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第54話 祝祭と王子

今年も、花の祝祭がやってきた。


王都の大通りは、朝から人で溢れていた。色とりどりの生花が軒先に飾られ、紙や布で作られた花輪が風に揺れている。焼き菓子の甘い香りと、炭火で焼かれる肉の匂いが混じり合い、遠くから笛と太鼓の音が聞こえてきた。


一年前のこの日、ミリアは「アデラ」と名乗り、人波の中に紛れてこの光景を見ていた。何も知らず、何も背負わず、ただ賑わいに胸を躍らせて。


今日は違う。

ミリアは女王として、祭りへ向かう。

隣にはエルナンがいる。


背後には、アシェラやユリウスをはじめとした護衛たち。

衣装は動きやすさを優先しながらも、身分を隠すことはない。

誰の目にも、王と王子だと分かる装いだった。


「賑やかですね」


エルナンがそう言って、楽しそうに通りを見渡す。

その声に、ミリアは小さく笑った。


「ええ。花の祝祭は、王都で一番人が多くなる日なんです」


今年も色々な屋台が出ている。

内政不安の影響はこの景色からは感じられない。


「交易の国と聞いていましたから、もっと外国の品が並ぶのかと思っていましたが……そうでもないのですね」


所狭しと並ぶ屋台を見ながらエルナンが言う。

ミリアは笑顔で答えた。


「そうですね。港町の方へ行けば、半分くらいは外国の商人が店を出しているようです。ここは、少し離れていますから」


そう言いながら、彼女は立ち止まり、ある屋台の前へ進んだ。


焼き串を並べる店主が一瞬ぎょっと目を見開き、慌てて頭を下げかける。


「そのままで。今日は祝祭ですから」


ミリアはそう言って、串を指さした。


「これと、そちら、一本ずつくださいな」


エルナンに向かって焼き串の説明すると、彼は興味深そうに頷く。

代金はすぐに後ろの護衛から差し出された。


大きな葉っぱで包まれた焼き串を2本ミリア自身が受け取り、一本をエルナンに手渡した。


「どうぞ。王都の花の祝祭限定の果物とダックの串焼きです」


「へえ、面白い組み合わせだね。いい匂いだ」


エルナンはそう言って笑い、躊躇いなくかじりついた。

その様子を見て、周囲の人々がざわめく。


女王が、王子に屋台の食べ物を勧めている。

二人が、同じものを食べて笑っている。


一箇所に留まらぬよう、ミリアは歩調を保った。

人が集まりすぎないよう、視線を配りながら、食べ歩きで祭りを進む。


その途中だった。

人の波に押されて、足元で小さな影がよろける。

次の瞬間、子供が転んだ。


「――大丈夫か?」


エルナンはすぐに屈み、子供を抱き起こした。

優しく肩についた埃を払い、目線を合わせて声をかける。


「怪我はしていない?」


子供は目を丸くし、こくこくと頷く。

エルナンは立ち上がり、周囲を見渡した。


「すまないが、あまり押しあわないようにしてほしい。小さな子供や、ご老人もいるのだから」


通る声だった。怒鳴るでもなく、威圧するでもない。

それでも、不思議と人の流れが落ち着く。


「ありがとう」


ミリアが小さく言うと、エルナンは何でもないことのように微笑んだ。


その後も、二人は民衆に見守られながら、祭りを楽しんだ。

クセの強い香りがする伝統菓子を分け合って食べたり、花冠をお互いに載せあったり。

その度に、取り囲む民衆からは笑顔と感嘆のため息が漏れた。



やがて一行は、広場に設えられた特設の舞台へ向かった。

これから、今年だけの特別な趣向がはじまる。

王家が提供した特別ステージ――ラストリアから招かれた大道芸人と楽団の演目だ。


ミリアとエルナンが用意された椅子に腰掛けると、異国の旋律が空に広がった。


まずは大道芸人のアクロバットや手玉、バランス技。楽団の笛と太鼓が盛り上げる。続いてラストリアからの楽団が舞台に勢揃いするとピカピカ光るラッパの音が響く。ガンパの低音に支えられて横笛や太鼓が明るくリズミカルな音楽を奏でる。

異国の曲だが、祝いや祭りの音楽であることは自然とわかった。


そして再び芸人たちが現れ、さっきよりもさらに大技に挑む。

音楽が緊張を盛り上げ、ジャーン!というシンバルの音と同時に技が決まった。


民衆のから大歓声と拍手が湧き起こる。ミリアも身を乗り出して拍手していた。


演目が終わり、拍手が鳴り止まぬ中、エルナンが立ち上がった。


彼は舞台の端へ進み、演者たちに向かって言葉をかける。

その声は、コルレドの言葉ではなく、ラストリア語だった。


『はるばるこの地までよく来てくれた。素晴らしい舞台だった。感謝する』


芸人たちは揃って跪き、楽団長が返礼する。


『晴々しい演奏の機会をいただき、ありがとうございます。王子殿下、どうぞお幸せに』


その光景に、広場が静まり返ったあと、――どよめきが走る。


「ああ……」


「王子様だ……」


ミリアは、その空気の変わり方を感じながら、スッと舞台の中央へ出る。


「ラストリア王国からはるばる私たちの婚礼を祝うために来てくださいました!もう一度大きな拍手を!」


その声に導かれて、周囲から歓声が湧き起こる。


「エルナン王子ばんざーい!」


「ミリア様、おめでとうございまーす!」


「女王陛下、万歳!」


笑顔の民衆が大きな拍手を送りつづける。

ミリアは満面の笑みを崩さぬまま、舞台を降りた。


(上々の出来)


民衆に向かって手を振っていたエルナンが振り返り目が合う。


(これでいい)


と目が笑みのまま語る。

同じ焼き串を食べても、一年前とは違う。


今日、彼女は女王として、民衆の春を迎えに来た。

確かな一歩を進めるために。

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