第15話 共犯者の献身、泥濘の温もり
鉄球が落ち、双剣が肉を裂くたびに、廃墟に乾いた音が響く。アルスの灰色の外套は、もはや元の色が判別できないほどに赤黒く染まっていた。砕かれた膝が地面につき、荒い呼吸が肺の奥で血を泡立てる。
「……あ、……あぁ……」
騎士たちの攻撃には、もはや戦術的な意味などなかった。それは、自分たちが抱えた「不都合な真実」を叩き潰そうとする、なりふり構わぬ拒絶反応だった。
その時。
狂乱する白銀の輪を切り裂くように、一人の女が割り込んだ。
「もう……止めて。その醜い虚勢を、これ以上彼にぶつけないで」
アルベラだった。
常に冷徹な観察者であり、世界の欠落を愉悦の瞳で眺めていたはずの魔族の姫が、むき出しの殺意の渦中へ、丸腰で身を投じた。
「退け、魔族の女! そいつは万死に値する邪悪だッ!」
レイドが血走った目で鉄球を振り上げる。重圧が空気を震わせ、アルベラの細い肩を押し潰そうとするが、彼女は一歩も引かなかった。
「邪悪? ええ、そうね。彼は略奪者。貴方たちが大事に抱え込んでいるその安っぽい『正義』を根こそぎ奪い去る、最悪の男よ。……でも」
アルベラは背後で血を吐くアルスを一瞥し、そして騎士たちを射貫くような眼差しで見据えた。
「私にとっては、この濁った世界で唯一、私を『機能』ではなく『一個の命』として見てくれた……ただ一人の恩人なのよ」
恩人。
その言葉は、アルベラ自身の唇からも、場違いな響きを伴ってこぼれ落ちた。千里眼という呪われた天能を持ち、親からも部下からも「便利な道具」として扱われてきた彼女。その心を、初めて「共犯者」という対等な地平に引きずり出したのは、他でもない、すべてを奪うはずのアルスだった。
「……アル、ベラ……逃げろと言った、はずだ……」
アルスの掠れた声。だが、アルベラは微笑んだ。その微笑みは、常にあった無機質な美しさではなく、どこかひび割れた、あまりにも人間味に満ちた形をしていた。
「嫌よ。貴方の『もっともらしい善人』の姿に、毒されてしまったもの。……これくらいの無謀、許してくれるわよね?」
アルベラが両手を広げ、アルスを庇うように立つ。その姿に、騎士たちの脳内で再び激しいノイズが走った。オーラの教えでは、魔族は人の心を解さない冷酷な獣であるはずだった。だが、今目の前にいる女は、一人の男を守るために、震える足で死を拒絶している。
「狂っている……。どいつもこいつも、狂っているんだッ!!」
テンペストが叫び、逆上のままに双剣を突き出した。
防護の魔術を編む暇もない。
鈍い音がして、銀の刃がアルベラの細い脇腹を深く、深く貫いた。
「――っ」
声にならない吐息と共に、アルベラの身体が折れる。
鮮血が、アルスの頬に散った。
世界から、音が消えた。
冷え切った因果の連鎖。
理不尽な喪失への爆発的な衝動。
その合間に、アルスの内側で何かが、音を立てて決壊した。
「あ……」
アルスの瞳が、大きく見開かれる。彼の中に残っていた「抑えきれない人間性」が、アルベラの流した血の色に反応し、制御不能な熱となって噴出する。
膝をついたアルベラを抱き寄せたアルスの指先が、激しく震えていた。それは恐怖ではなく、何年も前に死に絶えたはずの、純粋すぎる『痛み』の再演だった。




