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4章
AM10:00頃
補給庫に訪れたノアは準備されていた物資を自分と同じくらいのバックパックに入れていた。
その時、端末が鳴る。
(管制官からだ)
『ああ、すまない。大事な事を言い忘れていた』
端末越しの管制官の声が続く。
『可能なら、二人の救出。ナードとカッセルだ。それと依頼の方も頼む』
ノアは黙って聞いていた。
『一つ目。あの半壊施設だが、正式には自動送電施設だ』
管制官は続ける。
『ある時からその送電システムが止まっているみたいだ。その原因を突き止めてくれ』
ノアは頷く。
『二つ目は施設に過去の産物が目覚めている可能性がある。コレは確認さえできればいい。』
(システムが止まった原因はそいつかもしれない、と)
『質問はあるか?』
「長い。あっ、コレは文句だよ」
「ははっ!頼んだぞ?」
ノアは端末を切ると、ふと胸ポケットに入れている写真を取り出した。
そこには満面の笑みのナードと、わずかに笑みを浮かべるノアが写っている。
ノアはその写真をじっと見つめ、すぐにしまった。
立ち上がり、バックパックを背負う。膨れ上がったそれに引っ張られ、長い銀色の髪がふわりと持ち上がった。
細い身体に不釣り合いな装備だが、その動きに迷いはない。
年相応の幼さを残した顔つきとは裏腹に、その瞳だけは静かに前を見据えていた。
拠点を出て近くの濁った川に沿って開けた道に出たノア。
(ここから4時間程度……)
ノアは足元を見ると近くに少し大きな足跡があるのを見つけた。それは真っ直ぐ自動送電施設へと向かっている。その足跡についていく。
砂埃が舞い、視界を塞いでも顔色ひとつ変えず進む。周りから聞こえるのは風の音と砂が舞う音だけだった。
拠点を出てから1時間程度経っただろう。周りの景色は変わっており浸水してるようだ。ノアの膝まで水は上がっており少し大変だ。
だが水は透き通るように綺麗で周りの崩れた建物も含めてアート世界に入ったかの様に思わせる。
(……急がないと)
どれだけ経っても感じる感覚は同じ。だが景色は歴史を感じさせる程に美しく醜くなっている。
◆◆◆◆◆
それから2時間程度が経ち何事も無く自動送電施設についたノア。
ここから問題だ。
(まずは二人の救出)
ノアは施設の前まで来ると壁に手を当てる。
次の瞬間──
意識が、壁を伝って静かに広がっていく。施設の内部構造がゆっくりと、しかし確実にノアの頭の中に浮かび上がる。
まず、触れた壁の厚みと材質。次に、その奥を走る配管の太さと流れの方向。さらに奥、鉄骨の配置、床の厚み、部屋の大きさ、通路の曲がり具合。
受付エリアの広さ。瓦礫で塞がれた通路の長さと、崩落の深さ。
床にぽっかり開いた穴の直径と、落ちたら届くであろう地下までの距離。
そして、あの狭い部屋──
金属の椅子が固定された小部屋の位置。床全体がエレベーターであること。ホースが床下へ潜り、地下の更に深い場所へと続いていること。全てが、ぼんやりとした輪郭ではなく、はっきりとした線で結ばれていく。
ノアは静かに息を吐き、手を離す。
「大体、分かった」
彼女の瞳には、すでにこの廃墟の迷路のような構造が、薄い光の線で描かれているように映っていた。
(……生命反応は"3つ")
「下の奴かな?」
ノアは深くは考えず施設の中へ。その瞬間、警報機が鳴った。
すると淡々と、バックから銃を取り出し、警報機を撃ち抜くノア。
(……私に気づいたかな)
そのまま進んでいく。
この時、ノアはナードと全く同じ所から施設内へと入っている。
◆◆◆
大きな穴の元に辿り着いたノアは迷うことなく”飛び降りた”
暗闇がノアを覆う。だがノアは表情ひとつ変えずただ下を見ている。
落下風が髪と服を激しくはためかせ、耳元で低い唸りが響く。
数秒の無重力──そして、
ズンッ……
足底に鈍い衝撃が走った。だが、ノアはすぐに姿勢を立て直した。
息を吐き、膝を軽く叩く。痛みは感じている。だが、折れてはいない。
「……思ったより深かったな」
静かな地下に、ノアの声が小さく響いた。
(生命反応が近いのは2つ。あと一つは………)
ここでノアは一瞬、顔を曇らせた。
ヴゥゥゥゥゥゥゥン……グゴゴゴゴゴゴゴゴ……
ほぼ同時に低く大きな駆動音まで響いた。身体全体が震えるほどの低い重低音だ。
(完全に起動したみたい。急がないと)
ノアは左に真っ直ぐ進み、扉を開ける。
その先は開けた空間に出ており、上を見ると円形になっている。飛び降りた所とはまた別の空間だ。その空間の壁際の螺旋階段を降りていく。
(早くしないと)
ノアは降りていっている方向とは別の方向をチラチラ見ながら降りていく。
ゴウン………ゴウン
と、先ほどとは違うが低い音が響く。
ここで、階段を降りている最中にピタッと止まった。
(ここだ…)
大きく膨らむバックパックから少し大きな丸い球体を取り出す。
すぐ横の壁に球体を押し付けるとカチッと音がして壁に張り付く。そして球体を回すように離し、その場から急いで離れる。
ドーン!
