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第45話 デサン・キアロ:発見

イザークが店じまいを始めたちょうどそのタイミングで、男はやってきた。


シンプルで上質な黒い外套。

イザークが仕立てたものだ。

誰かはすぐにわかる。


「お久しぶりですね」


「ああ」


それだけ言うといつものように奥に案内する。

イザークは表の看板を片付けて、扉を閉める。


大抵はリースかシューリを連れてくるが、今日は一人。

何か急ぎの用事か、それとも極秘の話か。

暖炉の火を一段強くする。それと別に蝋燭の明かりもつけた。


デサンは持ってきた包みを机に乗せた。見ずともわかる大きさと質感。中身は布地だ。


「まずはこれを」


包みを丁寧に開き、現れた布を広げる。


「これ、は。」


イザークは一目見て絶句した。

生地は上質のセリム織。

いつも扱っているナギ商会の定番生地。


――問題は色だ。


深い緑。

深いが、暗くはない。


蝋燭の光の中でもわかる艶やかな光沢と、精緻な織り込み模様がろうそくの火が揺れるたびにちらりちらりと虹色に浮かび上がる。


こんな色の染め物は見たことがない。


緑といえば、もっと明るい若草色か、暗くくすんだ色になるものだ。

こんなに深くて鮮やかな緑が染められるとは。


「いい色だろう?」


「はい、これはすごいですね」


デサンはニヤリと笑って言う。


「あの緑だ。突き詰めたら、この色ができた」


「あの緑……!」


その言葉で、イザークは数ヶ月前のことを思い出す。


・・・


思い通りのドレスを作るには、イメージ通りの染めが必要になる。

イザークはとある染め物工房と契約していた。

型染めやたたき染め、いろいろな染め技術を持つその工房は、弟子も多く賑わっていた。


春の初めの頃、イザークはその染め工房で不思議な布地を見つけた。


緑の斑らの布。

隅の方へ立てかけてあるということは、失敗作らしかった。

広げてみると、ところどころが濃い緑に染まっている。


「面白いな」


親方に聞くと、媒染液に余計なものが混じっていた結果の失敗だという。


「何が混じってたんだ?」


何がそんなに気になるんだ、と不思議そうな顔で親方は答えた。


「小石だよ」


「小石?」


「弟子が媒染液を作るときに混ざっちまってな。あわてて引き上げて洗ったら、ムラになった。布が無駄になって、参ったよ」


イザークは顎に拳を当てて考えた。

濃い緑は染めるのが難しい。

ところどころとはいえ、かなり濃い緑に発色しているのがどうしても気になった。


「しかし、緑、だろう?ちょっと気になるな」


物好きだな、という表情を隠さず、親方は混ざっていた小石について話した。


河原によく落ちている小さな青い石。

川で道具を洗った後、底にくっついてきたんじゃないか。

欲しいなら河原へ行けば、そこらに落ちている。

光沢があるからすぐに見つかる、とも。


「そうか。あの斑らの布はもらってもいいか?」


「どうせ使い道もねえ。欲しいなら持って行け」


イザークは礼を言って布を受け取り、近くの河原で石を探した。

光沢のある青い小石。それらしい小さなかけらをいくつか見つけ、工房の親方に確認した。

それで間違いない、と親方は頷いた。


数日後、次の仕事の打ち合わせに来たリースに、その布と小石を見せた。


「この小石の媒染液で、こんな緑が出たそうです。うまくやれば新色の流行が作れるかもしれないと思いまして」


「……なるほど。確認する価値はありそうですね」


リースは小石と布を持って商会へ戻っていったが、その後何の連絡もなかった。


・・・


暖炉の火に照らされる深い緑のセリム織を見てイザークは考える。


(あの緑。あれから音沙汰がないと思っていたが、進んでいたのか――)


「素晴らしいですね。でもどうやって」


デサンは布をひと撫でする。

答えない。

聞いてはいけないということだ。


「では、これで何か仕立てろ、と?」


「そうだ。ぜひ君に頼みたい」


深く、軽く、光沢のある色。

ドレスならば白いレース生地と合わせて……


「女王の戴冠衣装だ」


「……は?」


一瞬、言葉の意味がわからなかった。戴冠衣装と言ったか?


「これを、王家の色にする」


「……」


どういうことだ。

頭がついていかない。


デサンはゆっくりと説明するように語る。


「この緑はあの川の上流、山の中に埋まっている、とある金属から生まれる」


そこでデサンはニヤリと笑った。


「そこから、新しい時代が来る」


その顔つきを見れば、王が変わるという意味だけではないのが伝わる。


「新しい時代に、最もふさわしい色だ。私はこれをレグリアングリーンと名付けた」


……レグリアングリーン。深く鮮やかなこの色の名前。


「セリム織のレグリアングリーンを着て女王が戴冠し、新しい時代が来る」


「しかし、」


「王室には了承させる。問題ない」


イザークは、戸惑った。

式典衣装に限らず、王族の衣装は全て王城の衣装管理部が縫製するもの。

位や立場で細かい決まりがあり、自分にはそれはわからないことだ。

問題ない、と言われて引き受けられるものではない。


「自由に作って構わない。威厳と、斬新さがあればいい」


「私には、王室の規範を守れる自信はありませんが」


「自由にしていい、と言った。規範など、後から変えられる」


「……」


この男は、何をしようとしているのか。

街の仕立て屋で戴冠式の王の衣装を仕立てるなど、前代未聞だ。

まず普通に考えれば不可能なはずだ。

しかし……


「君ならばできる。古い規範などどうでも良い。王家の『湖底の青』も無視していい」


これは、断れる話ではなさそうだ、とイザークは理解した。

自分は、王家の伝統に逆らう気はない。

ただ、注文された衣装を作るだけだ。

その衣装がどうなるかは、自分が考えることじゃない。


イザークはそう結論した。


「私は仕立て屋ですので、作れとおっしゃるならば、作ります。このレグリアングリーンが映える、威厳のある新しい衣装ですね。しかし、採寸や仮縫いはどうすれば?」


「そうだな……王城に何度か行ってもらうことになる。手配はこちらでする」


やはり本気なのだ。

そしてこれ以上、この件の裏に深入りしてはならない、と頭のどこかで警戒音が鳴る。


「わかりました。では、急ぎデザイン案を作ります」


デサンはゆっくり頷いて手形を一枚差し出した。


「着手金だ。完成したら残りを支払う」


イザークはその金額を見て息を呑んだ。



――これは、大仕事になる。

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