第17話 初夏の装い
いつもの衣装掛けの前で、ミリアは足を止めた。
見覚えのないワンピースが、いくつも並んでいる。
色合いは控えめで、形も飾り気がない。
けれど、生地の艶と落ち感は、ひと目で分かるほど上質だった。
「……ヴェラ?」
声をかけると、ヴェラはすぐに振り向き、ぱっと顔を明るくする。
「あら、お気づきですか?姫様。ふふ、昨日仕立て上がったばかりなんですよ」
嬉しそうに一着を手に取って、ひらひらと動かして見せる。
素敵でしょう? 軽くて、肌触りもよくて。今の季節にぴったりなんです。
ささ、お着替えなさって」
「でも……」
ミリアは衣装掛けを見渡した。見慣れた服は奥の方へ追いやられている。
「今までの服も、まだ着られるわ」
「あら、お気に召しませんか?」
「……そうじゃないの」
ミリアは、しばらく言葉を探してから言った。
「普段着まで、こんなに上等じゃなくてもいいと思って」
ヴェラは一瞬きょとんとし、それからくすりと笑った。
「ああ、姫様。これ、アラシルクじゃありませんよ」
「え?」
「トアマール国のアルハナ綿で作られたものだそうです。ほら、あの時の布商人さん。王妃様の故郷の特産品で作らせましたって言うから、王妃様もそれは喜ばれて。最近よく使われているお手頃なセリム織なんですって。」
そう言いながら、布をそっと揺らす。窓からの光を受けて、品のある艶が見える。
「軽くて丈夫で、見た目もきれい。お針子たちにも評判でしたわ」
ミリアは指先で、生地に触れた。
確かに、柔らかい。
着心地も、きっといい。
アラシルクよりも安い、アルハナ綿。
それでも。
胸の奥に、別の景色が浮かんでしまう。
――この一枚で。
城下のあの店なら、どれだけの食料が買えるだろう。
干し肉、豆、黒パン。
一家族の何日分になるだろう。
祭りの日に見た子どもたちの足が思い出される。
明らかに大きさが合っていない、かかとがすり切れた靴。
つま先に穴の空いたまま、気にする様子もなく走り回っていた姿。
「……」
ミリアは、ワンピースから視線を逸らした。
「やっぱり、勿体無いわ」
ぽつりと零す。
ヴェラは少し困ったように笑った。
「姫様は、本当にそういうところがお優しいですね」
優しい。
その言葉に、ミリアは何も返せなかった。
これは、優しさなのだろうか。
服は悪くない。
誰も間違ったことはしていない。
母の言葉が思い出される。
『王族の衣装には、意味と役割があるのですよ』
どの国のものを着るか、いつ着て見せるのか。
それが大事なことはわからなくもない。
それでも。
――ダンが見たら、どう思うだろう。
そんな考えが、また頭を占める。
ミリアは、用意されたワンピースを眺めながら、うまく言葉にできないモヤモヤを胸の奥にしまい込んだ