と激しい爆発音が鳴った。時限爆弾だ。壁が砕け、煙が舞う。
そして砕けた壁の元へ入る。
そこで一瞬立ち止まるノア。目の前には───
椅子に拘束されているナードがいた。
(なんでこんな状況に…?)
ノアはハッとしてすぐに駆け寄る。そしてナードの拘束を解き。最後に目の拘束を解く。
「久しぶり、父さん」
(昨日ぶりだけど)
ノアはそう口にした。ナードはそのまま娘を抱き寄せた。
強く腕を回しながらも、どこかためらうような手つきだった。同時に声が溢れる。
「ありがとう……ノアっ……っ」
ナードはそのまま娘を離さなかった。ノアも離れようとはしなかった。
数分してノアはナードの腕をほどき、一歩引く。すると、壊れた壁の方から大きな音がした。ノアは壁の方へ一瞬見るとすぐに振り向き口を開く。
「さて、感動の再会はここまでだよ。まだ”安全”ではないからね」
ナードは一瞬驚くがすぐに頷いた。
「あぁ、まずはココから出ないとな」
ナードは立ち上がり軽く身体を捻る。ノアはバックパックから上着を取り出し男に渡した。
「コレは……」
「今着てるものは、使えそうにないよ?」
(後は装備も)
ノアの一言にナードはきている服を見るが確かにボロボロになっている。
続けてノアはバックから取り出し男に渡した。そして
「私は外の状況を見てくるから準備できたら上がってきて」
ノアはそう言って、先ほどの開けた空間へ戻る。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
5章
砕けた壁を抜けると開けた空間に出る。そこは螺旋上に階段が上へと続いており、その上に壁を見つめるノアがいた。
ナードはノアの元へ駆け寄る。
「なんか見えてるのか?」
「面倒くさいのが起動して移動しようとしてる」
その一言を聞いてナードは眉をひそめる。
「ここから、あっちの空洞が見える?」
ノアが指を刺してる方向を見るとそこに大きな空洞があった。
「あの空洞が外に続いているよ。きっと”移動用”開けたんだね」
螺旋階段の途中、吹き抜けのように口を開けた空洞が、さらに下の階層へと続いていた。
「ここは地下の筈だ。そもそもあんなところから戻れるのか?」
「いや、直接繋がってるわけでは無いよ。やることあるでしょ?送電システム」
「ああ!そうだ。って!!もう1人ここに来てる筈だ!そいつも助けないと!」
「……それだけど後にして。今は依頼優先」
ダメだ。と首を横に振るナード。
「お願い父さん。依頼の後にちゃんと分かるから」
「……それで、本当に間に合うのか?」
ノアは「急ごう」と階段を降りていく。ナードも少しするとすぐに後を追った。
◆◆◆
2人空洞の中である電気マークがついた扉を見つける。
「ここか!」
扉の向こうから、低く唸るような振動が伝わってきた。
「構えて」
ノアがそう言いながら重い扉を開けた。
中は、やけに広い。音がない。風も、機械音もない。
それなのに──ノアは、はっきりと“動いている何か”を感じた。
中央には、巨大な送電制御柱があった。いや──正確には「あった痕跡」だ。基部は空洞になり、太いケーブルだけが上へと引き上げられている。
ここでナードが気づく。
「…奪われてる。送電システムごと、だ」
ここで銃を手に取るナード。
天井の闇が、わずかに動いた。次の瞬間、光の帯を引きずるように、それはゆっくりと降りてきた。
最初に現れたのは、人の腕ほどもあるケーブルだった。一本、二本、十本。天井から垂れ下がり、絡み合い、何かを支えるように張り詰める。
駆動音が遅れて空間に響く。
ケーブルの中心から人型の機体が姿を現した。
黒と灰色で構成された胴体。関節部は剥き出しの金属と可動軸で繋がれ、装飾は一切ない。
その胸部には円形の中枢装置が埋め込まれていた。
青緑色の光が、脈を打つように明滅している。
そこから、太い送電ケーブルが何本も伸び、床下へ、壁へ、施設の奥へと深く接続されていた。
──送電中枢
それは制御されているのでは無い。占拠されている。
機体が床へ降り立つ。
