最終話 シルバースラッガー
---ステアーズ視点---
完璧なファスト・ボール。
恐らく球速も100マイル(約160キロ)を超えていただろう。
だがバッターボックスのセイヤ・スズモトは、
バットをコンパクトに振って、
オレの投げたファスト・ボールをミートした。
カコン、という音と共に打球がライト方向に飛ぶが、
これは完全なファール・ボールだった。
……。
オレのファスト・ボール。
しかもアウトコース低めの球を当てるとはな。
セイヤ・スズモト。
良い打者とは思っていたが、ここまでやるのは計算外だった。
だが面白い、これだからベースボールは面白い。
オレは捕手レイモンのサインに目を向ける。
レイモンのサインはインコース低めのカーブ。
但しボール球を要求している。
まあピッチングはコンビネーションが大事だからな。
オレはレイモンのサインに従い、
インコース低めにカーブを投げた。
打者のスズモトは悠然とボールを見送った。
これは完全にボールと読まれたな。
選球眼も良さそうだな。
次のサインは同じくインコース低め。
球種はファスト・ボールでストライクを要求。
恐らくレイモンは、
決め球にファスト・ボールをインハイに要求するだろう。
それがオレが一番投げたがっているボール。
という事も了解してくれている。
だからオレもレイモンのサインに頷き、
ワインドアップから、全力で右腕を振り抜いた。
腕に毛細血管が切れる感触が伝わる。
毎度の事ながら、この感触があると、
速い球を投げているという実感が沸く。
そしてファスト・ボールが要求コースに迫る。
スズモトは少し引き気味に構えて、ボールを見送った。
スパンッ、小気味の良い音がキャッチャーミットから響く。
「ストライークッ!」
審判がストライクを宣告。
これでカウント的にはツーエンドワンとなった。
まあ今の球は見送るような。
あの速度でインコース低めはそうは打てない。
だがこれも最後にインハイで三振を取る布石に過ぎない。
次のサインはアウトコース低めに高速スライダー。
レイモンはボールを要求。
オレは小さく頷いて、再び大きく振りかぶった。
オレの右腕が大きく振り抜かれて、
右腕に軽い衝撃を感じる中、
投げられたボールは要求コースを少し外れた。
だがレイモンが身体を低く構えて、
少し外れたボール球を華麗にキャッチした。
ちょっとばかし曲がり過ぎたな。
これでカウントはツーエンドツー。
さあて、ここからが本当の勝負だ。
オレはレイモンのサインを確認する。
レイモンのサインはインハイにファスト・ボール。
そう、そう、これで良いんだよ。
ベースボールは速い球を投げて、
打者が速い球を打つ、こういうシンプルな勝負が良いのさ。
さあ、セイヤ・スズモト。
オレの全力のファスト・ボールを見るが良い。
――ここで決めるっ!
大きなワインドアップモーション。
そして右腕をこれでもかというくらい振り抜いた。
――なっ!?
それと同時にスズモトが軸足で地面を蹴るように、
下半身からスイングを始める。
腕を畳んだコンパクトなスイング。
だが左肩が開かないように、
身体のバランスを保っていた。
するとスズモトのバットがインハイのファスト・ボールを
ミートして、打球がグングンとレフトスタンドへ向かった。
「マジかよっ!?」
オレは思わずそう叫んだ。
オレのファスト・ボール。
しかもインハイのボールを打つのか!?
だが打球はスタンドには届かず、
フェンスに直撃して、フェア・ゾーンに落ちた。
レフトのエレンがすぐにボールに拾いに行くが、
スズモトは余裕を持って、二塁に到達した。
レフトフェンス直撃のツーベースヒット。
この事実にオレは動揺を隠せなかった。
タイムがかかり、内野陣がマウンドに集まった。
それと投手コーチから伝令が届いた。
「トッド、どうする? まだ投げるか?
