第44話 蒼鉄と盃
10日後には、ラストリアから視察団がくる。
その応接のために色々な物品が必要だった。
喪中で派手なことはできないとはいえ、大国からの正式な視察団に対して質素な対応はできない。
慎ましく、しかし格式に則った準備が要求された。
宿泊場所、視察ルートの警備、滞在中の食事や宴席料理、視察団長は第三王子なので護衛や従者もそれなりの数になる。
物品準備にはナギ商会が名乗りをあげた。
他からはない。商会の多くは、ナギ商会の支配下にあることが透けて見えた。
「いちいち驚いてられないわね」
ミリアは開き直って会議室に入ると、デサンと宮廷官吏が契約金額の調整を終えたところだった。ジルベールを伴って女王が現れたのを見て、官吏たちは立ち上がり、静かに退室した。
閉まったドアの前にはアシェラが立っている。
ミリアは上座に座ると、無難な挨拶から入った。
「視察団歓迎の物資手配、感謝します」
デサンは立ったまま礼を崩さない。
ミリアが着席を促すと、先ほどと同様に椅子に腰掛けた。
「今回の視察はまた、急な話ですな?」
伺うようにミリアを見る。
ミリアはしれっとカードを切る。
「ええ、今回の視察団は、第三王子と私の婚姻を前提としたものです」
ミリアはデサンの反応を伺うが、読めない。
「なんと、喜ばしいお話です。してそれは……もう決定でしょうか?」
「ありがとう。王子は、婿入りの準備のために我が国を見に来られるのです」
嘘ではないギリギリを攻める。
もう決まったと取れるように。
「エルナン王子は即断即決ができる優れたお方です。この国を共に守ってくださるでしょう」
ラストリアの王子、聡明で美しく、政治的なバランスも良い相手が、王配となる。
これがデサンへの今回のカードだ。
そして切り出す。
「弔問の場で、あなたが言った『大切なもの』についてですが」
ミリアは自然と挑むような目線になる。
「教えていただけるのですよね?」
ミリアの視線をゆったりと楽しむように引き受けてからデサンは言う。
「そうでしたな」
椅子に背中を預け、足を組む。
自分のターンだというように。
「お人払いは?」
「ここにいる者は大丈夫です」
ぐるりと部屋を見渡して、ふむ、と頷く。
そしてあっさりと口にした。
「実は、ファルロス、というものを発見しまして」
ミリアは目を見開き、全身に緊張が走るのを止められなかった。
しかし平然とした風に続ける。
「ファルロス、ですか。それは、蒼鉄の材料の?」
「おや、ご存知でしたか?これがなかなかに扱いが難しいものでしてね」
デサンは顔を顰めて困ったような風に見せる。
「おとぎ話だと思っていましたわ」
「そうでしょうな。私も実物を見るのは初めてでした」
「実物?ファルロスの?」」
「いえ。蒼鉄の実物、です」
「えっ?」
デサンはポケットからなんでもないように小さな盃を取り出して机の上に置いた。
薄青く光る金属製で、シンプルな形。
その色以外は特段変わったもののようには見えなかった。
「蒼鉄で作らせたものです」
「これ、が?……あの、蒼鉄を作る技術は失われたと」
「ええ、ですから再現しました」
さらりとデサンは答える。
「今お見せできるのはこの程度ですが」
そう言うと盃をポケットに仕舞った。
見せるだけ。触らせもしない。
今はここまで——デサンの引いた線を越えることはまだミリアにはできなかった。
「うおっほん!」
同席していたジルベールが流れを切るように咳払いした。
「蒼鉄の製法を再現されたとは、素晴らしい技術ですな。して、そこまでのものをどう扱うつもりかの?」
威圧感を滲ませながら、デサンに問いかける。
「どうとでも。ファルロス合金にはいろいろな使い方がありそうですな。興味深い物質です。まだ研究は続いておりますので、何が出るかはまだはっきりとは申せません」
まだわからない、と言葉では言いながら『なんでもできる』と仄めかす。
「先ほどの盃、蒼鉄だと」
「ええ」
「蒼鉄武器の、伝説の……蒼鉄ですな?」
「伝説のものと全く同じとは申しません。確かめようがない。ですが、近いものではあるはずです」
「なぜそう言えるのですか?」
ミリアが質問した。先ほどの盃に、そんな大きな力は感じられなかった。
ただ薄青いだけの小さな金属の器。
「ふむ」
テーブルの上に両肘を乗せてデサンは指を組む仕草する。
どこまで話すか、計算しているようだった。
「そうですな。実験してわかったのが、鋼鉄以上の強さ、刃物にした時の恐ろしいほどの切れ味、そして錆びないこと。あと、温度変化にも強い。」
「……なんと。それがまことなら、確かに蒼鉄と言える……」
デサンは脚を足を組み替えて座り直した。
「お信じになるかは、ご自由に。……ああ、今日は少し話しすぎましたかな」
デサンはリースに目で合図すると、帰り支度を始めた。
そして最後に言い残す。
「ファルロスは私が見つけた大切な宝でしてね。大事に使っていきたいと思っておるのですよ」
不敵な笑みを少しだけ見せると、二人は立ち上がり、部屋を出ていった。