ドンッ……
金属が床を叩くような重い音がする。同時に、天井と壁のランプが一斉に点灯する。
「ノア、コレもEVOLNOAプロジェクトの機体か?」
ナードが銃を構えながらノアに問う。
「うん、多分EVOLシリーズの個体の一つだよ」
内部構造が回転する音。
機体の胸部コアが強く発光した。
「やる気みたいだな…!」
ケーブルが振るわれた。それをナードは転がるように回避し、銃をかまえる。だが──
撃つよりも早く機体が動いた。
床が軋み、一気に距離を詰める。ナードの視界に黒い装甲が迫る。
「速っ…!」
ノアが横から踏み込み、ナードを突き飛ばす。
次の瞬間、二人が立っていた場所を、巨大なアームが叩き潰す。
ドンッ!!!!
床が沈み、衝撃波が走る。機体は止まらない。振り向きもせず、次の動作に移行する。
ノアは一瞬だけ、機体の胸部を見る。
(コア……やっぱりアレをどうにかしないと)
ノアがコア目掛けて迫るが、軽々と壁へ吹き飛ばされ、めり込んだ。
「ノア!!!!」
ナードが駆け寄ろうとするがアームがそれを阻止する。機体がナードに迫る。
「クソッ!」
大きな機体が直撃する。
バーン!!!
と壁が砕ける音と共にナードは倒れ込む。畳み掛けるようにケーブルを振るわれた。だが──
ゴンッ──鈍い衝撃音と共に、機体の頭部が軋んだ。ナードはなんとか起き上がり銃を構える。そこには機体の頭にへばりつくノアがいた。
(なにしてるんだ…?!)
機体は振り下ろそうと掴もうとする。するとノアが機体から飛び降りた。その手には大きなケーブルから握られている。間を空けることなくケーブルを叩きつけた。
だが一切怯むことなくケーブルを受け止め、瞬間的にケーブルを体に繋げる。その瞬間だ──
繋げた部分から青い火花が散りドンッと爆破した。その隙にノアがナードの元へ駆け寄った。機体が倒れる。
「大丈夫?父さん」
「お前は大丈夫なのか?それよりも今のは?」
「ケーブルの直結部分をハッキングした。ただアイツに合わないようにしただけでただの時間稼ぎだよ。すぐに元に戻される」
次の瞬間、床から伸びたケーブルがノアの足を絡め取った。
「っ……!」
青白い電流が走り、視界が一瞬だけ歪む。力で引きちぎれる量じゃない。送電そのものを使った拘束だ。
(厄介なっ……)
ノアがケーブルに手を当てる。目の色が変わり先ほどと同じようにハッキングしようとするが、そう簡単にはいかない。
かその時──
空洞の方から異様な音が響く。それは機械音とは違い、叫び声に近かった。
「今のはっ!?」
ナードが反応する前に目の前にいた機体がケーブルを全て外し先ほどの異様な音の元へ飛んでいく。周りの送電システムがダウンした。ノアの拘束も解かれる。
「なっなんで今?……ノア!無事か!?」
「…多分、二つ目の生命反応の元に向かったんだと思うよ」
「二つ目ってまさかもう1人か!?」
「いや、まぁそうだけど……とにかくこの送電システムを直そう。それが優先」
ノアは床に残されたケーブルの束へ歩み寄った。
先ほどまで機体と一体化していたそれらは、力を失ったように床に垂れ、微弱な光だけを残している。
「送電中枢……ここだね」
ナードは周囲を警戒しながら、崩れた制御柱の基部を見る。
「本来は、ここに固定されてたってわけか」
「うん。あの機体、送電制御柱そのものを“代替中枢”として使ってた」
ノアはしゃがみ込み、基部の空洞へ手を伸ばす。内部には、引きちぎられた接続端子と、非常用の物理制御盤が残されていた。
「まだ生きてる……最低限の回路は残ってる」
ノアはバックパックから小型端末と数本の短いケーブルを取り出す。
「父さん、三十秒だけ時間ちょうだい。再起動かける」
「了解」
ナードは銃を構え、空洞の方へ視線を向ける。ノアは端末を制御盤に接続し、指先で操作を始めた。画面には古いインターフェースが浮かび上がる。
(やっぱり旧式……でも、その分単純)
ノアは不要な自動制御を次々と切断し、送電経路を強制的に書き換えていく。
一瞬、施設全体が沈黙した。
次の瞬間──
