第43話 筋肉痛と書状
霊廟から戻ったミリアは、そのまま丸一日、目を覚まさなかった。
高熱こそ出なかったものの、全身が鉛のように重く、腕も背中も太ももも痛む。
慣れない長旅と、馬上の揺れと、冷たい風と――すべてが一度に身体に来たのだろう。
「寒い霊廟でお身体を冷やされたのですわね」
マグリットはそう言って、他の者たちにも同じ説明をしてくれた。
この季節に寒々しい霊廟にいたのなら仕方がない、とこれも疑うものはなかった。
ようやく目を覚ましたのは翌日の昼過ぎだった。
身体を起こすだけで、腰と尻が悲鳴を上げる。
「……い、た……」
思わず声が漏れる。
筋肉痛という言葉では足りない。
全身が軋むようだ。
温かい湯と軽い食事を用意され、ようやく人心地ついた頃、ぼんやりと天井を見つめながら、ミリアは三人の顔を思い浮かべていた。
国内の高位貴族。穏やかで誠実で、安心できる人柄。けれど、国の外を見る視線は弱い。
ラストリアの辺境伯。歳の差はあるが知的で堅実、話も通じる。だがコルレドに対しては、どこか距離を取ろうとする気配があった。
そして――
「……エルナン王子……」
声に出してしまってから、はっとする。
別れ際の視線。
あの短い会話の中で、確かに感じた何か。
そのとき、控えめなノック音がした。
「陛下、よろしいでしょうか」
ジルベールからの呼び出しだった。
着替えを済ませ、まだ少し足取りの覚束ないまま執務室へ向かう。
扉を開けると、ジルベールは机の前に立ち、一通の書簡を手にしていた。
「今朝、早馬で届きました」
差し出された封筒には、深紅の蝋封。
見慣れない、だが一目でわかる王家の紋章。
ラストリア王国――。
ミリアは封を切り、目を通す。
『コルレド王国 女王陛下アデレード・ミリア・カンザ陛下
ラストリア王国第三王子、エルナン・ゾルク・デル・ラストリアにございます――』
そこまで読んだ瞬間、胸の奥が跳ねた。
形式ばった文面はその後も続いている。
非公式な邂逅への礼。
貴国の現状への理解。
そして――正式な視察団を率いての訪問希望。
団長として、『自ら赴く』所存。
ミリアは、そこまで読んで呟く。
「……すごい」
日付を確認する。
発信は――自分がまだ帰途にあった頃。
あの別れのあと、エルナン王子はすぐに王城に戻り、許可を取り付け、使者を走らせたのだ。
迷う余地は、もうなかった。
書簡をジルベールに渡す。
「承諾の返事を書きます。書記官を呼んでください」
書簡を読み終えたジルベールは、ミリアの目をまっすぐ見て問うた。
「……では陛下、この方、ということですな」
ミリアは迷いなく頷く。
「はい。この方です。決めました」
そして心の中で、はっきりと思った。
この王子を、手に入れる。
この国と、この私のために。




