第14話 蹂躙
リュークの死体が放った黒い煙は、生き残った三人の騎士たちの網膜に、消えない「恐怖」を焼き付けていた。
アルスの流した涙。リュークの最期の言葉。それらは確かに彼らの内側にあった「違和感」を抉り出したはずだった。だが、オーラというシステムは、個人の疑念が芽生えるよりも早く、より強力な「集団の狂気」を流し込む。
『ああ、なんということでしょう……。リュークだけでなく、皆さんの心まで毒そうとする。アルス、貴方の邪悪さは、もはや救いがたいほどに深い』
空に浮かぶオーラの像が、慈愛に満ちた絶望を撒き散らす。その瞬間、レイド、テンペスト、アルマーの三人の聖印が、脳髄を焦がすような熱を放った。疑念は「罪悪感」へ、違和感は「自分への怒り」へと強引に変換される。
「黙れ……黙れッ! 惑わされるな、これは奴の罠だ!」
レイドが咆哮した。疑心暗鬼に陥り、崩れそうになる自我を維持するには、目の前の「もっともらしい善人」を、文字通りの怪物として粉砕するしかなかった。
「……そうだ。死ね、死ねばすべて解決するんだ!」
テンペストが、精神の混濁を殺意へと転化させ、光速の踏み込みを見せる。
アルマーは虚ろな目で呪文を紡ぎ、アルスの足元を神聖な拘束陣で縛り上げた。
三人がかりの猛攻。それは第一部のガイルやセーラとは一線を画す、統制された暴力だった。レイドの鉄球がアルスの脇腹を砕き、テンペストの双剣が外套を引き裂いて背中を深く切り刻む。
「がはっ……、っ……」
アルスは地面を這い、鮮血を撒き散らした。略奪者の力で反撃することは可能だった。だが、彼は敢えてその「暴力の連鎖」を一身に受け止めていた。砕かれた肋骨が肺を突き、呼吸のたびに熱い鉄の味がせり上がってくる。
「アルス……! もういいわ、彼らには聞こえない! 意識の底までオーラに汚染されている!」
アルベラが駆け寄ろうとするが、アルスは血塗れの手を挙げてそれを制した。
「……いいんだ、アルベラ。これで……いい」
アルスは、自分を囲み、狂ったように武器を振り下ろす三人を見上げた。その顔には、怨嗟も、憎悪もない。ただ、逃れられない運命を共に背負う者への、どこまでも深く、透き通った諦念だけがあった。
「……仕方ないことだ。お前たちが、そうせざるを得ないのは……分かっている」
アルスの掠れた声が、喧騒の中でリュークたちの耳に届く。
「仕方ない」――それは、彼らが最も自分自身に言い聞かせたかった言葉だった。大切な人を見捨てたことも、オーラの命令に従い無実の者を殺してきたことも。すべては「仕方のないこと」だったと、誰かに肯定して欲しかった。
「やめろ……そんな顔で、俺を見るなッ!!」
レイドが泣き叫びながら、鉄球をアルスの頭上へ振り下ろす。アルスは避けなかった。直撃の瞬間、アルスの「血」が、爆発するように四方へ飛び散った。その血は、聖騎士たちの白銀の甲冑を赤く汚し、彼らが縋っていた「清廉な自己」という最後の幻想を、物理的に腐食させてゆく。
「……だが、これでお前たちは……ようやく、自分の罪を『自分のもの』として感じられるはずだ」
瓦礫に沈み、意識を失いかけながらも、アルスは穏やかに微笑んでいた。その姿は、オーラという偽りの神によって蹂躙される「真の人間」そのものの輝きを放っていた。




