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第25話 職人と王様

 久しぶりに訪れた煉瓦積みの作業場は、静かだった。

 職人たちの姿はまばらで、ダンを探すと隅の方で腰を下ろして黙々と鏝を磨いている。


 ここへ来るまでの街の様子も以前のような活気が感じられなかったが、ここもなのか。

 アデラはマントのフードをおろしてゆっくりとダンに近づいた。


「……ダン」


「……アデラ」


 久しぶりの嬉しい再会のはずなのに、声は平坦だった。

 わずかに微笑むダンの顔には疲労と苦悩が見て取れた。


「今日は……仕事は?」


「ねえ」


「……え?」


「頼まれねえ。仕事が減って、ほとんど休みだ。だから、こうしてる」


 鏝を示す。


「手入れぐらいしか、やることがねえ」


 アデラは改めて周囲を見回した。

 人はいるのに、みな活気がない。


「この前来たときは……こんなじゃなかった」


 アデラは2ヶ月前の賑やかな仕事場を思い返した。

 親方の指示が飛び、たくさんのレンガが運ばれ、職人たちが鮮やかな手つきで次々とレンガを積んでいく、活気あふれる様子を。


「今は違う」


 ダンは手にしていた道具を置いて、立ち上がった。

 外の簡易ベンチの方へ歩き出す。

 アデラが来たときはいつも一緒に座って話す場所だ。


「パンがねえ。他の食い物も、酷い値上がりだ。肉なんか、もう見ねえ」


「そんな……急に?」


「そんで、これだ。仕事が来ねえ」


 ベンチに座ってダンはため息をつく。アデラも隣に腰掛けるが、ダンの視線は落ちたままだ。


「市場じゃスリやかっぱらいが増えて、強盗も出たって話だ」


 アデラの喉が詰まる。


「……王様が亡くなったばかりだから、混乱してるのよ。きっと」


「それで?王様が死んだって、後継ぎがいるはずだろ」


「あ……それ、は」


 その『後継ぎ』を投げ出してここへ逃げてきたのが今の自分だ。

 アデラは言葉に詰まる。


 ダンの声が低くなる。


「なあ、アデラ」


「……なに?」


「こんなになっててもさ」


 一拍置いて、言う。


「貴族たちは、腹いっぱい食ってる」


 胸が、ずきりと痛む。


「贅沢なドレス着て、蝋燭を山ほど灯した広間で、毎晩みたいに踊ってるって聞いた」


 その言葉に、アデラは息を呑む。

 ダンが、こんな言い方をするなんてらしくない。

 どうしたんだろう。


 けれど貴族たちの夜会が増えているのは確かだ。

 派閥争いの情報戦が激しくなり、貴族たちは立場を守るために必死になっている。

 だがそんな事情はダンに理解できることじゃない。


 アデラはダンにかける言葉を探した。


「それでも、こんな急にパンが買えなくなるなんておかしいわ。きっと何か水車の故障とか……」


 ダンは困惑した顔でアデラに問いかけた。


「……なあ、お前は、腹が立たないのか?」


 声が、少しだけ揺れる。


「お前は、……パンが買えてるのか?」


「ダン……」


 責める声じゃない。確かめる声だった。

 アデラは唇を噛む。


「私は……」


「俺、間違ってたか」


 その問いが、アデラの胸を深く刺す。


「ねえ、違うの。聞いて。こんな急なこと、おかしいって言ってるだけ。きっと——」


「結局」


 ダンは、視線を逸らした。


「そっちの話を、するんだな」


「違う、お願い、ちゃんと聞いて!」


 アデラの声が上ずる。


「もういい」


 遮る声ダンのは低かった。


「分かった」


 ダンは立ち上がる。


「今日は……話す気、ねえ」


 一拍置いて、アデラを見ずに言い放つ。


「帰れよ」


 戻っていくその背中を、アデラはただ見つめることしかできない。

 どうして、こんなふうになってしまうの。私はただ……


 ダンに会えたら暖かい幸せな時間が得られると思っていた。

 なのに頭から水を浴びせられたように冷たい。


 アデラは、俯いて涙を堪える。

 いつも着てくる麻のワンピース。これも今では知っている。市井の娘が着るには上等な布地だということを。

 汚れても擦り切れてもいないこの服の違和感を、みんなが今まで黙っていてくれたんだということ。


 もうここにはいられない。

 アデラは仕事場を出て城への道を歩き出した。


 街は色褪せ、心は冷たく凍えるようだ。

 後継の王として、負うべき責務から逃げ出した、その罰を与えられたのだ。

 きっとそう。


 厩舎に預けていた馬に跨り、城への道を進む。

 私が愚かだった。


 でも、ダン、私まだあなたが好きなの。


 馬を走らせるとミリアの涙は風に散った。

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