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第32話 ジルベールとティエル

 夜のうちに、マグリットはミリアを案内した。

 今この国で、ミリアに忠誠を尽くしてくれる味方のもとへ。


 一人は、元宰相のジルベール・ド・モンテール閣下。

 ミリアの祖母アデレード女王の時代に宰相を務めていた老獪な政治家である。

 今は耄碌したふりをしてどの派閥からも距離を取っているが、その実、国の動きを注視している。

 王太后マルセラにも政務の助言を惜しまなかった人物だ。


 もう一人は若い文官ティエル。

 先王の崩御以来、王太后マルセラの手足となって働いてきた。

 目立たないが聡明で真面目な官吏で、マルセラ様もずいぶん気に入っていた。


 マグリットは手燭を持って、ミリアと共にまずジルベールを訪ねた。

 そして手短に自分が知る事実を伝えた。

『デサンがヴェラを騙してマルセラ様を死なせた。ヴェラは気づいて罪の重さに耐えきれず死んだ』と。


 ジルベールは驚き、考え込む。


「そうなると、……国王陛下も」


 マグリットは重い声で答える。


「やはりそう思われますか。」


 ミリアは残酷な現実に足がすくみそうになる。


 ジルベールは若い女王に向き直り、問うた。


「女王陛下。状況はかなり悪い。それでも立ち上がるお覚悟は?」


 ジルベールの目を真っ直ぐに見てミリアは言う。


「先ほどマグリットに言われて、覚悟をしました。私が王です。ですから私がこの国を守ります。……何をすればいいのか、正直わからないのですが……ジルベール、力を貸してくれますか」


 ジルベールはニヤッと笑う。


「ほっほっほ。素直でよろしいな。意気込みだけは買いましょうぞ。しかし、現状わしでも逃げ出したくなるほどの劣勢でしてな。並のお覚悟では足りませぬぞ。下手をすれば、陛下は“生きたまま王位を失う”。」


