第3話 花と祝祭
花の祝祭の通りは、色と匂いであふれていた。
男装の護衛アシェラとともに城下町の祭りへ出たアデラは、目に映るものすべてが新鮮で、歩くたびに足を止めては驚きの声を上げていた。
焼きたての菓子の甘い匂い。煙を上げる串肉の屋台。
そこらかしこを彩る、色とりどりの花飾り。
祭りの装いで行き交う人々の笑顔と軽やかな話し声。
城の中では見たことのない雑貨や、異国から運ばれてきた珍しい品々。
小さな籠を抱えた人々が行き交い、すれ違うたびに花を差し出しては、笑顔で言葉を交わしている。
「精霊の祝福を」
そのたびに、花びらの色が増えていく。
アデラの後ろで、アシェラが立ち止まった。
おずおずと近づいてきた若い娘が頬を染めて花を差し出していた。
「精霊の祝福を……」
「……あ、どうも」
戸惑いながら受け取ったアシェラが返礼の花を渡すと、今度は別の娘が前に出てきた。
「精霊の祝福を」
「あ、はい……」
そのやり取りを見ていた周囲の女性たちが「あの人、素敵」と囁き合って列を作り始める。
気づけば、アシェラの前には小さな行列ができていた。
列は徐々に長くなっていく。
「……あの」
アシェラは完全に動けなくなっている。
アデラはそれを見て、思わず吹き出した。
「ふふ……やっぱり、すごい人気ね」
「しかし……」
「せっかくだもの、精霊の祝福、してあげてね」
楽しそうにそう言って、アデラは一歩下がる。
祝福の言葉と花が次々に手渡される中、アシェラは逃げ場を失ったまま、苦笑いを浮かべて花を交換し続けていた。
その様子を笑顔で見守っていたアデラは、ふと通りの奥へと視線を向ける。
布地の露店、香辛料、装身具。その中に、異国の文字が書かれた小さな瓶を並べる屋台があった。
色とりどりのラベル。見慣れない言語。
アデラは一瞬だけ、そこに目を留める。
——読める。
全部、読めてしまう。
背後ではまだ、祝福の言葉が続いている。
「精霊の祝福を」
「精霊の祝福を」
——見るだけなら、大丈夫。
色とりどりの小瓶は形もそれぞれで、見ているだけで楽しかった。
アデラは意識して文字から視線を逸らし、瓶の絵柄だけを追う。
花の蜜を使ったシロップ。珍しい植物から搾った油。獣の脂に香りを練り込んだ白いクリーム。文字を辿らずとも、中身は察せられた。
その隣で、年若い娘が花の絵柄の瓶を手に取り、首を傾げる。
「ねえ、これは何?」
恰幅のいい露店の主が、待っていましたとばかりに身を乗り出した。
「ああ、それかい。いいものを見つけたねえ。こりゃあ、お嬢さんにぴったりだよ。髪を艶々にしてくれる薬さ。飲めば体から甘い香りがするようになる」
娘の手にあるのは、トアマール産の花のシロップだ。
花と乙女の姿がラベルに描かれている。
しかし文字はただ「花のシロップ」。美容の効果などは一切書かれていない。
描かれている乙女は、花を刈り取る女性の姿だろうとアデラは思った。
花はトアマールでよく使われる甘味料の材料になる植物で、独特の香りがある。そのシロップなら水に混ぜて飲むときっと美味しいだろう。
——けれど、髪が艶めいたり、体の匂いが変わったりするものではないはず。
店主は声を落とし、娘に囁く。
「髪はツヤツヤ、体からは甘い香り。そうなりゃ、若い恋人はじっとしちゃいられないだろうね」
娘はたちまち顔を赤くし、視線を彷徨わせる。
やがて、小さく息を吸って、懐から銅貨を取り出した。
「お嬢さんには特別だ。それも最後の一本でね」
示された値は、シロップの相場を倍以上。
アデラは、黙ってその様子を伺っていたが、ついに、言ってしまった。
「ねえおじさん、そのシロップ、本当にそんなすごい効果あるの?」
——わからないふりで、さりげなく。
「えっ?シロップ?」
「あ」
店主が一瞬ギロリとアデラを睨みつけ、すぐ笑顔に戻る。
「そうさ、よく知ってるなあ嬢ちゃん? このシロップを水で薄めて飲めば、甘い香りが広がって、ムード満点間違いなしさ」
娘は少し迷っていたが、結局そのまま銅貨を渡し、花の小瓶を手に入れた。
「毎度あり、いい時間をな!」
店主は満面の笑顔で娘を見送ると、品物の前でしゃがみ込んでいるアデラをじっと見た。
(まずい……)
「嬢ちゃんは、何か買うのかい?」
さっきまでの笑顔が嘘のような無表情で、店主が尋ねる。
「……あ、あの、っご、ごめんなさいっ」
アデラは慌てて、逃げるように走り出した。




