第36話 リース・テン:思考
王城を離れ、ナギ商会の馬車はゆっくりと石畳を進んでいた。
秋の西陽が眩しくて、リースはカーテンを閉めた。
謁見の間から戻ってきてから、デサン・キアロは、どこか上機嫌だった。
向かいに座るリースは、その様子を横目でうかがいながら口を開く。
「……、順調だったのですね?」
デサンは小さく笑った。
「順調? ああ、悪くない。実に悪くないな」
その言葉の意味を測りかねて、リースは眉を寄せる。
「女王陛下は……かなり動揺されていたのでは?」
「逆だ」
デサンは即座に否定した。
「噛みついてきた。なかなかに頭の回る娘だな」
「……噛みつく、ですか?」
リースの声には戸惑いが混じる。
「ならば、問題が?」
「問題かどうかは……さてな」
デサンは謁見の場でのやりとりを思い出す。
あの場で、あの娘がそこまで踏み込むとは想定していなかった。
思わず、話すつもりのない事まで言ってしまった。
だが想定外のことが起こるのは——悪くない。
デサンは少しカーテンを開け、街に灯りがつくのを眺めながら、楽しげに続けた。
「噛みついてくる子猫に、次の餌をやってきた。少しな」
「餌、ですか」
「今はまだ、撒き餌だが」
リースはその言葉の意味を測りかね、しばし沈黙した。
傀儡にはできない、ということなのか。
では次の手は――?
「今は匂わせておけばいい」
デサンは、まるで独り言のように言った。
「そのうち、大きな獲物を丸呑みしてもらうことになる」
その声音には、期待と愉悦が混じっていた。
獲物が罠に近づいていくのを、確信している者の声だった。
リースはそれ以上、何も言えなかった。
馬車はそのまま進み続け、夕闇の街に溶け込んでいった。




