだ」
アルスはガイルの四肢の腱を切り、その場に放置した。背後からは、裏切られたことを知った怒れる民衆と、近衛騎士団の足音が近づいてくる。
「一人目だ」
闇に消えていくアルスの背中には、以前のような正義の光は微塵もない。あるのは、ただ静かに燃え盛る黒い炎だけだった。




