第3話 祝祭と出会い
雑踏の間を縫うように走っていたミリアは、角を曲がった瞬間、誰かに思い切りぶつかった。
「うわっ——!」
衝撃とともに視界が反転し、地面に転がる。
「痛ってえ〜〜……」
鈍い声がして、ミリアははっと顔を上げた。
同じように尻もちをついている少年が、頭をさすりながら体を起こしている。
「こんなとこで走んなよ」
その隣で、大柄な青年が呆れたように言った。
「ああ、お嬢さん、大丈夫?」
もう一人の青年が、にこやかに手を差し伸べてくる。
「ご、ごめんなさい……!」
ミリアは慌てて立ち上がり、何度も頭を下げた。
「大丈夫だよ〜。アルトは丈夫だから」
「おいリアン!」
茶化すような声に、転んだ少年が抗議する。
一番背の高い青年は、アルトを引き起こそうとしたが、「いい、自分で立てる」と手を振られて引っ込めた。
手を引いて立たせてくれた青年、リアンがミリアの顔を覗き込む。
「ん〜見かけない顔だなぁ。……旅の人?」
「えっ?……ええ、そんな感じ、です、あ、えっと」
「そうか。祭りは初めてか?」
大柄な青年は抑揚のない声で質問する。
「あの……うん」
アルトはそのやり取りを聞きながら、内心で思う。
——なんか可愛い子だな。ちょっと危なっかしいっていうか——
「なあダン、俺の当番までまだ時間あるだろ?」
「そうだな、しばらくは」
「じゃあさ、俺が祭り案内するよ。さっきみたいに走ったら危ないし」
「えっ……」
そこにリアンが身を乗り出す。
「お嬢さん、僕が案内しようか?アルトよりいいところ知ってるよ?」
「えっ、あの……」
「お前ら困らせんな。リアンは、ほらあっち」
ダンが低い声で遮り、顎で向こうを指した。
ミリアが目をやると、花飾りをつけた可愛らしい少女たちがソワソワとこっちを見ている。
「……そうだね、残念」
リアンは肩をすくめると、手にしていた籠から花を一輪取り出した。
「お嬢さん、お名前は?」
「あ……ミ、えーと、アデラ!アデラっていうの」
「いい名前。アデラに、精霊の祝福を」
ミリアは一瞬迷い、それから籠に残った花の中から一輪取り出して、ぎこちなく真似る。
「……精霊の祝福を」
「はは、可愛い。また会えるといいね、アデラ。それじゃ」
「俺も、もう行く。当番だ」
ダンはそれだけ言って、リアンと二人、雑踏の向こうへ歩いていった。
残されたアルトはくるりとミリアに向き直って話し始めた。
「アデラっていうんだね。オレはアルト。レンガ組みの見習いやってるんだ。さっきのでかいのがダン。オレと一緒に働いてる。そんで、あのカッコつけたやつがリアン。悪いやつじゃないけどさ、すぐオレのこと子供扱いするんだよな」
アルトは照れ隠しみたいに早口で言う。
「そうなんだ……」
「とりあえずさ、食おうぜ。祭りなんだし」
いくつかの屋台を覗いて歩き、アルトが肉と果物の串焼きを買って渡した。
「串焼き屋はいっぱいあるけど、ここのが一番なんだ」
アルトは先っちょの熱々の肉にかぶりついた。
ミリアはそれを見つめて、少し緊張しながら串を横に構える。楽しみにしていた『かぶりつき』だ。
「……ガブっ」
串の真ん中あたりの一番大きい肉に、横から、思い切りかぶりついた。
「えっ、そこから?」
アルトが目を丸くする。
「美味しい!」
ミリアは素直に声を上げた。
「やってみたかったのよね!」
「横から食べるやつ?」
「ん? 何か変?」
「いや……まあ、別に」
アルトは苦笑しつつ、なんだか妙に嬉しくなる。
食べ歩きしながら、広場の踊りを見たり、子どもたちから花輪をもらったり。
お祭り限定だというクセのある香りのお菓子も楽しんだ。
「これ、えっと、変わった匂いね。ツーンってするわ」
「あはは、初めて?でもこれ病みつきになるやつなんだ」
色々見ながら歩いていくうちに、アルトは自分の仕事の話を始めた。
「この近くでさ、今オレたち現場やってるんだ。レンガ組んでる。ちょっと見ていかない?」
そう言って連れて行かれた場所には、石とレンガが運び込まれただけの空き地が広がっていた。
「ここにさ、家が建つんだ。うちの親方、すごいんだぜ」
ミリアは何もない場所を見つめる。
——ここに、家が。
どんな家が建つんだろう。
どんなふうに家ができるかなんて、考えたこともなかった。
胸が少しだけ熱くなる。
その時、祭りのラッパが高らかに鳴り響いた。
「あ、やべ。オレ行かなくちゃ」
アルトは名残惜しそうに言う。
「なあアデラ。今度仕事、見にきてよ。また会えたら、嬉しい」
そう言って、アルトは祭りの人波の中へ走っていった。
ミリアはその背中を、しばらく黙って見送っていた。
(出会いって……楽しい)
ミリアはまた、少し遠くなっていた祭りの喧騒の方へ歩き出した。




