表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/59

第46話 王都と港湾都市

第三王子エルナン率いるラストリア王国視察団は、予定通りにコルレド王国の王城に到着した。


「突然の申し出をお受けいただき、感謝いたします」


「はるばるわが国までよくお越しくださいました。歓迎いたします。喪中のことゆえ華やかにはできませんが、お寛ぎいただけるよう心を尽くさせていただきます」


丁寧な挨拶から始まり、エルナン王子は終始真面目で紳士的な振る舞いだった。

シェーレの街で会った時の印象とは違い、公式の場での振る舞いは感情の見えにくい礼儀正しいもの。

ミリアは自分も女王としての礼儀を崩さず、丁寧に応対した。


要人たちとの晩餐会、王都や港湾都市への案内、政治制度の説明、法律やしきたり、宗教や習慣など伝えたいことは山ほどあり、王子のスケジュールはやや過密となっていた。


(この国の現状を、良いところもそうでないところも、知った上で選んで欲しい)


それは危うい賭けではあったが、誠実でありたいという女王の、人としての正直さでもあった。


王都の視察日。


王都の通りは、すでに見た目だけなら平穏を取り戻していた。焼け落ちた家屋は撤去され、新しい壁が立ち、仮設の商店が並び、人々はいつも通り買い物をしている。


「こちらが、暴動の中心となった地区です」


案内役の官吏が淡々と説明する。エルナンは頷きながら、周囲を見回した。生々しい破壊の後に護衛たちも眉を顰める。


復興は進んでいて、石畳には補修の跡があり、壁の色もまだ新しい。

しかしミリアは、その通りに入った瞬間、胸の奥が冷えるのを感じた。


――ここで、叫び声が上がった。

――ここで、石が飛んだ。

――ここで、誰かが倒れた。

——火が上がって、黒い煙の匂いがした。


記憶が勝手に蘇る。

眉間に皺が寄り、肩に力が入った。


「……陛下?」


エルナンの声で、我に返る。


「実際に、暴動をご覧になったのですか?」


一瞬、言葉に詰まる。


「……ええ。たまたま、その近くにおりました。一部分を見ただけですが……恐ろしい、と思いました」


本当は、もっと近くにいた。

本当は、もっと多くを見た。

城へと駆け戻る中の、恐怖と悲しみ、怯え。記憶がじわじわと蘇る。


「陛下?」


ハッとしてミリアは意識を現在に戻し、顔を上げてエルナンに説明した。


「現在は、被害を受けた家屋や店舗の復旧は、国が費用を一部負担しています。物価も一時は異常なほど高騰しましたが、今はほぼ元に戻りました」


官吏が補足するように言う。


「商人たちも協力してくれています。生活自体は、一応落ち着きを取り戻しました」


ミリアはその言葉を受けて、静かに続けた。


「……けれど、民の不安はまだ消えていません」


エルナンは視線を向ける。


「善良な民は、なぜあんなことになったのか、なぜ屋敷や店が壊されたのかわからないのです。今も、心のどこかで怯えています」


通りを行き交う人々の表情は穏やかだった。だが、その奥にある緊張を、ミリアには感じ取れてしまう。


「復興は進んでいます。でも……王政への信頼は、まだ戻っていません」


エルナンはしばらく何も言わなかった。ただ、焼け跡の上に建てられようとしている新しい建物を見つめている。


「……正直に話してくださって、ありがとうございます」


その言葉に、ミリアはわずかに驚いた。


「国の弱い部分を、見せるのは勇気がいることだ」


ミリアは小さく息を吐く。


「殿下に、知っていただきたいのです。この国が抱えているものを」


その上で、選んで欲しい。

この国と、私を。


ミリアは案内を続けた。



翌日からは馬車で少し離れた港湾都市へ向かう。


湖を渡る風は、二人が乗る馬車の窓からも入り込んでくる。

冷たい風は王都よりも湿り気を帯びていた。


南の内海から川を遡れば、この湖の港にたどり着く。港には人と荷と船がひしめき合い、絶え間なく動いている。交易国コルレドの心臓部といってもいい場所だ。


「こちらが港湾局の管理倉庫です」


役人の説明に、エルナンは倉庫の壁を見上げた。

そこには鷲や船、星や獣――様々な商会の紋章が並んでいる。


「多くの商会があるのですね」

「ええ。しかしこの辺りはもうまとめて“ナギ連合”扱いですので」


――実質は全てナギ商会配下ということか。

役人はその異様さを全く気にしていないようだった。


そのとき、役人が背後を見て「あ」と声を上げた。

振り返ると、デサン・キアロがいた。


「陛下。こちらにいらしていたのですか」


にっこりと愛想よく笑うと礼をとった。


「ええ、エルナン殿下に港をご案内しています。殿下、こちらはデサン・キアロ。ナギ商会の会頭です」


「ご活躍はあちこちで耳にしています」


エルナンはにこやかに言葉をかける。


「恐れ多いことでございます。ただ真面目に商売をさせていただいておりますだけで」


(見事な外向きの顔——)


ミリアも外向きの笑顔で応える。


「良いことですね。交易の発展は国にとっても重要です。今後も期待しています」


「ありがたきお言葉、痛み入ります」


デサンは再び礼をとる。


この一瞬でデサンがエルナンを値踏みしたのは、感覚で分かった。

ミリアはエルナンを促し、デサンに背を向けた。


倉庫街を抜けると、さまざまな店や住宅、工房などが雑多に立ち並ぶ賑やかな通りに出た。

最も寒い季節でありながら、人の往来は少なくない。


エルナンが一際大きな石造の建物に目を留める。


「……あの建物は?」


屋上から、ちょうど数羽の鳩が飛び立った。


「ナギ商会の本館です」


ナギ商会。

ならばあの鳩は――通信用だな。

エルナンは即座にそう理解した。


(これは——思った以上に、規模が大きい)


考え込むエルナンを見て、ミリアは不安になる。

正直に全てを見せて、知ってもらおうと思った。でも本当にこれでいいのか。


この婚約をなんとしても決めなければ。

焦る気持ちが徐々に募っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