第42話 王子と女王
旅装のミリアは、建物の影からそっと広場を覗いていた。
少し後ろで、アシェラが気配を殺して控えている。
「あれが……ラストリアの第三王子……」
視線の先では、若い男が広場のベンチに腰掛けていた。
子どもたちに囲まれ、小鳥にパン屑を投げている。
警戒の色はなく、穏やかな横顔だった。
その男――エルナンが、ふっと小さく息をつく。
そして、ミリアの隠れている方をまっすぐ見た。
「ねえ、そこに隠れている人。こっちにおいでよ。僕に用があるんでしょう?」
一瞬、時間が止まったように感じられた。
ミリアは短く息を整え、決心したように歩き出す。
ついてこようとしたアシェラを、軽く手で制した。
一定の距離まで近づいたところで、フードを外す。
視線を逸らさず、エルナンの前に立ち、丁寧に一礼した。
「失礼をいたしました。私はコルレド王国の女王、アデレード・ミリア・カンザ。突然押しかけた無礼をお許しください。婚約者候補であるエルナン殿下にお会いしたく、参りました」
「……コルレドの、女王?」
「はい。父が三か月前に亡くなりましたので、私が即位しております。戴冠式は、まだですが」
エルナンは一瞬言葉を失い、それから慌てて姿勢を正した。
「あ、いや……失礼しました。突然のことで驚いてしまって。えっと、ああ、私はエルナン・ゾルク・デル・ラストリア。ラストリア王国第三王子です。先ほどは無礼な言葉を。どうかお許しください」
「私が盗み見をしていたのですから、当然です。それでも、私の言葉を信じてくださったことに感謝します」
「ああ……いや……そう。コルレド王国といえば、今たしか……」
「父王が崩御し、先月は王都で暴動が起き、母も病で亡くなりました。今は、私一人が王族として国を支える立場です」
静かな声だったが、逃げ場のない重さがあった。
エルナンは思わず息を呑む。
「……そんな中で、お一人で私に会いに来られたと?」
「はい。詳しいことは今はお話しできませんが、夫として国を共に支えてくださる方かどうか、実際にお会いしたいと思いました」
その真っ直ぐな視線に、エルナンは言葉を失う。
確認するように、隣の侍従ユリウスを見る。
ユリウスは黙って、わずかに頷いた。
「……とにかく、遠路はるばるいらしてくださったのです。ここでは何ですから、落ち着いて話せる場所へ――」
「お心遣い、ありがたく存じます。けれど、急ぐ旅ですので、これで」
ミリアは再びフードをかぶった。
エルナンは慌てた。
「私に会いに来られたのでは?」
「ええ、そうです。そして、あと二方――お会いしたい方がありますので」
ミリアが合図をすると、少し離れた場所からアシェラが馬を二頭引いてくる。
「お会いできて光栄でした。突然のご無礼、重ねてお詫びいたします。では」
アシェラに支えられてミリアが騎乗し、アシェラも一礼して馬に跨る。
二人はそのまま広場を後にした。
取り残されたように、エルナンは立ち尽くす。
「……コルレド王国の女王?本物だよな……一体、なんなんだ?」
「殿下を見定めに来られた、ということでしょう。コルレド王国の情勢不安は、かなり深刻かと」
「なるほど……とんでもない姫君だな」
ようやく我に返ったエルナンが、口元に笑みを浮かべる。
「やられっぱなしは性に合わない。すぐにあの国の情報を集めてくれ」
「承知しました」
エルナン一行は、その場を後にしてラストリア王都へ向かった。




