第39話 資源と婚姻
昨夜の弔問での対峙から、一夜が明けた。
ミリアは早朝の回廊をマグリットを従えて足早に進んでいた。
昨日の作戦は功を奏したが、劣勢は変わらない。
ミリアは黒装束のそでをぎゅっと握った。
――ちゃんと、作戦通りに応じた。
恐れも怒りも飲み込んで、私は王族として言葉を返した。
けれど思い返すたび、背筋が冷たくなる。
あの男は笑いながら、確かにこちらを試していた。
少しでも迷えば、呑まれていたかもしれない。
深く息を吸って、扉に手をかける。次の作戦会議だ。
重く垂れたカーテンが朝の光を拒む、小さな応接の間。
空気は沈痛さを含みながらも、どこか張り詰めていた。喪服に身を包んだ五人が、丸卓を囲む。
書記役のティエルがそっと目を伏せ、確かな手つきで記録を続ける。
「……“この国で、大切なものを見つけた”」
ジルベールの声が静かに響く。
誰もが、あの男の言葉を繰り返し噛み締めていた。
ミリアの心にも、焼きついて離れない。
「あの表情は――本心だと思います」
マグリットが低く言った。
「誰にも奪われたくない、失いたくない、と。あれは本気の目でした。恐ろしく強い執着です」
「動かせず、価値があり、他国が欲しがるもの。奪われる可能性がある」
ティエルが一文を区切るように呟き、静かに目を上げた。
「……地下資源の可能性が高いと思います。でなければ、有用な自生植物……」
どちらにしても、穏やかな話では済むまいとミリアは思う。
「ティエルの言うとおり、国に執着するということは動かせない資源、おそらくは希少鉱物、と考えるのが妥当かと」
ジルベールはそこまで言うと、顎に手を当てて考え込んだ。
「しかし、そこまでするほどの鉱物というと、限られてきますが」
ティエルはわからない、っといったふうに息を吐く。
「黄金、でしょうか」
ミリアが具体名を挙げた。
「それも考えられますな。しかし金鉱脈というのはそれほど珍しいものではありません。砂金などが見つかる場所も各国それぞれに。とすると宝玉の原石が大量に出たか……」
「……ファルロス…」
ティエルがボソッと呟いた。ジルベールが反応する。
「…そう、まさかとは思うがその可能性もなくはない…と思う」
「なんですか?ファル?」
聞き覚えのない言葉にミリアは首を傾げる。
「ファルロス、です。聞き慣れぬのも無理はない。幻と言われる希少鉱物です」
ジルベールは皆に説明するようゆっくりと話した。
「陛下、『蒼鉄』というものは?」
「蒼鉄…?あ、ええわかります。古い英雄譚に出てくる伝説の鎧や剣ですね。蒼鉄の武具などと」
マグリットが怪訝な顔をする。
「あれは、おとぎ話のようなものでしょう?現実のお話ではありませんわ」
ジルベールは首を振った。
「おとぎ話ではありません。実際に、ラストリアには王家の宝として保存されておるのです」
ミリアが目を見開いた。
「蒼鉄の製法は失われた技術ですが、材料にファルロスという希少鉱物が使われているのは一部では有名な話でしてな。しかし、産出量がごく僅かな上に蒼鉄の製法も失われているので、伝説やおとぎ話とされているわけです」
ミリアとマグリットは難しい顔になった。それが一体何なのか、まだ釈然としない。
「まあ、もしも我が国にファルロスがあったとしても、欲しがるのは研究を続けているというラストリアの大学くらいなものでしょう。蒼鉄を大量に錬成できるのでなければ、意味のない石ころではありますな」
「そんな難しいものなら、可能性は低いのでは?執着の対象になりません」
ミリアはどうもわからない、という顔で問いかける。
「陛下のおっしゃる通り、そのままであれば、価値はないに等しい。ですが」
壁にかけられた周辺国地図のタペストリーを見て、ジルベールは険しい顔になる。
「もし蒼鉄武具が大量に作れるとしたら……世界が変わってしまいます」
その言葉に一瞬場が静まりかえる。
「そんな、鎧と剣で?大袈裟ではありませんか?」
マグリットは不安げにジルベールを見る。
ここまで黙っていたアシェラが発言した。
「歴史的にも、同じような話があります。青銅の武器しかない国は、鉄を持った国に次々と滅ぼされた。それと同じことが起きる可能性がある、そういう話かと」
ジルベールは頷いた。
「……まあ、そこまでの事態になるかはわからんが、大きく見積もればそういう話にもなる」
ミリアは息を呑んだ。
蒼鉄の武具。
戦争。
世界が変わる。
顔を青くして固まるミリアを見て、ジルベールは声を和らげた。
