第19話 シューリ・カイ:調整
人もまばらな街の広場の中央で、若い男が演説している。
「こんな時でも、王族や貴族達は腹一杯食ってる!俺たちが小さなパンを家族で分け合ってる時に。贅沢な蝋燭を山ほど使って、毎晩のように夜会を開いているんだ。そのテーブルに載ってる食べ物を作ってるのは誰だ?」
「俺たちだ!」
「その通りだ。手間をかけた上等の布を、大量に使ったドレスを着て踊ってる。その布を誰が織った?」
「俺たちだ!」
「そうだ、その俺たちが、こんな生活をしてるってのに、あいつらは見て見ぬ振りだ。明日食べるパンがない、街のみんなは飢えてる。なのに税だけは変わらない。こんなこと、許していいのか」
「許せねえ!」
「俺たちをなんだと思ってやがるんだ!」
弁舌を振るう青年はこの町でよく知られている人物。
仕立て屋の弟で愛想がよく、若い娘たちに人気があって口も立つ。
その青年は、シューリに憧れていた。
シューリが、狙って、憧れさせた人物だ。
語り終わって、水を飲んでいた青年はシューリの姿に気づくと、ぶんぶんと手を振った。
シューリはにっこり微笑むと、手招きしてから歩き出す。青年は尻尾を振るようにしてその後を追った。
風がよく通る高台だった。
かつて処刑台があったとも、星を祀る塔があったとも言われるこの丘の上は、今では滅多に人も来ない。
街の喧噪から遠く、下に広がる家並みも人々の姿も、小さな風景画のように見下ろせた。
「ねえ、」
シューリは微笑んで、ひらりと腰かける。
彼にしてはくだけたしぐさだったが、それがかえって気品を際立たせる。
「君は、すでに街のみんなの英雄だよ」
青年はきょとんとしてから、頬を赤らめた。
「……いや、そんな。まだ何も……。ただ話してるだけです、俺」
「でもその“話”が届いてる。ちゃんとね」
ゆっくりと、言葉を選ぶように語る。
「みんな、君の声に耳を傾けてる。言いたくても言えなかったこと、見て見ぬふりをしていたこと。それを君が、ちゃんと言葉にしてくれた。君が立ち上がったことで、街の人たちは“自分の怒りに名前をつけてもいい”と知ったんだよ」
「……そんなふうに言ってもらえるなんて」
青年は俯いて、拳をぎゅっと握った。
「でも……」
「うん?」
「語ってるだけで、俺は何もできてない。みんなの力になりたいけど、何をしたらいいかわからないんです。不満を言葉にしてるだけじゃ、何も変わらない」
その言葉を遮るように、シューリは立ち上がり、そっとその肩に手を置いた。
まるで祈るような手つきだった。
「気持ちはよくわかるよ。でもね」
風が、二人の間を抜けていく。遠くで犬の鳴き声がした。
シューリは遠く広がる街並みを眺めて続ける。
「行動するには……火を燃やすには、時機が大事なんだ。ふいに風向きが変わってしまったら、大切なものまで燃やしてしまうかもしれない。」
じっと見つめる青年の目をしっかりと見返す。
真剣な声色に誠意が宿る。
「みんなの熱は本物だ。だからこそ、君に見張っていてほしい。熱が行き過ぎないように。火種を育てて、でも暴れすぎないように。」
青年は真剣なまなざし頷き、しかし縋るような声になる。
「……シューリさん、そんなにわかってくれてるのに、どうして。……あなたが先頭に立ってくれたら、もっと……」
「僕じゃ、だめなんだよ」
優しく、でも揺るがない声だった。
シューリはふっと遠くを見やる。
「どんなに思っていたって、僕はこの街で生まれ育ったわけじゃない。外国人で、しかも商会の人間さ。僕の言葉が正しいとしても、きっと届かないところがある。でも君は違う。ここで生まれて、育って、街のみんなに愛されてきた。だからこそ、君の言葉は心の奥まで届く。そういうことさ」
青年は息を呑むように、小さく「あ……」とつぶやいた。
「さ、もう行った方がいい。一緒にいたら商会と繋がりが深いと思われてしまう。君は街の英雄だ。万が一でもお金で動かされてるなんておかしな噂が立ったら……もったいないだろう?」
シューリの言葉は優しくて、胸の奥にすっと入り込む。
「シューリさんは……こんなにいい人なのに……わかりました。でも、また会ってください。聞きたいことがたくさんあるんです」
笑顔を返し、青年は去っていく。
夕焼けが彼の後ろ姿を金色に染めていた。
しばらく無言でその背を見送ったあと、シューリは微かに笑った。
「うん……いい子だね」
その背後。濃い影の中から、静かに現れたリースが声をかける。
「“もったいない”なんて、口を滑らせたな」
振り返らず、肩越しに応えるシューリの声は、どこか気怠げだった。
「あ〜は。そうだね、うっかり。でも、気づかないさ。あの子は」
リースは冷めた目を向ける。
「あれだけ入れ込んでれば、そうだろうが……気をつけろ。信用させすぎて、もし何かの拍子に綻びが出れば一気に崩れる」
「はいはい」
シューリは片手で髪をふわりとかきあげ、わざとらしく流し目を送る。
「……うまくやれてることを褒めてくれてもいいんだけどね?」
「褒められて喜ぶのか。お前が」
「やだなあ、僕だって人間だよ。お小言より、誉めてもらった方が嬉しいね」
リースはわざとらしくわずかに口角を上げ、無表情で一言。
「……“さすがだなシューリ。うまくコントロールできている”」
「うへえ、ゲロゲロ~」
肩をすくめておどけて見せたシューリに、リースは鼻で笑う。
「ふん」
二人は言葉少なに並び歩き出す。
沈む夕陽の中、石畳の足音が静かに響いた。
向かう先は、街の中心にそびえるナギ商会の館。
そこには、終わらない帳簿つけと確認書類の山が待っていた。




