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第12話 貴族とセリム織

 デビュタント・ボール。

 

 社交デビューの年を迎えた貴族の令嬢たちが、可憐なドレス姿でお披露目となる初めての舞踏会。 父親や兄弟にエスコートされた初々しい乙女たちが花のように舞う、華やかで晴れやかな恒例行事だ。


 広間いっぱいに、ふわりと軽やかなドレスが咲き誇っていた。

 今年の流行は、絹のような光沢と透けるほど薄いセリム織。まるで羽をまとったような少女たちが、花の香りをまとって、笑いさざめいている。


 王族として出席したミリアは、壁際の椅子に腰を下ろしていた。祝福と希望に満ちた舞踏会のはずが、どうにも息苦しい。


 ミリアは気づかれないように小さなため息をつく。

 広間では、流行を競うように揃えられたドレスの群れ。話題の中心は誰のものが一番上質か、どこで仕立てたか、どの生地が本物か。目を細めて笑いながら、さりげなく格付けを探るような会話が飛び交う。


 ——そこに、ひとりだけ、明らかに浮いている少女がいた。


 しっとりとした重みのあるドレス。たしかに上質だが、流行とはほど遠い。

 仕立てのよさはあるけれど、華やかさも光沢も、他の少女たちには届かない。

「……あら?」

 ふわりとしたドレスの輪の中から、小さなさざ波のような意地悪な声が立ちのぼる。


「まあ、ごきげんよう。ずいぶん重々しいドレスでいらっしゃるのね?」

「格式のあるお家柄ですもの、きっと伝統を大切にされてるんだわ。ねえ?」

「ええ、そうよ。セリム織に手が届かないなんて──まさか、そんなはずありませんわ」

「でも……男爵様のお衣装も、今朝の式典では──ねえ?」

「まあ、失礼よ。そんな言い方──」

「アラごめんなさい。お気を悪くなさらないでね? わたくしたち、悪気はこれっぽっちもありませんのよ」

「ねえ? ほんとうに。ちょっと驚いただけでしてよ」

「そう、驚いただけ──あんな厚手のベルベット、まさか本気で着ていらっしゃるなんて思わなかったから」

「まるでお祖母様の衣装箱から引っ張り出したような」

「でも、きっと思い出の品なのね。素敵だわ、そういうの。涙が出ちゃう」

「おほほほ……」


 その笑い声を聞きながら、小さな背中が廊下へと逃げていく。

 ミリアは目を伏せて、そっと廊下に向かった。


 まだ笑い声が続いていた。

「あら──そろそろお色直しかしら? あれ以上厚着するの、大変でしょうに」

「汗をかいて、ドレスがよれよれになってしまうわね」

「やだ、見ちゃだめよ。笑っちゃうから」

 ミリアの灰色の瞳が、静かにその輪の方をちらと見やる。

 少女が唇を噛んで広間を後にしたあとも、笑い声は絶えることなく続いていた。


 廊下から、庭を見ると、花壇のそばで先ほどの令嬢が肩を震わせていた。

 ——やっぱり、泣いてる。

 慰めようと歩き出しかけたそのとき、自分の袖に目がいった。


 ——軽い。

 ……そうだ、このドレスも——セリム織だった。


 足が止まった。

 

 流行のセリム織の中でも特別に上質なアラシルクの光沢。王室お抱えのお針子と刺繍職人が丁寧に仕上げた、軽やかなドレス。

 ミリアの体に沿って流れるようなシルエットと動くたびに柔らかく光る精緻な銀糸の刺繍が、流行を取り入れつつも品格を守った王族らしい装いに仕上がっている。

 誰よりも格式高く華やかに見えるよう整えられた自分の姿。


 その装いは王女の務めであったが。


 ——あの令嬢に、かける言葉がみつからない。


 社交の場に衣装をそろえるのは貴族ならば当然のことなのだろう。

 けれど、とミリアは思う。

 こんな蹴落としあいをして何の意味があるのか。

 とげのある令嬢たちの言葉を思い出して、ミリアは目を伏せた。


 だが、彼女たちも必死だ。社交界は家の未来を背負った戦場。家の体面を保ち、少しでも良い縁談を得て家格や財産で実家を支える。それが彼女らの使命だから。

 だからこそ、我先にと流行を追い、優雅な笑顔で内情を隠してライバルを蹴落とす。それは生き残るための技術だ。弱みを見せた者には容赦しない。

 貴族であれば、それは正しい考え方だとさえ思えてくる。


 庭園の隅で背中を丸めて震わせている、悲しい少女の背中をみつめる。


(つらいな……こんなの。)


 結局、その令嬢が立ち去るまで、ミリアは声をかけることができなかった。

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