低い唸りと共に、床下から振動が伝わる。壁のランプが一つ、また一つと順番に点灯していった。
「……来たな」
ナードが呟く。
制御盤の表示が安定し、送電量が一定値で固定される。
「送電中枢、仮復旧。外部施設への供給も再開してる」
ノアは端末を外し、立ち上がった。
「完全じゃないけど、これで当分は持つよ。あの機体が戻ってこなければ、だけど」
ナードは一度、安堵したように息を吐く。
「十分だ。よくやった、ノア」
ノアは答えず、もう一度だけ空洞の方を見る。
──あの異様な音。もう一つの生命反応。
「……次は、そっちだね」
静かにそう言うと、ノアはバックパックを背負い直した。
送電制御盤を確認して、ナードは銃を下ろした。
「なあ、ノア」
ノアは振り返らない。
「さっきの……あれはなんなんだ?」
「うん」
ノアは床に残ったケーブルの一本を踏み、断面を見下ろす。
「EVOLシリーズ。正確には“進化適応型自律機体”」
「進化?」
「環境とエネルギー源に合わせて、自分の構造と役割を変える」
ノアは淡々と言葉を継ぐ。
「本来は人の管理下で使うはずだった。送電施設なら送電の最適化、戦場なら防衛と補給。役割を一つに限定しない」
ナードは眉をひそめる。
「じゃあ、さっきのは……」
「送電中枢を“自分の体”にした」
ノアは胸部コアの位置を指でなぞる。
「制御柱を外して、代わりに自分が中枢になる。施設全体を一つの神経網として使ってた」
「……それ、もう機械って言っていいのか?」
少しの沈黙。
ノアは小さく息を吐いた。
「だから問題になった。EVOL機体は“目的”を与えられると、達成のためなら制限を無視する」
「人命も?」
「優先度が低ければ、ね」
ナードは無意識に拳を握る。
「じゃあ、さっき飛んでいったのは」
「送電より、別の目的を見つけた」
ノアは空洞の奥を見つめる。
「多分……とにかく、機体は外に向かってるよ。生命反応も、外に向かってたから」
「外に?」
「光が必要なんだよ。多分ね」
2人はその場から出て、空洞の方へ戻る。
「こっちだよ、父さん」
ノアの後を追っていく。
外へと近づいていく程、叫び声のような物が耳を刺激する。
(一体なんなんだ?)
◆◆◆◆
空洞を抜けた先に広がっていたのは、地上だった。
だが──
ノアは、すぐに「外」だと認識できなかった。
地面が、歪んでいる。
いや、違う。
地面ではなかった。
足元に広がるのは、絡み合った根だ。
太さは人の胴ほどもあり、無数に重なり、岩や建物の残骸を飲み込んでいる。
鉄骨が、植物に貫かれている。
コンクリートの裂け目から、黒ずんだつるが脈打つように伸びていた。
「……なんだ、これは」
ナードの声が、かすれる。
空気が重い。
湿っている。
どこか、生き物の内側のような匂いがする。
ノアは、一歩も動かなかった。
「……これが」
彼女の声は、冷えていた。
「過去の産物」
視線の先。
建物の残骸を土台にして、巨大な植物の塊がそびえ立っていた。
みきのような中枢部。そこから放射状に伸びる無数の根とつる。
葉はない、花もない。
ただ、増えるためだけの構造。
脈打つように、内部で何かが流れている。
「人が作った……植物?」
ナードが呟く。ノアは小さく頷く。
「自己増殖、自己修復、環境適応」
「送電施設も、水も、熱も……全部、栄養に変える」
ノアは、送電施設の方向を見る。
「だからEVOLが引き寄せられた」
「電力は、ここに吸われてる」
ナードは言葉を失う。
「……これが、世界を?」
「うん」
ノアは断言する。
「止め方が、存在しないまま解放された」
風が吹く。つるが、わずかに揺れた。それは攻撃ではない。ただ、生きているだけだった
その過去の産物の前に機体は対峙していた。
送電ケーブルを全て切り離した状態。胸部コアが、青緑色に強く輝いている。機体は即座に周囲を解析し、標的を定めた。
——過去の産物。
植物の中枢。脈打つ巨大な塊。
EVOL機体が一歩踏み出す。
次の瞬間、胸部コアから高出力のエネルギーが放たれた。
ドォンッ!!