と投手コーチが言ってるぞ」
伝令役のスプリンガーの言葉に、
オレは首を大きく縦に振った。
「嗚呼、投げさせてくれ、と伝えて欲しい。
球数も100超えた程度だし、まだ無失点だ。
ここでリリーフ陣に任せるのは、個人的には嫌だ」
「そうか、分かった。 そう伝えるよ」
そしてスプリンガーが三塁ベンチに戻り、
投手コーチと二言、三言と言葉を交わす。
投手交代コールはない。
良し、続投だ。
だが次の四番打者には三遊間を抜かれたヒット。
これでツーアウト、走者一、三塁となった。
しかし投手コーチは動かなかった。
そこでオレは冷静さを取り戻し、
インコースとアウトコースに三種類のカーブを投げ分けて、
五番打者を三振に打ち取った。
ふう、これで何とか無失点を継続。
だがここからが本当の勝負だ。
そしてオレは一塁側ベンチに戻るセイヤ・スズモトを睨みつけた。
どうやらオレは思い違いしてたようだ。
セイヤ・スズモトは、オレが思っていた以上に良い選手だ。
彼はシルバーでも真のシルバー。
シルバースラッガー賞を狙える逸材だ。
だがオレも簡単には打たれないぞ。
この試合なんとしても勝つ。
オレはそう思いながら、三塁ベンチへ向かった。
---誠也視点---
試合は既に九回に突入していた。
八回の表はパブスのリリーフ陣が踏ん張って無失点。
八回の裏のウチの攻撃は、
相手投手のステアーズの多彩な変化球攻めで、
三者凡退に終わった。
そして九回表もリリーフ陣が抑えて0-2のまま、
最後の攻撃である九回の裏を迎えた。
そこで先頭打者の九番ジョーが四球で出塁。
1番打者は三振に打ち取られたが、
二番のガイル・ダッカーが意地を見せて、
ステアーズの甘い変化球をレフト前ヒットを打ち、
ワンアウト、走者一、二塁となった。
そしてオレは四度目の打席に入った。
マウンド上には相変わらずトッド・ステアーズが居た。
どうやらティターンズベンチは、
最後までステアーズに投げさせるようだ。
だがオレとしてはその方が良い。
今日の対戦成績は三打数二安打。
奴のファスト・ボールにもタイミングが合っている。
もしここでホームランを打てば、
3-2でパブスの逆転勝利で地区優勝が決まる。
尤もそうそうそんな展開を狙えるわけではない。
だがオレはあえてこの打席でホームランを狙う。
それはチームを勝たせるという意味もあるが、
オレという選手を一時的でも全米。
そして日本中に名を知らしめる為だ。
こういう時は個人の成績より、
チームの勝利を優先すべきだ。
という声があるのもよく理解している。
でもオレだって一人のメジャーリーガーだ。
自分のバットで試合を決めて、
全米、日本中の注目を浴びたい。
そうすれば今日だけはオレがヒーローで居られる。
だがやるからには全打席を集中して打つ。
ステアーズは並の投手じゃない。
いやハッキリ云えば天才投手の類いだろう。
でもオレもそれなりのスラッガーだ。
だからここはエゴを出して、奴の球を打ちに行く。
そしてオレは右打席に入り、バットを構えた。
恐らくステアーズは、
決め球にまたインハイのファスト・ボールを投げるだろう。
コイツの事はあまり好きじゃないが、
コイツの投げるファスト・ボールは嫌いじゃない。
いかにもファスト・ボールです。
といった直球勝負は日米問わず好きだぜ。
「プレイ!」
オレの後ろから審判の声がして、
それに合わせて二人のランナーがそっと離塁する。
サイン交換を終えたステアーズが、
チラリと二塁ランナーを確かめた。
そしてセット・ポジションからボールを投げた。
「ストライクッ!」
外角低めにスラーブが決まった。
ちょっとこのボールは打てないよな。
とりあえず追い込まれるまで様子見だ。
オレはそう心で呟きながら、深く息を吸う。
そしてゆっくりと吐く。
バットを構え、ピッチャーをチラリと見た。
マウンド上の長身白人投手。
トッド・ステアーズは自信満々の表情だ。
――必ずお前を三振にしてやる。
という心の声がここまで聞こえてきそうだ。
その右手からボールが投げられた。
スパンッという音がキャッチャーミットから響く。
「ボール」
今度はインコース低めにカット・ボールが投げられた。
コースはギリギリ、僅かの差でボールになった。
そろそろバットを振るか。
再びステアーズが投球動作に入り、
その右腕が力強く振り下ろされる。
外角低めの球だ。 咄嗟にそう判断して、
オレは思いっきりスイングした。
「ファールッ!」
ボールにバットは当てたが、
僅かに落ちたようだ。 多分、球種はSFFだ。
でもタイミングは合っていた。
これでツーエンドワン。
形式的には追い込まれたが、ここは慌てない。
恐らくもう一球遊ぶだろう。
でもストレートをカットする体勢は取っておこう。
サイン交換を終えたピッチャーが、セットポジションから投球した。
ボールは大きく弧を描く。
これはカーブだな、でもインコース低めに外れる。
オレは少し身をよじらせて、ボールを見送った。
「ボール!」
これでツーエンドツー。
もう遊び球はないだろう。
次こそファスト・ボールが来るだろう。
それもとびっきりに速いヤツがな。
「タイム!」
オレは咄嗟にタイム要求すると、
審判がそれを認め、タイムと叫び両手を上げた。
オレはバッターボックスを出て、呼吸を整える。
そして一度、二度と軽く素振りする。
うん、スイングの調子も良い。
ならば自分を信じて、全力でバットを振る。
オレはそう思いながら、打席に戻った。
サイン交換を終えて、
マウンド上のステアーズが微笑を浮かべた。
成る程、投げたいボールというわけか。
上等だ、勝負してやろう!
