エピローグ
その日は、朝から落ち着かなかった。
親方に頼み込んで、昼前の仕事を抜けさせてもらったアルトは、人の流れに逆らいながら大通りへ向かった。
戴冠と婚礼のあとのパレードがあると聞いたのは、数日前だ。見逃す理由なんてなかった。
すでに通りは人で埋め尽くされていた。
肩と肩がぶつかり、子どもは親の腰にしがみつき、あちこちから「おめでとうございます!」という声が上がっている。
前が見えない。
アルトは一瞬ためらってから、通り脇の木に目をつけた。
枝は低く、登れないほどじゃない。
周囲を気にしつつ、するりと幹に取りつく。
少し高くなるだけで、景色が変わった。
遠くから、近衛兵の隊列が見える。
馬の蹄が揃い、陽を受けた金具がきらりと光る。
ざわめきが、一段大きくなった。
続いて、天蓋のない馬車。
――あれだ。
女王と、その隣に並ぶ王配殿下。
アルトは、息をのんだ。
綺麗だ、と思った。
ただそれだけで、胸がいっぱいになるほどに。
女王は穏やかな笑みを浮かべ、ゆっくりと手を振っている。
王子は背筋を伸ばし、堂々と、けれどどこか柔らかく、民の声に応えていた。
「おめでとうございます!」
「お幸せに!」
「女王陛下!王子殿下!」
声が、波のように押し寄せる。
馬車が近づくにつれ、二人の顔がはっきり見える。
そのとき、アルトの胸に、ほんの小さな引っかかりが生まれた。
――あれ?
理由はわからない。ただ、どこかで見た気がした。
懐かしいような、でも思い出せないような。
馬車は、そのまま通り過ぎていく。
歓声は背後へ流れ、人々は少しずつ散り始めた。
アルトは木から降り、足元の埃を払う。
そのとき、ふと、腑に落ちた。
……似てるんだ。
あの子に。
ただ、笑い方とか、目元とか。
春の日に、焼き菓子を分け合った、あの女の子に。
それだけだ。
アルトはスッキリした気持ちで、来た道を戻った。
作業場に戻ると、ダンが材木を担いでいた。
「見てきたのか」
「うん。すごかったよ。人も多くてさ。王子様、ちょーかっこよかったし、女王様も綺麗だった」
ダンは短く鼻を鳴らす。
「気が済んだなら、さっさと仕事に戻れ」
「へーい」
アルトは返事をして、道具を手に取った。
土の匂い。
木槌の音。
いつもの昼下がり。
外ではまだ、祝福の声が遠く響いている。
けれどここでは、今日の仕事が続いていく。
喪は明け、
祝祭は終わり、
日常が、確かに戻ってきていた。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
第二部も脱稿済みですので、近々連載開始予定です。よかったらまたお付き合いください。
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