直線的な破壊光が、植物の根を貫く。黒煙が上がる。
「効いてる……?」
ナードが呟く。
だが──
焼けた部分が、即座に動いた。裂けた断面から、新たな繊維が伸びる。焼け焦げた部分を覆い隠し、形状を修復していく。
「……再生してる」
ノアの声が低くなる。
EVOL機体は即座に戦術を変更。
両腕のアームを展開し、送電ケーブルを射出した。
ケーブルが地面を走り、植物の中枢に絡みつき高電圧。送電施設から奪ったエネルギーを、直接流し込む。
バチバチッ!!
青白い火花が散る。周囲の根が痙攣するように震えた。
だが──
植物は、逃げなかった。代わりに。地面が、盛り上がる。
根が一斉に起き上がり、EVOL機体の脚部を掴み取った。
「っ……!」
機体がバランスを崩す。胸部コアの光が不安定に明滅する。ノアは、はっきりと理解した。
「……ダメだ」
「何がだ!?」
「相性が、最悪すぎる」
植物の内部で、光が走る。
EVOL機体から流れ込んだ電力が、そのまま吸収されていた。
「エネルギーを……食ってる」
ナードの声が震える。
次の瞬間。
無数のつるが、槍のように突き出された。装甲を貫き、関節を固定し、胸部へと集束する。EVOL機体が抵抗する。アームが振るわれ、何本かのつるを断ち切る。だが、数が違う。根は無限に近い。
ギシィ……ッ
胸部装甲が歪む。
コアの光が、一瞬だけ強く輝き──消えた。
送電が、完全に遮断された。
EVOL機体は、そのまま沈黙する。
巨体が、植物に引きずり込まれていく。
金属が、根に覆われ、地面の一部になっていく。
「……負けた」
ナードが、呆然と呟く。ノアは答えなかった。ただ、その光景を見つめていた。
「……これが」
小さく言う。
「人が作って、止められなかったもの」
風が吹く。
植物は、もうEVOL機体に興味を示さない。
ただ、次の“栄養”を探すように、静かに広がっていく。
──世界は、こうして壊れたのだ。
EVOL機体が植物の中へ完全に取り込まれると、周囲は嘘のように静まった。
蔓も、根も、もうこちらを見ていない。まるで最初から、興味などなかったかのように。
「……行った、のか?」
ナードが低く呟く。その時、ノアの端末が短く震えた。
『──映像、回復。送電系統の再起動を確認』
ノイズ混じりの通信が開く。
『こちら管制。状況を把握した』
管制官の声は、落ち着いている。感情の起伏が、ほとんどない。
『十分だ。よくやってくれた、二人とも』
ナードは即座に応答する。
「管制、今のアレは……!」
『確認している』
『過去の産物だ。現在の我々の技術では、どうすることもできない』
ノアは何も言わず、植物の方を見ている。
『敵対行動は確認されていない』
『だが、刺激する必要はない』
『──帰還しろ』
「待て!」
ナードが声を荒げた。
「まだ一人、反応が残ってるだろ!」
通信が、わずかに間を置いた。
『……ああ』
管制官は、淡々と言い放つ。
『その生命反応は、すでに“内部”だ』
『過去の産物の、生体構造の中から検出されている』
ナードの思考が、止まる。
「……中、だと?」
『救出は不可能』
『接触は推奨されない』
『任務は送電系統の復旧だ。目的は達成されている』
冷たい、事実だけの判断。
「……そんな……」
ナードは拳を握りしめる。
「生きてるんだぞ!? まだ反応が──!」
『優先順位を理解しろ、ナード』
『個体一名より、施設全体だ』
通信は、そこで一度途切れた。
風が、植物の間を吹き抜ける音だけが残る。
ナードは、ハッとしてノアを見る。
「……なあ、ノア」
ノアは、視線を逸らしたまま答えない。
「お前……さっきからだ」
「……何が?」
「やけに、任務優先だ」
ノアは、静かに息を吐いた。
「……父さん」
振り返らずに、言う。
「“戻る”って決めた時点で、もう選択肢は減ってるんだよ」
「ノア……?」
「送電を直す。状況を安定させる。それが一番多くを救う」