そしてステアーズがセット・ポジションから、
第五球目を投げた。
真っ直ぐな軌道の回転の良くかかったボール。
100マイル(約160キロ)は出てるだろうファスト・ボールが
凄い音を立てて、インコース高めに迫って来た。
――必ず打つ!
オレは両腕を畳んで、バットを一閃した。
快音が響いた。
良し、真芯でとらえた!
そして打球はラインドライブを描いて、
レフトスタンド後方へ落下した。
……130メートルは飛んだな。
レフトに居た選手は一歩も動いてなかった。
打たれた瞬間、レフトを見たステアーズが
呆然とした様子でこちらを見ていた。
それと同時に観客席から大歓声が沸き起こる。
一塁ベンチからもチームメイトが飛び出す。
そんな中、オレはダイアモンドを軽く一周する。
その最中、マウンド上のステアーズをチラ見すると、
ふと視線が合った。
ステアーズは、苦笑しながら両肩を竦めた。
ホームベースを踏むと、
チームメイトが駆け寄って来た。
まるで漫画のような展開。
オレの中にも強い喜びが生まれた。
オレは軽く笑いながら、
チームメイト達とハイタッチを交わす。
不思議なもんだな。
打席に立つ前はヒーローになる事ばかり考えていたが、
いざ実現されると、何処か冷静な自分が居た。
そうだな。
やっぱり自分がヒーローになる事も大事だが、
チームメイト、そして観客席のファンと一緒に喜ぶ。
これがプロ野球選手の醍醐味だろう。
オレはまだ金ではなく、銀かもしれない。
今のメジャーリーグにまごう事なき金が居る。
でもアイツは、大月は特別な存在。
きっとこれからもアイツと比較されるだろう。
だけどそれはそれで光栄かもしれない。
そしてオレもいつかは金。
あるいは銀を極めたシルバースラッガーになる。
でも今日だけは皆と勝利に酔いしれよう。
その後、ヒーローインタヴューや優勝セレモニーなどが
行われたが、オレは無難な事しか言わなかった。
だがこの日飲んだビールは、とてつもなく美味かった。
でも明日になれば、残りゲーム。
それとポスト・シーズンが待っているが、
今この時を最大限に楽しもう。
プロ野球選手は、メジャーリーガーは所詮、個人事業主。
自分の成績が悪けりゃ解雇もされる。
時にはファンにぼろくそ言われる事もある。
それに対して、腹立つ事も珍しくない。
でも結果を出せば、
このように一緒に喜ぶ事が出来る。
これが野球の本場の国アメリカなのだ。
オレは野球以外では、
アメリカという国の事はあまり知らないが、
この国はこの国で日本と違う良さがある。
だって活躍すれば人種なんか関係なく称賛される。
白人の選手も居れば黒人、中南米の選手。
そしてアジア人、オレ達のような日本人選手も居る。
その全てを受け入れて、
全てごちゃまぜにしたのがメジャーリーグだ。
オレが後、何年現役で居られるかは、
分からんが、自分の納得出来るプレイが出来る間は、
まだまだプロ野球選手として人生を歩むつもりだ。
「自由の国、万歳っ!」
オレはスタンドの観客に向かって、そう叫ぶ。
こうしてオレの2025年のレギュラーシーズンは、
優勝という結果に終わった。
でも俺自身はまだまだ満足していない。
だからまた明日から全力でプレイするぜ。
何故ならオレはメジャーリーガーだからな。
Silver Slugger・終わり
これにて『Silver Slugger』【本編】は完結です。
本作はいでっち51号さん主催の「アメリカになろう」の投稿作品ですが、
最初に「アメリカ」というワードを聞いても、
イマイチピンと来ませんでしたが、
今、全米と日本全国を騒がすスーパースター大谷選手。
それと同様に本年度、好成績をあげたシカゴ・カブスの
鈴木誠也選手にスポットを当てて、本作を書く事にしました。
個人的にはNO1よりNO2を応援したくなる判官贔屓で、
鈴木選手の活躍を本作を通じて少しでも広めたい。
というコンセプトで本作を書きました。
まあ多少、現実のMLBとは少し違う結果になりましたが、
その辺はフィクションという事にしてください。
本作を最後までお読みになっていただき、本当にありがとうございました。
尚、本編はこれで終わりますが、
リアルのポスト・シーズンに合わせて、
トッド主役の後日談を後6、7話書く予定なので、
そちらの方でもお付き合いして頂けたら、幸いです♪