「例えばの話です、陛下。これぐらいの規模の話であれば、あやつの執着も納得がいく、という例のひとつにすぎませぬ」
「でも、可能性はあるということでしょう?」
ミリアは眉根を寄せて、確認する。
ティエルが冷静に整理した。
「もしファルロスだったとしても、加工技術は失われていて、ラストリア大学でも結果が出ていないほど難しい。強力な武器を作りたくても、製法、技術とそれに合った設備が必要です。どれも失われている現状ではやはり可能性は薄いと思います。」
「ティエルの言う通りじゃ。つまり、そういった『世界を動かす』規模の何かが、今ナギ商会の手にある、そう考えるのが自然。ティエルが最初に言った、自生植物資源という可能性もある」
話は最初に戻ったが、ミリアの頭に『蒼鉄』という言葉は重く刻み込まれた。
「何にせよ」
ジルベールは一つ咳払いをして、場を整える。
「他国から狙われるようなものならば、“私事”にされてしまうわけにはゆかぬ。」
ジルベールは腕を組んだ。
「我が国の領土で見つかった資源であれば国のもの。貴重なものなら尚更、外国商人ごときの手に持たせておく訳にはゆかぬ。きゃつらに国を思う心なぞないからの。」
憎々しげに眉を寄せる。
「とはいえ、このまま我らが弱ければ、あやつらの力に呑まれてしまう」
ジルベールの視線がミリアに向かう。
「強力な後ろ盾、もしくは立場、陛下を支えうる知恵をこちらに——」
会議の空気が変わった。
ジルベールが懐から一巻きの紙を取り出す。
「陛下、切り札として、婚姻交渉を」
ジルベールの提案に、マグリットが眉をひそめた。
「それは、今の姫様には・・」
「それが切り札になるなら使いましょう」
ミリアの声が凛と響く。
「そのための王族よ。感情で動いては、隙を突かれるわ」
一瞬の沈黙。
マグリットは押し黙り、唇をきゅっと結んだ。
「陛下のお覚悟、感服致します。では・・候補は十名。これまでに挙がっていたものです」
ジルベールが懐から出した紙を広げ、卓上に置いた。
「国際的な後ろ盾と、政治的頭脳を兼ね備えた者。条件に合う人物となると」
名前が挙がるたびに、ミリアが無言で頷く。
やがて三人の名前に印がつけられた。
国内の大貴族。
ラストリアの第三王子。
ラストリアの高位貴族。
「そうね……どの方…も決め手に欠けるわ」
ミリアがぽつりと言った。
この書類を見る限り、みな条件には合う。
だけど、人柄も器も、思惑も——実際のところは、わからない。
「たしかに。背を預けるお相手であればなおのこと。では……」
ジルベールが目を細めた。
「陛下ご自身で見て、話し、判断なさるのがよろしいかと」
ミリアが驚いて目を上げた。
マグリットも反応する。
「この方々を城へお招きするのでしょうか?喪中に夜会というわけにも…」
「ゆっくり招いている時間はないのです。非公式でかまいません。急ぎ、この方々のところへ出向いてお確かめください。こちらで道筋は整えます。商会に動きが気取られぬよう」
ミリアはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「行きます。行って、私の…この国の背を預けるにふさわしい方を、この目で」
その声音は静かだったが、誰もがそこに宿る決意を感じた。
「……わかりましたわ」
マグリットがため息をつきながら言った。
「でしたら……外向けには“霊廟に潔斎と祈りに入られる”という形をご用意します。今の姫様のお立場なら、誰も疑問に思いませんわ」
父と母を続けて亡くし、悲嘆のうちに国王という重圧を背負う年若い女王。
王族の霊廟に引きこもって祈る時間を欲すれば、哀れに思いはしても秘密裏の行動を疑うものはないだろう。
「ウルス大神官様がきっと力を貸してくださいます。誰にも気取らせません。お任せください」
王家の霊廟を司る大神官は、亡き父王の弟。
ミリアの叔父に当たる人物だ。
王位への欲はなく、優しく清廉な人格者で、幼いミリアを可愛がってくれた叔父。
顔を思い浮かべると、ホッと胸の奥が暖かくなる。
あの叔父ならばきっと助けてくれるだろう。
「護衛はアシェラ殿と、サイファ。五日以内に戻れるよう、最短の旅程に」
ジルベールの言葉に、ティエルが素早く予定表を引く。
アシェラは頷き、メモを手に部屋を出る。
「皆、ありがとう。私も王として為すべきことを果たしてきます」
ミリアは立ち上がった。
目の奥に、初めての覚悟が宿っていた。
「――見つけてくるわ、切り札を」