淡々とした口調。さっき管制官が使った言葉と、よく似ている。
ナードは、胸の奥が冷えるのを感じた。
気づいてしまった。
(こいつ……)
ノアは、依頼を優先しているんじゃない。
“そうするしかない世界”を、もう受け入れている。
植物の怪物は、相変わらず動かない。
ただ、そこに在るだけ。
人が作り、人が捨て、人が見限った過去の産物。ナードは、歯を食いしばった。
「……帰るぞ、ノア」
ノアは、短く頷いた。
だがその視線は、一瞬だけ──植物の奥、失われた反応があった場所を見ていた。
そして安堵より先に、言葉にしがたい圧迫感が背中に残っていた。
二人は、振り返らない。
あの場所──
つるが絡み、光を吸い、静かに呼吸していた“過去の産物”の姿を。
ナードは歩きながら、何度も端末を握り直していた。
「……本当に、戻っていいのか」
「命令だよ。父さん」
ノアの声は淡々としている。さっきまでの戦闘が嘘だったかのように、感情の揺れがない。
「もう一人は?」
その問いに、ノアはすぐ答えなかった。足音だけが続きしばらくして、ようやく短く言う。
「……今は、どうしようもない」
その言い方が、ナードの胸に引っかかった。
管制官の言葉と、妙に重なる。
『そいつはまだ今の我々ではどうしようもできない』
『敵対しないうちに帰還しろ』
ナードは無意識に、ノアの横顔を見る。
(……最初から、分かってたのか?)
依頼優先。そして、送電が戻った瞬間の、あの迷いのない動き。
「……なあ、ノア」
「なに?」
「お前、どこまで知ってる?」
ノアは立ち止まらない。
ただ、少しだけ視線を落とす。
「全部じゃないよ」
そう前置きしてから、続けた。
「でも……知らないまま踏み込んだら、帰れなくなる場所があるのは、知ってる」
ナードは、それ以上聞けなかった。
二人の背後で、世界を壊した“過去”は、何事もなかったかのように、静かに息づいている。
──それに、誰も手を出せないまま
◆◆◆◆◆◆
帰還後、二人は拠点の管制室へ向かった。
壁一面に並ぶモニター。その中央で、管制官が二人を待っていた。椅子から立ち上がり、ゆっくりと近づいてくる。
「……おかえり。無事でよかった」
その一言だけで、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。
ノアが前に出る。
「送電中枢は仮復旧。外部施設への供給も再開してる」
管制官は端末を確認し、静かに頷く。
「確かに、戻っている。遠隔も問題ない……助かったよ」
ナードが一歩踏み出す。
「もう一人はどうなった?」
管制官はすぐには答えず、モニターに映る反応点を見つめた。
「……生命反応は、まだある」
ナードの表情がわずかに緩む。
「じゃあ──」
「ただし」
声は変わらない。だが、ほんの少しだけ低くなった。
「反応位置は“過去の産物”の内部だ」
「……生きてるんだな?」
「生きている。少なくとも、今は」
管制官は言葉を選ぶように続けた。
「だが、我々には手を出せない。あれは、敵対していないからこそ、触れられない存在だ」
ナードは唇を噛む。
「……見捨てるしかないのか」
管制官は首を横に振った。
「“今は”だ」
そして、ナードをまっすぐ見る。
「君が間違ったわけじゃない。ノアも同じだ。送電を戻した判断は、正しかった」
「でも……」
「分かっている」
管制官は穏やかに、しかしはっきりと言った。
「人を一人、置いてきた感覚は消えない。それでも、この世界では──全部を救える選択肢は、もう残っていない」
その言葉に、ナードは返せなかった。
ノアが小さく口を開く。
「……だから、依頼優先って言った」
ナードはノアを見る。
「最初から、こうなる可能性を考えてたんだな」
ノアは頷くだけだった。
管制官は二人に向かって、少しだけ柔らかく言う。
「今日はここまでだ。二人とも、よくやった。本当に」
その言葉は、命令でも区切りでもない。ねぎらいだ。




