第46話 王都と港湾都市
第三王子エルナン率いるラストリア王国視察団は、予定通りにコルレド王国の王城に到着した。
「突然の申し出をお受けいただき、感謝いたします」
「はるばるわが国までよくお越しくださいました。歓迎いたします。喪中のことゆえ華やかにはできませんが、お寛ぎいただけるよう心を尽くさせていただきます」
丁寧な挨拶から始まり、エルナン王子は終始真面目で紳士的な振る舞いだった。
シェーレの街で会った時の印象とは違い、公式の場での振る舞いは感情の見えにくい礼儀正しいもの。
ミリアは自分も女王としての礼儀を崩さず、丁寧に応対した。
要人たちとの晩餐会、王都や港湾都市への案内、政治制度の説明、法律やしきたり、宗教や習慣など伝えたいことは山ほどあり、王子のスケジュールはやや過密となっていた。
(この国の現状を、良いところもそうでないところも、知った上で選んで欲しい)
それは危うい賭けではあったが、誠実でありたいという女王の、人としての正直さでもあった。
王都の視察日。
王都の通りは、すでに見た目だけなら平穏を取り戻していた。焼け落ちた家屋は撤去され、新しい壁が立ち、仮設の商店が並び、人々はいつも通り買い物をしている。
「こちらが、暴動の中心となった地区です」
案内役の官吏が淡々と説明する。エルナンは頷きながら、周囲を見回した。生々しい破壊の後に護衛たちも眉を顰める。
復興は進んでいて、石畳には補修の跡があり、壁の色もまだ新しい。
しかしミリアは、その通りに入った瞬間、胸の奥が冷えるのを感じた。
――ここで、叫び声が上がった。
――ここで、石が飛んだ。
――ここで、誰かが倒れた。
——火が上がって、黒い煙の匂いがした。
記憶が勝手に蘇る。
眉間に皺が寄り、肩に力が入った。
「……陛下?」
エルナンの声で、我に返る。
「実際に、暴動をご覧になったのですか?」
一瞬、言葉に詰まる。
「……ええ。たまたま、その近くにおりました。一部分を見ただけですが……恐ろしい、と思いました」
本当は、もっと近くにいた。
本当は、もっと多くを見た。
城へと駆け戻る中の、恐怖と悲しみ、怯え。記憶がじわじわと蘇る。
「陛下?」
ハッとしてミリアは意識を現在に戻し、顔を上げてエルナンに説明した。
「現在は、被害を受けた家屋や店舗の復旧は、国が費用を一部負担しています。物価も一時は異常なほど高騰しましたが、今はほぼ元に戻りました」
官吏が補足するように言う。
「商人たちも協力してくれています。生活自体は、一応落ち着きを取り戻しました」
ミリアはその言葉を受けて、静かに続けた。
「……けれど、民の不安はまだ消えていません」
エルナンは視線を向ける。
「善良な民は、なぜあんなことになったのか、なぜ屋敷や店が壊されたのかわからないのです。今も、心のどこかで怯えています」
通りを行き交う人々の表情は穏やかだった。だが、その奥にある緊張を、ミリアには感じ取れてしまう。
「復興は進んでいます。でも……王政への信頼は、まだ戻っていません」
エルナンはしばらく何も言わなかった。ただ、焼け跡の上に建てられようとしている新しい建物を見つめている。
「……正直に話してくださって、ありがとうございます」
その言葉に、ミリアはわずかに驚いた。
「国の弱い部分を、見せるのは勇気がいることだ」
ミリアは小さく息を吐く。
「殿下に、知っていただきたいのです。この国が抱えているものを」
その上で、選んで欲しい。
この国と、私を。
ミリアは案内を続けた。
翌日からは馬車で少し離れた港湾都市へ向かう。
湖を渡る風は、二人が乗る馬車の窓からも入り込んでくる。
冷たい風は王都よりも湿り気を帯びていた。
南の内海から川を遡れば、この湖の港にたどり着く。港には人と荷と船がひしめき合い、絶え間なく動いている。交易国コルレドの心臓部といってもいい場所だ。
「こちらが港湾局の管理倉庫です」
役人の説明に、エルナンは倉庫の壁を見上げた。
そこには鷲や船、星や獣――様々な商会の紋章が並んでいる。
「多くの商会があるのですね」
「ええ。しかしこの辺りはもうまとめて“ナギ連合”扱いですので」
――実質は全てナギ商会配下ということか。
役人はその異様さを全く気にしていないようだった。
そのとき、役人が背後を見て「あ」と声を上げた。
振り返ると、デサン・キアロがいた。
「陛下。こちらにいらしていたのですか」
にっこりと愛想よく笑うと礼をとった。
「ええ、エルナン殿下に港をご案内しています。殿下、こちらはデサン・キアロ。ナギ商会の会頭です」
「ご活躍はあちこちで耳にしています」
エルナンはにこやかに言葉をかける。
「恐れ多いことでございます。ただ真面目に商売をさせていただいておりますだけで」
(見事な外向きの顔——)
ミリアも外向きの笑顔で応える。
「良いことですね。交易の発展は国にとっても重要です。今後も期待しています」
「ありがたきお言葉、痛み入ります」
デサンは再び礼をとる。
この一瞬でデサンがエルナンを値踏みしたのは、感覚で分かった。
ミリアはエルナンを促し、デサンに背を向けた。
倉庫街を抜けると、さまざまな店や住宅、工房などが雑多に立ち並ぶ賑やかな通りに出た。
最も寒い季節でありながら、人の往来は少なくない。
エルナンが一際大きな石造の建物に目を留める。
「……あの建物は?」
屋上から、ちょうど数羽の鳩が飛び立った。
「ナギ商会の本館です」
ナギ商会。
ならばあの鳩は――通信用だな。
エルナンは即座にそう理解した。
(これは——思った以上に、規模が大きい)
考え込むエルナンを見て、ミリアは不安になる。
正直に全てを見せて、知ってもらおうと思った。でも本当にこれでいいのか。
この婚約をなんとしても決めなければ。
焦る気持ちが徐々に募っていった。




