第51話 返答と求婚
朝霧がまだ残る王城の前庭に、旅支度を整えたラストリア視察団一行が馬を引いて整列している。
エルナン王子は振り返り、ゆっくりとミリアの前に歩み出た。
周囲が静まる。
彼はそのまま、膝をついた。
ミリアの心臓が跳ねた。
「女王陛下」
王子の声は、穏やかに澄んでいた。
「先夜、陛下はお尋ねになりましたね——『私のこと、どう思っていらっしゃいますか』と」
——うそでしょ!? ここでそれ出す!?
内心、ミリアは仰け反るほどの羞恥に襲われた。
後ろに立つ女官たちの気配が、なぜか妙に生々しく感じられる。
目元が熱い。
頬がひりつく。
あんなの、思い切って、ほんの冗談半分で——!
なかったことにしてくれても良かったのに!
しかし、エルナンは真顔だった。
からかう気配はまるでない。
むしろ、言葉に重みすら感じられた。
「私はあの問いに、あの場で答えることができませんでした。ですが今は、きちんと伝えたい」
彼は立ち上がらず、まっすぐに見上げるようにして言った。
「アデレード・ミリア・カンザ陛下。私は、陛下と共に歩む道を選びたい。コルレドという国の傍に、陛下の傍に在りたいと願っております。私エルナン・ゾルク・デル・ラストリアを、陛下の伴侶として迎えていただけますか」
静まり返った空気の中、ミリアは何とか口を開いた。
視線を外せば逃げ出したくなりそうで、必死にまっすぐ王子を見返す。
「……ありがとうございます。そのお言葉、謹んでお受けいたします」
その声が終わったとき、前庭に広がっていた緊張の空気が、ふっとほどけた。
誰も声を上げはしなかったが、風の音のような小さな安堵と、静かな気配の波が広がる。
控えていた廷臣たちは、直立したまま姿勢を崩さず、しかし明らかに目を伏せ、うなずき、受け止める動きを見せる。
前宰相ジルベールが一歩前へ出て、恭しく頭を垂れた。
「このたびのご決意、まことに尊きことと存じます。では、両国の御意志をもっての正式なご婚約に向け、日程・手続き等、王宮側より手配を進めさせていただきます」
エルナンは立ち上がり、ジルベールに目礼した。
「感謝いたします。コルレドの方々のご配慮に、心より御礼申し上げます」
ミリアも、ようやく肩の力を抜いた。
顔はまだ少し火照っていたが、王女としての声音で静かに応じた。
「ラストリア王家のご厚意に感謝いたします。まずは国を整え、迎える準備を整えた上で、正式な運びといたしましょう。——ジルベール、後のことをお願い」
「はっ」
とジルベールが応じ、周囲の随臣らが動き出す。
馬の手綱を整え、随行員は文官が差し出した紙筒を受け取った。外交文書だろう。
ミリアは最後に、ほんの少しだけ視線を王子に向けた。
その顔に、勝ち得た自信と、少しの照れが入り混じっているのを、マグリットは見逃さなかった。




