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第41話 祈りと旅立ち

「亡き父と母の御霊と、精霊神に祈りを捧げ、コルレド王国の安寧を祈るために7日間の潔斎に入たいと思います」


 相次いで両親を亡くし、戴冠式を控えた年若い女王の願いに、異議を唱えるものはいなかった。


 王家の霊廟は城からも近く、北の山を少し上がったところにある。

 何かあれば呼びにいける距離だ。

 不在中の執務は王室顧問のジルベールが代理で取り仕切ることになった。


 冬の初めでも北の山は気温が低い。

 霊廟で体調を崩さぬようにとマグリットは大量の防寒着を用意していた。そしてその中にそっと旅の装いが忍ばされていることに気づく者はない。


 ティエルが作った行程表に従って、各地に替え馬が手配されている。訪問場所と滞在時間。疲れやトラブル時の余白も残したよくできた計画だった。


 霊廟に入るまでは他の侍女や警護のものも連れていくが、祈りが始まったら、アシェラとマグリットを残して他は城へ戻り通常業務をこなす段取りになっている。何かあったら呼ばれる可能性はあるが、そこはジルベールがうまく処理してくれるはずだ。


 ミリアは神妙な面持ちで霊廟への道を進む。

 父のこと、母のこと。

 ずっと続いてきた王家のこと。

 四大精霊が描かれた聖堂。天窓から光の精霊神の恵みが届く。


 祭壇の前までくると、ミリアは本当にこのまま祈りと潔斎に入ってしまいたい、と思ってしまった。

 ミリアの頭上から真っ直ぐに届く光が、足元に濃い影を作った。


 ウルス大神官が近づいてくる。


「潔斎に入れられる王家の子よ。祖先の御霊と精霊神に祈りを」


 ミリアはひざまづいて両手を合わせる。頭を下げて目を閉じた。


「アデレード・ミリア・カンザ。王家の血を継ぐ者よ。」


 そうして大神官の祈りが始り、聖堂の扉が閉められた。


 予定通り侍女や護衛たちが城へ戻っていくのを確認すると、アシェラは霊廟の正面扉を閉めた。これから支度をして、夜明けと同時に出発だ。




 簡素な旅装に身を包んだミリアが、霊廟裏の小門へと歩み出ようとしたその時、背後からそっと手が伸びた。


「姫様……少し、よろしいですか?」


 振り返る間もなく、マグリットの指がミリアの両頬をつまむ。


「ぶえっ? にゃ、にゃにぃおう?」


 あまりの不意打ちに、間の抜けた声が漏れた。

 口が横に引っ張られてうまく喋れない。

 思わずマントの裾をバタバタさせて抗議するが、マグリットは真顔で言った。


「そ~んな怖いお顔では、お相手が逃げ出してしまいますわよ?」


 奇妙にのびたミリアの顔を正面から見つめる。


 「これから大事な殿方に会いに行かれるのでしょう? 最高の笑顔でいてくださいまし」


 マグリットは満面の笑顔を作ってみせる。


 「何事も、第一印象が大切ですからね!」


 そこまで言うとパッと手を離した。

 ようやく解放されたミリアは、ほっぺをさすりながら、むすっとした表情を浮かべた。


「……もうっ、痛いじゃない」


「うふふ、眉間のしわがなくなりましたね。その素直なお顔の方が魅力的ですわよ。……私の大事な姫様」


 マグリットが、慈しむようにそっと微笑む。


「アシェラ、お願いしますね」


「はい、……必ず、無事に戻ります」


 目立たない色のマントを羽織り、二人は馬で駆けていく。

 その後ろを、もう一人の黒い影、サイファが追っていった。


(どうかご無事で――)


 マグリットは手を合わせて祈る。

 そして叶うなら、少しでも思い合えるお相手を、と。


 マグリットは姿が見えなくなるまで見送ると、きびすを返して廟へ戻る。

 不在を悟られぬように偽装すること――その役目をはたすために。


 冷たい石畳を歩いて廟に入ると、ウルス大神官が祭壇に祈りを捧げていた。


「ウルス様、……ありがとうございます」


「いえ、女王の治世を祈るのが、私の役目です」


 ウルス大神官にとって兄に当たる先王の名が刻まれた墓標はまだ新しい。

 その隣にはつい先日祀られたばかりのマルセラ王太后の墓標がある。

 続けての二人の崩御。

 そしてミリアのこの無茶な行動。


 この国で、何かが起きている。

 そしてあの姪は——女王はおそらく必死で国を守ろうとしてる。


 政治的な力を持ってはならない立場。

 神に仕える身にできるのはただ祈ることだけだった。


 姪の旅の無事を。

 そして——国の安寧を。


 ・・・


 国境の峠を越えてしばらく行くと、見晴らしのいい崖の上に出た。

 眼下に広がる森から先は、大国ラストリア。

 ここから第一の目的地まで馬で半日以上かかる。

 

 霊廟を出たのは早朝。

 馬を替え、小休憩を取りながら、なるべく急いで進んできた。

 日が落ちる前に山を越えられたことに安堵する。


 麓までくると、森の中に少し開けた場所を見つけた。

 焚き火の跡がある。誰かがここで野営をしたのかもしれない。

 ちょうどいい。

 この辺りには宿場もなく、今夜は野営の予定だった。


 アシェラは黙々と野営の準備を進めていた。

 慣れた手つきで火を起こし、倒木を動かしてきて椅子がわりにした。


 ミリアが火の近くに座れるようにと毛織物を掛ける。

 ミリアは促されてそこに座った。

 ずっと馬の鞍で揺られていたお尻がジンジンと痛むので、太ももで座るように位置を少しずらす。


 アシェラは串に刺した干し肉を、焚き火で炙ってミリアに渡した。


「ミリア様、お疲れでしょう。お身体は大丈夫ですか?」


「ありがとう。正直いうと、少しお尻が痛いわ。ここまで長い時間馬に乗るのは初めてだから」


「そう、ですか。気が付かなくてすみません。明日は街へ出ますから、クッションになるものを用立てましょう」


「そうね、ありがとう。助かるわ」


 ミリアは塩味の強い干し肉を齧る。

 少し硬いが、疲れた体に染み渡る。


 「私は火の番をしますから、食べ終わったらお休みください」


「ありがとう。ここまでは予定通りね。晴れてくれてよかったわ」


 ミリアは小さなパンを齧りワインを少し飲んだ。


 明日はラストリアのシェーレという街へ行く。

 王都からは少し離れた中規模の街だが、そこに候補者の一人が滞在しているという。

 サイファが先行して候補者の居場所を見つけてくれる手筈になっている。


「アシェラは眠らなくて大丈夫なの?」


「まだ大丈夫です。必要になればサイファと交代で休憩をとりますので。ご心配ありがとうございます。お休みの間は私が警戒をしていますので、安心して眠ってください」


 食べ終わったミリアは、アシェラが焚き火の近くに用意してくれた寝床に横になった。


 明日は宿を取れる予定だ。

 慣れない地面の感覚にミリアは何度も寝返りを打ち、やがて眠りに落ちた。

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