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第13話 ビオラ・ドリュー:演出

 ナギ商会のドレスサロンは、王都でもひときわ異彩を放つ豪奢な建物だった。

 白大理石の床には淡金の文様が流れ、天井近くまで伸びる棚には宝石のような布がずらりと揃っている。


 今日二組目の予約は子爵家ご一行。

 春のデビュタントまであと半年。

 娘の“晴れ姿”に胸躍らせる季節だ。


 接客担当が扉をゆっくりと押し開くと、ふわりと紅茶の香りが迎えた。

「まぁ……素敵なお店……!」

 令嬢が小さく声を漏らす。

 夫人は娘の肩に手を置き、満足そうに頷いた。

 一方、子爵は店内をぐるりと見回し、(高そうだな……)と胸中で呟いた。


 そこへ、ゆったりと足音が近づく。

「ようこそお越しくださいました、子爵様、奥様、そしてお嬢様」

 黒髪を美しくまとめたビオラ・ドリューが、柔らかな笑みで迎える。

 シンプルな黒のドレスに、銀のピアスだけを添えたその姿は、控えめながらも美しく上品だった。


「まずはお茶をどうぞ。お寛ぎいただきながら、ご希望を伺いますわ」

 磨き抜かれたテーブルには湯気の立つ紅茶と、小さな蜂蜜菓子の乗ったガラス皿。 令嬢がそっと一口かじり、目を丸くした。

「……とっても甘くて……美味しい!」

「お口に合ったようで光栄ですわ」

 ビオラが微笑むと、令嬢の恥ずかしげに目を伏せた。


「本日はお嬢様のドレスと伺っておりますが、どのようなものがご希望でしょう?」

 問われて、令嬢は困ったように視線をうろつかせる。

 夫人が優しく促す。

「あなたが素敵だと思うものを選んでいいのよ」

 令嬢は小さく頷き、勇気を振り絞って言った。

「……あの……セリム織のドレスが……着てみたくて……」

 夫人が少し驚いて娘を見る。

「まぁ……本当に? あれは……とても……」

 夫人が言い淀む理由は明白だ。セリム織は高価な布。

 この子爵家だと正直厳しいはず。


 令嬢は頬を赤らめて視線を落とし、正直に思いを吐き出した。

「……今年のデビュタント、みんなセリム織を着ていたって……あの…… わたしだけ、違うと、きっと……浮いてしまうと思って……」

 流行に遅れたくない。

 みんなに置いていかれるのは嫌。

 その気持ちを、ビオラは痛いほどよく理解していた。

「確かに今はセリム織が大変人気ですので、お嬢様のお気持ちはよくわかりますわ。ではご家族皆様に納得いただける生地ををご一緒に探しましょう」


 ビオラが後方に視線を走らせる。

 お針子が整然と並ぶ布の中から、光沢のある束を抱えてきた。

「さあお嬢様、奥の……鏡の前へ」

 ビオラは令嬢を促して、布棚の奥にある二枚鏡の前に立たせる。

 外からの光が壁や天井に反射して、鏡の前は柔らかな明るさを保っていた。

 全身が映る大きな鏡はとんでもなく高価な品で王宮にすらないものだが、このサロンには二枚もある。角度を変えて立ててあるので、斜めや後ろ姿を自分の目で確かめられる。そんな経験はここでしかできない。貴族の間でもこの二枚鏡は噂になっていて、鏡目当てにサロンを訪れる貴婦人は実際多かった。

 今も令嬢は初めて見る鏡に、自分の全身の姿に目を丸くしている。


「失礼します」とお針子たちは令嬢の着せつけの準備をする。ビオラの目はその一瞬で令嬢の体のラインを確認する。細身で撫で肩。色白で髪色も柔らかい。肩は薄めだけれどウエストはそれほど細くない。バストはほどほど・・ならば。


「まずは……こちらから」

 一番最初に出したのは、セリム織ではない、比較的手頃な生地。光沢はあるがやや張りがあって硬め。少々重さも感じる。流行からは外れた布だ。

 お針子が手際よく体に当て形を作ってピンで止めると、やや古風なシルエットが浮かび上がる。

「そうね、悪くはないわ」

 夫人は言うが、どこか納得いかないといった声色。

 令嬢はセリム織でないことに落胆しているのか表情が暗い。


 ビオラはすぐに次の選択肢を示した。

「ではこちら。去年のシーズンのセリム織でございます。充分に美しく、そしてとても人気があったものです」

 生地を当てた瞬間、鏡の前の令嬢が息を呑み、ぱあっと明るい表情になる。

「きれい……! さっきのより……ずっと……!」

「お母様、この色、どうでしょう」

 お針子たちは一昨年流行したシルエットを手早く作る。憧れのセリム織をようやく纏えた喜びで令嬢の顔が綻ぶ。

 夫人の心が揺れた。

 ――この娘が、こんなに可愛い笑顔を見せるなんて。

 ビオラは二人の表情を確認しながら言う。

 「こちらでしたら去年のものですので少しお手頃ですわ。でも……」

 そこへ最後の切り札。

「せっかく来てくださったんですもの、当てるだけでも」


 その言葉を聞いてお針子たちは手前の棚から次の反物を持ってくる。

「こちらは、今年の“最新作”。数が限定された特別な織物で、このサロンでも今日が初お披露目ですの」

 金糸がほんのり織り込まれた淡い青。

 光を受けるたびに水面のようにきらめく。

 ビオラは、令嬢の肩にそっとかけた。

 指先が触れるか触れないかの微妙な距離でひだをを操り、少女の体の線に沿わせる。視線の合図でお針子たちがピンを打つ。今年の最新流行のシルエットを、この少女の体に合わせて。


 娼館で、女たちの装いを整えていた日々が胸をよぎる。

「美しさ」は、生き抜くための武器だった。

 シルエットを整え、特徴を活かした化粧を施し、正しい角度と正しい光で見せる。そうすれば、どんな女も一流の美女として輝ける――

 そのことを、ビオラは骨の髄で理解していた。 


 シルエットが出来上がる頃に、接客担当がそっと鏡の前に灯りを置いた。柔らかな白い紙で包んだ小さなランプだ。鏡の左右に、四つ。お針子がカーテンを動かして光の量を調節する。

「お嬢様、こちらを……少しだけ、あごを上げて。そう、そのまま」

 令嬢が言われた通りにすると、首筋に自然と光が落ちた。

 ビオラが布をわずかに引き、胸下に陰影を作ると、まるで花が開いたようだった。 ふわりと浮き上がるようなセリム織のひだの中で金色の模様が波のように揺れる。


 下から照らされた頬は少し上気して、瞳は潤み、デビュタントを迎える令嬢の『爽やかな色気』が花ひらく。

 鏡の中の姿を見て、令嬢は息を飲む。今まで見たことのない、自分の全身。流れるようなシルエットの斜め後ろの姿。


「わ、わたし……こんなに……」

 令嬢はさらに目を潤ませた。

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