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第55話 祝福と揚げ肉

 翌日の昼、王都の大通りに面した食堂は、いつにも増して人が多かった。祝祭の余韻が、まだ街に残っている。


 一角の卓では、四人の女たちが椅子を寄せ合い、身を乗り出している。料理はほとんど手つかずだ。


「だからね、もう、ほんとにすぐそこよ。腕を伸ばせば届くくらい!」


 最初に話し出した女は、昨日、女王と王子の食べ歩きを間近で見たという。言葉が早い。息継ぎも忘れている。


「女王様がね、串を取って、“これ、焼きたてよ”って王子様に渡すの。そしたら王子様、ちょっと驚いた顔してから笑って……あの笑顔ったらもう!」


 彼女は胸に手を当て、目を閉じる。


「綺麗なの。ほんとに。作り物みたいなんだけど、冷たくないのよ。栗色の髪がふわってしててツヤツヤでね。それでね、女王様を見る目がまた……優しくて……」


「ちょ、ちょっと待って、そんな近くで見たの!?」


 別の女が身を乗り出す。


「見たどころじゃないわよ!すぐ近くを一緒に歩いてたんだから!女王様、屋台の前でムルオカの説明までしてて、“春限定の焼き菓子なの”とか言って……女王様が手にした串に、王子様がパクって」


「きゃあ!」


 三人目が、思わず声を漏らす。


「ねえ、それってつまり、あーん、ってしたってこと?」


「そう!つまりそういう睦まじい関係!」


 そこへ、今度は別の女が割り込む。


「王子様、私も見たわ!広場の方!楽団のところよ!」


 全員が一斉にそちらを見る。


「演奏もすごく良かったんだけどね。終わったあと、王子様が舞台に上がったの。」


「王子様が舞台に?!」


「歌ったりしたわけじゃないわよ。外国の言葉で話し始めたのよ。多分ラストリア語よね。意味は分からなかったけど……」


 彼女は一瞬、言葉を切り、息を吸う。


「――あれは、ずるいわ」


「ずるい?」


「だって、声が素敵なんだもの。低すぎず高すぎず、少し甘くて。通るし、柔らかいし。それで楽団の人たちが、揃って跪いて……」


「跪いたの!?」


「そう! やっぱりほんとに王子様なんだわーって思って」


 四人は同時に、はぁ~、とうっとりため息をつく。


「それで女王様は?」


「少し離れたお席から見てて!」


「どんな感じ?」


 「……なんかね、阿吽の呼吸っていうの?お互いをわかってる感じよ」


「ああもう、理想すぎるわ。最高ね」


「女王様って感じだった。ラストリアの楽団に拍手を!ってね。女王様のお声はっきり聞いたの初めてだったけど、凛とした声ってきっとああいう声のことなのね」


「お姿は可憐なんだけど、なんていうか雰囲気がね、軽くないの」


「お二人で並んでるの見たらね、新しい時代が来るんだなって」


「わかる、その感じ」


 その横で、ずっと聞いていた女が、悔しそうに唇を尖らせた。


「いいなあ……私、行きたかったのに。当番抜けられなくて」


「もったいない!」


「でも聞いたわよ、婚礼の儀のあと、パレードがあるんでしょう?」


「そうそう! 大通り通るらしいわ」


「じゃあ、見られる?」


 「見られる見られる!」


「いい場所取らなくちゃ!」


 話題は自然に、未来へと転がっていく。


 店の別の卓では、年配の男たちが、酒を傾けながら同じ話題をしていた。


「あの王子さんな、転んだ子供を抱き起こしたんだよ」


 そう言った男は、顎髭を撫でながら続ける。


「すぐに屈んでな。怪我はねえかって。王子様がそんなことするなんてな、周りもざわついたよ。それから、よく通る声で言ったんだ。“子供や年寄りがいるから、押しあわないでくれ”って」


「へえ……」


「そんなこと言ってくれる方が女王様の夫になるんなら、この先も楽しみじゃねえか。」


 別の男が頷く。


「ちょっとラストリア訛りだったが、丁寧な言葉遣いだったよ」


「女王様って、まだ若いんだろ?旦那の王子もそんな若いんじゃ、ちょっと頼りねえ気がするけどな」


「王子さんは確か、22だったか。そりゃあ若いが、優しくていいお方だ」


「ああそうだな、若くて、綺麗だった。二人で楽しそうだったよ」


「お似合いの夫婦だ」


「まあ何にしても、めでたいこった」


 食堂のあちこちで、似たような声が重なっていく。誰もが少し明るい顔をしている。



 その様子を、少し離れた席で眺めながら、シューリは楽しそうに微笑んだ。


「ねえビオラ。すごいね、聞こえた?」


「ええ、嫌でも」


 ビオラはパンをちぎりながら、視線だけを横に流す。


「ねえ、その王子様と僕、どっちがいい男だと思う?」


「王子様」


 即答だった。


「ええ~。もうちょっと悩んでよ、冷たいなあ」


「無理ね。あんたは『悪い男』でしょうが」


「ああ、しまった。そっちの意味か。じゃあ完敗だねえ」


 シューリは肩をすくめ、面白そうに周囲のざわめきを聞いている。


「でも……」


 ビオラが、ふっと声を落とす。


「……あの女王様、うまいことやったわね。一気にお祝いムードよ」


 「うん。正当性って、こういう時ほんと強いよね。僕、一生懸命悪評立てたのに一瞬でひっくり返されちゃったよ」


 「そうね。『本物』の強さってこういうことよね。……手強い相手になるかもよ」


 シューリは愉快そうに笑って、木製のカップを口に運び、ビオラはその隙に最後に残った揚げ肉をピックで刺して自分の皿に乗せた。

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