第四話 スケーターボーイ(後編)
---三人称視点---
タピアJrがそう言うなり、
トッドとカレンは眼前の配信者に視線を向ける。
すると周囲のスケーターや見物客や野次馬も沸いた。
「OH! 観ろよ、イーサンだぜ、イーサン!」
「おお、イーサンの滑りをリアルタイムで観れるとは!
こいつは超ラッキーだぜっ!」
「オレ、写真撮ろう!」
「アタシは動画を撮るわ」
周囲の見物客が瞬く間に撮影者に変貌する。
だがイーサンは、特に緊張した素振りも見せずに、
自分のボードを地面に置いた。
――正直、それ程の男には見えんな。
――体格も小柄だし、手足も長くない。
――喋りやパフォーマンスが売りの配信者か?
トッドは最初の頃はそう思っていた。
だがいざイーサンが滑り始めると、その考えを即座に改めた。
イーサンはボードに乗ると、華麗に滑り始めた。
それから数秒後、いとも簡単にデッキを回し、グラインドを決める。
周囲から歓声が沸くが、イーサンは無言で滑り続ける。
傍目にはスケートボード競技の難しさは、分かりにくいが、
イーサンは誰もが沸く大技や地味だが、
基本がしっかりした小技も得意としていた。
イーサンはデッキを揺らして進み、
滑りながらデッキと一緒に跳び上がる。
そして近くにあったパイロンを軽く飛び越えた。
イーサンは何度も跳び上がっていたが、
その高度はまるで落ちなかった。
これだけの滑りを見せても、
イーサンの上半身と下半身は、とても安定していた。
意外に良い体幹だな、とトッドは軽く感心する。
その後もイーサンは、ジャンプしながらデッキを回したり、
レールをデッキに乗せながら進んだり、
カーブにデッキの先端をかけて滑ったりと、
様々な技を披露していた。
まるで両足がデッキに吸い付いているようにみえた。
「OH! イッツクール!」
「凄い、凄い、マジでクールだよっ!」
周囲の見物客に交わり、
タピアJrが上機嫌で叫んだ。
技が決まるたびに、見物客は拍手をしていて、
イーサンも気を良くしたようだった。
そして滑り終えたイーサンが見物客に向かって、
右手でサムズアップした。
「Mr.イーサン、貴方のファンです!
良かったら一緒に写真を撮ってもらえませんか?」
タピアJrがイーサンに歩み寄る。
するとイーサンが「あっ」と声を漏らした。
「君はあの時の……」
「え? 何ですか?」
イーサンの言葉にタピアJrが首を傾げる。
するとイーサンはゴーグルを額に上げて、
装着したヘルメットを外した。
「俺だよ! 俺、俺っ!」
イーサンの素顔が晒された。
イーサンの素顔を見て、Jrが「あっ」と叫んだ。
「あの時のホームランボールのお兄ちゃんっ!?」
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「ホームランボールのお兄ちゃん? 何だ、それ?」
予想外の展開にトッドがそう突っ込んだ。
「えーと、前にトッドの試合を観に行った時に、
Mr.オオツキがホームランを打ったんだけど、
そのホームランボールをボクとこのイーサンとで取り合ったんだ」
「成る程、そういう事か」
「うん」
「ええ……そうなんですよ。
って貴方はトッド・ステアーズ選手じゃないですかっ!?」
「えっ?」
イーサンがそう叫ぶなり、
周囲の見物客の視線が自然とトッドに向いた。
するとしばらく沈黙が続いたが、
その後は蜂の巣を突ついたような大騒ぎになった。
「うおおおおっ! トッドだ! トッド・ステアーズだ!」
「ウソッ!? 生トッドも超イケメンじゃん!」
「写真! 写真、一緒に撮っていいですか!」
「うおっ……これは予想外の展開だ!」
男女問わず多くの見物客がトッドに押し寄せるが、
そこは現役メジャーリーガーのスーパースター。
多少の動揺を見せながらも、
トッドは野次馬と化した見物客の要望を応えていく。
「ハイ、ハイ、出来る範囲で対応するから、
皆、きちんと順番待って頂戴ね」
「ハーイッ!」
きびきびと動くトッドを観て、
Jrとカレンも呆然とする。
「うわー、凄い人気だなあ~。
やっぱりトッドってスパースターなんだね」
「うん、ファン対応がネ申ってるわ。
それになんか本人も楽しそう」
Jrとカレンがそれぞれ感想を漏らす。
そして約三十分後。
