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NTR勇者、我が道を征く〜闇に堕ちた英雄は、復讐を誓う。〜  作者: アルファベータ
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第17話 聖別を拒む赤



 頬を伝う熱が、アルベラの開いた傷口に吸い込まれていく。それは魔力の奔流でも、呪詛の塊でもない。ただの、あまりにも無防備な人間の「涙」だった。


 アルスは、自分が泣いていることにさえ気づいていなかった。視界が歪み、世界が色彩を失っていく中で、腕の中に残るかすかな体温だけが、彼をこの世に繋ぎ止めている。裏切られたあの日、凍りついたはずの心臓が、肋骨を内側から叩き壊さんばかりに脈打っていた。


「……あ、あ、……ぁ……」


 掠れた慟哭が、廃墟の静寂を切り裂く。その声を聞いた三人の聖騎士たちは、金縛りにあったように動けなかった。彼らがオーラから与えられていた「魔王アルス」という虚像。冷酷で、非道で、人の心を解さぬ怪物。その定義が、目の前でなりふり構わず泣きじゃくる男の姿によって、無惨に、徹底的に粉砕されていた。


「……うそだ。……あんな、あんな顔で泣く奴が……」


 レイドが後ずさり、鉄球を泥の中に落とした。アルスの涙。それは、オーラが張り巡らせた「社会的誘導」という名の洗脳に対する、最も猛烈な毒だった。一億人が「あいつは悪だ」と叫ぼうとも、目の前の一筋の涙が放つ「真実味」を、生物としての本能が否定しきれない。


 その時、天を覆っていたオーラの魔法映像に、激しいノイズが走った。


『不愉快ですね。……非常に、不愉快だ』


 空から降ってきたのは、神託の響きではない。剥き出しの「不快感」を孕んだ、一人の男の生の声だった。眩いばかりの光と共に、瓦礫の頂に一人の影が降り立つ。白銀の髪をなびかせ、一分の隙もない美貌を湛えた男――剣聖オーラ。


 彼は、泣き崩れるアルスを、汚物でも見るかのような冷徹な眼差しで見下ろした。


 「アルス。貴方は本当に、物語の邪魔をするのが上手い。……悪役なら悪役らしく、最後まで冷酷に死ねばいいものを。そんな『人間らしい』真似をされては、私の正義が、ただの虐殺に見えてしまうではないか」


 オーラが剣を抜く。その瞬間、周囲の空気が一変した。彼が放つのは、個人の武勇ではない。背後に控える数百万の信徒の狂熱、その「合意」を力に変えた、巨大な圧力。


 「レイド、テンペスト、アルマー。……役立たずの掃除は、私が直々に行いましょう。下がっていなさい」


 オーラの冷たい声に、騎士たちの身体がビクリと跳ねる。だが、アルスは顔を上げなかった。彼はアルベラの傷口に自分の血塗れの手を重ね、略奪の力を、内側へと逆流させていた。


 「……オーラ。……お前が、彼女を、刺したのか」


 アルスの声から、震えが消えた。代わりに宿ったのは、この世のあらゆる温度を奪い去るような、絶対的な零度。涙はまだ止まっていない。だが、その瞳には、魔王の闇よりも深い、研ぎ澄まされた「意志」が宿っていた。


 「刺したのは彼らですが、命じたのは私です。……それが何か?」


 オーラが優雅に剣を振る。次の瞬間、アルスの周囲の空間が、数千の不可視の刃によって切り刻まれた。だが、アルスは動かない。彼の流した涙と血が、泥にまみれた地面を伝い、どす黒い因果の網となって広がっていく。


 「……略奪してやる。……お前の地位も、名声も、正義も……お前が縋っているその『みんなの目』ごと、すべて根こそぎ」


 アルスが立ち上がる。その姿は、オーラよりも気高く、悲劇を背負いし本物の聖者のように見えた。抑えきれない人間性をガソリンにして、魔王の力が、かつてない高みへと加速していく。


「悪を演じた善人」が、今、偽りの神へと牙を剥いた。



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