第9話 お菓子と着替え
控え室の扉を開けた瞬間、ミリアはほっと息を吐いた。
そこにはいつもの笑顔。
「姫様、ご立派におつとめでしたね!」
出迎えたのは、王妃付き侍女のヴェラ。
ミリアの乳母だった、家族同然の優しい人。
いつものその声に、緊張の糸が緩むのが自分でもわかる。
「ヴェラ!来てくれたの?」
「ええ。王妃様が“きっと疲れているでしょう”と。お支度、手伝いますよ」
「ああ~ヴェラぁ~……もう、疲れた……」
ミリアは長椅子に腰を下ろし、背もたれにぐったりと身を預けた。
「それに、おなかもすいた……あんなにごちそうがあったのに、一つも食べられなかったのよ!」
「主役って、そういうものですわ」
ヴェラは明るく言いながら、手早く小皿に焼き菓子を数枚載せて差し出した。
「……ヴェラ、優しい!大好き!」
ミリアはあっという間に焼き菓子を平らげた。
「おいしい!もっと食べたい!」
「姫様の分のごちそうは、ちゃんと残してありますから」
その横からすっと入ってきたマグリットが、静かに言った。
「今は、おなかが鳴らなければ十分です」
「……えっ。聞こえてた?」
「咳払い程度で誤魔化せる音量ではありませんでしたわ」
「恥ずかしい……」
「あらあら。では、鳴らないように……しっかり、しめて、おきますねっっ!」
「ぐえぇ……!」
「何ですかその声は」
ヴェラとマグリット、そして補助に入った二人の侍女が手際よく着せ替えに取りかかる。手早く儀礼用のドレスを片付け、夜の舞踏会にふさわしい華やかな髪と化粧を施すあいだ、ヴェラがふわりと鮮やかな若草色のドレスを広げて見せた。
「踊りやすいように、とっても軽い生地で仕立ててあるんですよ。王妃様のお心遣いですわ。綺麗でしょう?」
ドレスのスカート部分をミリアの前に持ってきてふわふわと動かす。
「ほら、この軽やかな手触り!これを着て踊る姫様は、きっと春の妖精かと見まごうほど……」
うっとりと語り始めたヴェラをマグリットが制する。
「急いで、ヴェラ。もうすぐアシェラが迎えにくるわ」
「えっ、あら大変!」
ドレスを整え、大急ぎでアクセサリーをつけ終えたタイミングで、アシェラが入ってきた。
「王太女殿下。お支度は、よろしいでしょうか」
控えめながらも凛とした声。振り返れば、典礼用の近衛制服を纏ったアシェラが立っていた。お世辞抜きに、非常に美しく凛々しく整っている。
ミリアもヴェラもマグリットも、一瞬見惚れて手が止まる。
「……やっぱり、アシェラはその姿がいちばんすてきね」
「……恐れ入ります。では、刻限ですので。広間へ」
ミリアは軽く笑い、立ち上がるとアシェラの後について控え室を後にした。
──扉が閉まる。
残されたヴェラとマグリットは、衣装や化粧道具を片付けながら、同時に深いため息をついた。
「ついに王太女の礼服を着て式典に……よくぞここまで大きくなられて」
「聖杖を逆さまに持たれたときは寿命が縮んだわ」
「美しい貴公子と、あのドレスで踊る姿……想像したら胸がいっぱいよ」
「音楽でおなかの音は目立たないでしょうけど……」
「今夜、運命のお相手と出会われたりして!ああ、緊張しちゃうわ」
「疲れで相手の名前を間違えるかも。いっそ黙って笑っててほしいわ」
「どうなるのかしら、気になるわ!」
「「……心配よね」」
二人は、最後だけぴたりと声を揃えて頷き合った。