「わたくしは、どうすれば?」


 どうすれば、味方についてもらえるのか——不安がよぎる。



「まずは策を練りましょう。デサンから目的を引き出せれば、こちらにも目がある」


「ジルベール、それでは」


 ミリアの表情に希望が差す。


「わしは元より王家に忠誠を誓った身。みくびられては困りますの。ほっほっほ」


 マグリットも一瞬笑顔になったが、すぐに顔を引き締めた。


「この後ティエルと話そうと思っています」


「ふむ、あやつか。それは良い」


 ミリアは知らない名前が出て不安げだ。マグリットが大丈夫だというように頷く。


「取り急ぎ、明日の昼にでも召集じゃ、現状の確認をせねばならん」


 ・・・・


 ティエルは重用してくれた王太后マルセラの崩御に深い悲しみを覚えていた。

 優しく、聡明な方だった。冴えない事務官僚の自分に色々な仕事を任せてくれた。

 あちこちから邪魔が入り思うように進まないことが多かったが、民と国を思い命を削って戦った人だった。


 本来ならば即位した女王陛下がやるべき仕事だとティエルは思うこともあった。

 だが、まだ歳若く突然の即位に戸惑う娘を支えたい、という親心を聞いてからは何も言えなかった。

 けれど王太后様は日に日に弱っていき、自分はただ書類を持って走り回ることしかできなかった。


 ティエルは官吏用の簡素な個室で小さな蜜蝋の蝋燭を灯し、亡き王太后のために静かに祈っていた。


 そこに、足音と小さなノック。

 こんな夜更けに、と誰何すると


「マグリットです。少し、よろしいですか」


 事情の説明もなく、マグリットに連れられて王宮の奥へと進む。

 回廊も広間も会議室も、全てが冷たく静まり返っている。

 王太后の部屋の前を通り過ぎる時、ティエルは目を伏せて小さく祈った。


 到着したのは女王の部屋だった。

 なぜ、と問う暇もなくマグリットは扉を開ける。


 蝋燭も灯さず、月明かりの中で女王は窓辺に立っていた。

 青白く浮かび上がる姿は今にも崩れそうな脆さを纏っているのに、目だけは王族の輝きを失っていなかった。


「あなたが、ティエルですね」


 初めてまともに声を聞いた気がする。

 若い声、凛とした口調。

 今は披露の色が感じられるが王族の気品と強さが滲む。

 ティエルは礼をとった。


 女王の前まで進むと、マグリットはようやく事情を話し始めた。


 それは恐ろしく衝撃的なものだった。

 まさかヴェラが。

 そして、あのいつも笑顔の商人が。

 王太后様に気に入られて、よく出入りしていた。

 あれだけ厚遇されていたのに、裏切りを。

 整理が追いつかない頭に手を当てる。


「ティエル。あなたはマルセラ様を大切に思ってくれていた」


「はい、素晴らしい方でした」


 マグリットは頷く。


「マルセラ様が大切にされていた、国と民と、そして陛下」


 ティエルはそこで気づく。

 なぜ今呼ばれたのか。

 何を求められているのか。


「女王陛下の忠実な側近として、味方になって欲しいのです」


 自分のような下っ端を直々に——女王陛下の立場はそこまで苦しいのか。


「一つ、よろしいですか」


 ティエルは若い女王に問うた。


「かまいません」


「王太后様が病身を押して政務をとられていた時、なぜ陛下は——」


 ミリアは、視線を下げた。

 逃げていた、と責められていることはわかっている。


「私が、未熟でした。あなたに責められても仕方がないと思っています。」


 ティエルは言えなかった先を女王が受け取ったことに少し驚いた。


「私を取り巻く状況は非常に悪いようです。けれど、ここで折れたら終わり。私は立ち上がらねばなりません。外国商人の好きにさせるわけにはいかないのです。どうかティエル、私の力になってくれませんか」


「……なぜ問うのですか。女王陛下ならば命令なされば良いではありませんか」


「ティエル!」


 不遜な物言いにマグリットが止めに入った。

 それをミリアが手で制する。

「面と向かって私を責めることができるあなただからこそ、必要としています。あなたの意に沿わないことを命じるつもりはありません」


 ティエルは目を見開いた。

 こんなことを言える王女だったか?

 これはまるで——統治者の言葉だ。しかも非常に優れた統治者の。


 ティエルは少し考えて、選択肢の中から、太く光る道筋は一つだと悟った。

 王太后様の優しい笑顔が脳裏をよぎる。


「陛下。王太后様のもとで動いておりました時に、気づいたことがあります」


「なんでしょう?」


 ティエルは祈りながら考えていたことを言葉にした。


「この度の暴動を起こしたのは、ナギ商会だということです。彼らが時機を見計らって、おそらく皇太后様の亡くなるのと同時に街を混乱させたのだと」


「それは……そうではないかと、予測はしていましたが」


 マグリットが眉を顰める。


「はい、ナギ商会の私兵が混乱を速やかに鎮圧したことを見ても、計画されたものだったと思われます。ただ、……証拠はどこにもありません」


「でも、あなたは確信しているのね」


「はい、それぞれは些細な違和感です。ですがまとめ上げると見えてくるものがあるのです」


「ありがとう。よく、教えてくれました」


 ミリアは頷きながらも表情を険しくした。


「私がお役に立てるのは、そういった部分です。それでよろしいでしょうか」


 ミリアもマグリットもパッと顔を上げた。

 そして二人が顔を見合わせる。


「こんなに頼もしい味方はいないわ。ありがとうティエル」


「よろしゅうございました」


 マグリットもホッと胸を撫で下ろした。


「元宰相のジルベールも私の力になってくれています。今は信じられる味方がわずか。明日、集まって内輪の会議をします。ティエルも参加してください」


「はい」


 ティエルは再び礼を取り、退室した。


 今選んだ太く光る道が、この先長く続くものかはわからない。

 けれど、この選択を後悔する日はおそらく来ない。


 ティエルの瞳にもまた、前進の光が宿っていた。

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