トッドが一通りのファンサービスを終えた。
「ふう、疲れた、疲れた」
「ハイ、トッド、お疲れ様。
喉渇いたでしょ? コークをあげるよ」
「おお、Jr。 サンキュー」
そう言って、トッドはJrからコークの入ったペットボトルを受け取った。
するとイーサンがこちらの方をチラチラ見ていた。
「やっぱ本物のスーパースターは違うな」
感心した表情でそう言うイーサン。
するとJrが軽くフォローの言葉を投げかけた。
「いやイーサンだって、スターだよ
ヤウチューブの登録者数も数十万人じゃん」
「いやいや、ボクなんてまだまださ」
「Jrが好きなヤウ・チューバーと
オオツキのホームランボール取り合ってたとはな。
世の中、案外狭いもんだな。
えーとイーサンは、ベースボールが好きなのか?」
「え? は、はい……」
自信なくそう答えるイーサン。
本当はホームランボールをネットオークションに
出すつもりだった、なんて事は口が裂けても言えない。
イーサンはヤウ・チューバーとして、
それなりの収益を上げていたが、
その大半は学費と生活費に消えていた。
また彼はかなりの母親好きで、
余った収益の多くを母親孝行にも使っていた。
だから趣味であるカメラ撮影の為に、
新しいカメラが欲しかったが、
元々、貧乏性な彼は何とか安く買えないか。
と、思って母方の祖父母の家へ行った時に、
大月翔太が出ている試合チケットが
たまたま手に入ったので、野球場へ顔を出した、という具合であった。
しかし今回の件で転売目的を少し反省した。
何というかいざメジャーリーガーを前にしてみると、
トッドの素晴らしいファンサービスを観て、
自分の矮小さに少し自己嫌悪してしまった。
「Mr.ステアーズ、サイ・ヤング賞の受賞おめでとうございます」
「おお、サンキュウ。
オレも暇なときには、お前さんの動画観る事にするよ」
「ありがとうございます……」
「とりあえず落ち着いたし、また滑ろうよ?」
「Jr、そうだな。
オレ達もまた滑ろうぜ」
そうしてトッド達は、またパークで滑り出した。
色々サプライズな出来事はあったが、
トッド達は、イーサンや他のスケーターと一緒に、
パーク内を滑り、最高の週末を過ごした。
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翌日の正午過ぎ。
トッド達は空港に行き、帰りの飛行機に乗った。
そして数時間のフライトの後、サンフランシスコに到着。
三人は空港を出て、
レジーとの待ち合わせ場所であるホテルに向かった。
「おう、トッド。 無事に小旅行を終えたようだな」
「嗚呼、おかげさんで身のある小旅行になったよ」
「パパ、聞いてよ。
前にオオツキとトッドの試合を観戦に行って、
二十歳くらいの男の人とホームランボールを取り合ったでしょ?」
「嗚呼、そう言えばそんな事もあったな」
「それでニューヨークに行ったらさ。
そのお兄ちゃんと再会して、
彼がボクの好きなヤウ・チューバーだったんだよ!」
「うおっ……マジか? なんかスゲえな」
「マジだよ、レジー。
オレもその青年と仲良くなったよ」
「……私も凄く楽しかったです」
さらりとそう言うカレン。
「そうか、Jrとカレンも楽しんだか?」
「うん」「はい」
「そうか、それは良かったぜ。
トッド、色々世話を焼いてくれてありがとうな」
「良いって事よ、ところで受け持ちの選手は勝ったのかい?」
「嗚呼、見事ノックアウト勝ちさ」
レジーがそう言うと、
トッドが「ピュー」と口笛を鳴らした。
するとレジーも照れくさそうに笑った。
「この埋め合わせは今度するよ」
「良いって事さ、オレも楽しんだからね」
「そうか、Jrとカレンもお礼を言いなさい」
「うん、トッド! また何処か連れてってね」
「トッドさん、この度は本当にありがとう」
笑顔で手を振るJrと丁寧にお辞儀するカレン。
この姿を見れば、二人の引率した甲斐があったというものだ。
「じゃあトッド、俺は二人を車で送るよ。
またいつでも気軽に電話でもメッセでもしてくれ」
「嗚呼、じゃあ二人とも元気でな」
「うん」「ええ」
こうしてトッドとJrとカレンの三人の小旅行は、
とても楽しいものとなった。
厳しいレギュラーシーズンを戦ったトッドとしては、
最高の息抜きとなり、最高の休日となった。




