第1話 約束の剣、裏切りの宴
「お疲れ様、アルス。君のおかげで世界は救われたよ」
王都の祝勝会。黄金のシャンデリアが輝く大広間で、勇者アルスは親友であり、パーティの重騎士であるガイルから杯を渡された。魔王を討伐し、ようやく手に入れた平和。アルスの隣には、幼馴染で婚約者でもある聖女アリシアが寄り添っている。
「……ああ。これでやっと、君と静かに暮らせる」
アルスがアリシアの手を握ると、彼女は少しだけ視線を逸らし、不自然な笑みを浮かべた。その直後。アルスの視界が、ぐにゃりと歪んだ。
「……がはっ!? な、んだ、これ……身体が……」
力が入らない。膝から崩れ落ちるアルスを見下ろすガイルの顔から、親愛の情が消え、卑俗なニヤケ顔が浮かび上がった。
「馬鹿だなあ、アルス。魔王を倒した『最強の勇者』なんて、平和な世の中じゃ邪魔なだけなんだよ。特にお前の持つ聖剣の所有権……あれはもっと『相応しい人間』へ譲ってもらう」
「何を……言ってる……アリシア、逃げろ……!」
アルスは必死に手を伸ばしたが、アリシアはその手を冷たく振り払った。
そして、あろうことかガイルの腕の中に収まったのだ。
「ごめんなさい、アルス。あなたと一緒にいても、私は『英雄の未亡人』になるだけ。ガイル様は、王家から公爵の地位を約束されているわ。私、もっと贅沢に、もっと愛されたいの」
「なっ……」
「お前の故郷の村も、ついでに『魔王の残党に襲われた』ことにして焼き払っておいたぜ? 証拠隠滅だ」
ガイルが下卑た笑い声を上げながら、アリシアの腰を強く抱き寄せる。アリシアは拒絶するどころか、うっとりとガイルを見つめ、アルスの目の前で彼と深い口づけを交わした。
裏切り。
絶望。
そして、積み上げてきた信頼が砂の城のように崩れる音。
「アルス、君はここで死ぬんじゃない。魔王と相打ちになった『悲劇の英雄』として、死体すら残さず消えてもらうんだよ」
背後から現れた魔導師セーラが、冷徹な瞳で呪文を唱える。
アルスの足元に転送魔法の陣が展開された。
行き先は、二度と戻れないと言われる『死の断崖』
「あ、ああああああああッ!!」
落下する瞬間、アルスが見たのは、自分を嘲笑うかつての仲間たちと、他の男の腕の中で悦びに浸る婚約者の姿だった。
――許さない。
――この慈悲なき世界も、愛を誓った女も、背中を預けた友も。
――全てを、俺が味わった以上の地獄に叩き落としてやる。
光も、闇も。さらに濃い闇でドロドロに──
深い闇の底へ落ちていくアルスの瞳が、ドロリとした漆黒に染まった。
それは勇者の光が消え、復讐者の闇が産声を上げた瞬間だった。




