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第53話 お針子と青い布

急に決まった婚礼で、王宮はどこも慌ただしく動いていた。

あと何日、と暦を数えながら女官も官僚も落ち着きなく動き回る。


衣装管理部でも婚礼の儀のための準備が慌ただしく進められていた。


そんなある日、仕立て場に広げられたのは、『湖底の青』に染められた見事な布地だった。

光を吸い込みながら静かに返すその色は、湖の底に差し込む一筋の光を閉じ込めたかのよう。

針を持つお針子たちは思わず見惚れ、息をついた。


「……やっぱり綺麗ね。こんな深い青、他じゃ絶対に染められないわ」


「王家の色だからね、染料が特別なのよ」


「いよいよエルナン王子のお衣装ね。裁ち刀を持つ手が震えそうよ?」


冗談めかした声に、笑いが漏れる。

だが誰もが胸を高鳴らせていた。


女王の衣装は王太女時代の正装に手を入れて華やかさを加えたものに、という指示だった。

衣装管理官は新調を提案したが、倹約が優先だと女王は採用しなかった。


今回の婚礼ではラストリアから婿入りする王子の衣装だけ、コルレド王国の伝統衣装に沿ったものを新しく仕立てることになった。


そしてつい先ほど、ようやくラストリアから王子の採寸表が届いたのだが。

机の上に置かれたそれに、ひとりが目を落とし、小さく悲鳴を上げた。


「……ちょっと、見てこれ!」


なになに、と周り集まり覗き込む。皆の目が数字を行ったり来たり。


「え、股下丈……長っ!」


「なにこれ、規格外じゃない?!」


「いやだ、殿下って脚こんなに長いの?」


「それだけじゃないわよ、胸囲見て!」


「……厚い。厚すぎる。え、遠目には細身で線が柔らかく見えたのに……」


「お背丈も長いから、身長がおありなんだろうけど、でもこれは」


「つまり……鍛えてらっしゃるんだわ」


ざわざわと熱気が走る。


「でも待って、ウエスト……これ普通より細いくらいよ」


「……引き締まってる……」


「……逆三角形……」


全員が同時にうっとりと目を閉じ、頭の中で思い思いの理想の姿を思い描いてしまった。そしてなんとなく頬を赤らめる。


「いやーん、完璧……!」


「ちょっとちょっと、想像しただけで手が震える」


「やっぱり王子様って違うのね……」


キャッキャと笑い合いながら、ワクワクする気持ちが膨らんでいく。

それぞれの机には作りかけの小物が置かれていて続きが縫われるのを待っていた。


婚礼の儀に必要なのは衣装だけではない。

王家の色で揃えたテーブルの布、壁掛けの飾り布、花瓶や燭台の敷き布など、細かく数えるとキリがない。

それらも全て、彼女らの仕事だ。


「それにしても、この『湖底の青』。殿下の髪色に絶対映えるわ」


「映えるどころじゃない、銀糸を刺したら……日陰で光ったとき、殿下の瞳と一緒にキラキラして見えると思う」


一人が刺繍用の銀糸を持ってきて、すうっと『湖底の青』の上に流す。

鮮やかで気品あふれるコントラストに皆が目を奪われる。


「やだ、想像したら心臓がもたない!」


机には、ラストリアの意匠とコルレドの王家の紋を組み合わせた図案も置かれていた。


「ねえ、この鷲と月桂樹。両方をちゃんと纏わせようっていう図案よね」


「力強くて優雅さもあって。殿下がこれをお召しになって、陛下と並ばれたら……」


「……もう、絵画みたいよ」


一瞬手が止まり、一同の視線が宙を泳ぐ。

それぞれの頭の中にはもう、青と銀に輝く衣装を纏った二人の姿が浮かんでいる。


美しく堂々とした陛下、凛々しくも柔らかな笑みをたたえた王配殿下。

肩を並べるその姿に、人々の歓声が重なって――


「……うわぁ、想像だけで泣けてくる」


「……ねえ、私たち、すごいものを作るのね……」


熱っぽい囁きに、場がまたざわめき出す。


そこへ、仕立て場の奥からお針子頭の声が飛んだ。


「こらお前たち!王子様に夢ばかり見て針を止めるんじゃありません!これは国の顔になる衣装なのよ!」


一斉に持ち場に散る若いお針子たち。

しゅんとした顔を見回し、お針子頭はふっと笑った。


「……まあ、気持ちはわかるし、針に思いが乗るのはいいことよ。だからこそ、失敗は許されない。心して仕立てましょうね!」


「はいっ!」


力強い返事が重なり、針が動き出す。

数人が寸法表に合わせて型紙を調整する。

笑いと妄想の余韻を残したまま、それでもお針子たちの手元は規則正しく動き続ける。


お針子たちの熱心な作業が進み、数日後には新たな衣装が形を表し始めた。

湖底の青に銀糸が踊り、刺繍が形になる。


平な青だった美しい布は、近々王配殿下がその身にまとい、陛下の婚礼衣装と並び立つ。想像するだけで胸が熱くなる未来を、彼女たちは確かな手で縫い進めていった。



「やっぱり……納得はいかないわね。一番大事な衣装を他所で縫わせるなんて」


お針子頭がリストの空欄を指でなぞりながら言う。

そこには戴冠式関連の衣装や小物がずらっと並ぶはずだった。


急に決まった婚礼で、衣装作りが手いっぱいなのは事実だけれど、でも。

衣装管理官が答える。


「ああ、そうだな。……だが陛下がお決めになったことだ」


二人とも、ナギ商会の名前は出さない。

出したら負けを認めたことになる気がして。

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