第二話 天才VS天才
---ステアーズ視点---
試合開始のサイレンが流れると、
観客席の観客が大きな声で歓声を上げた。
毎度の事ながら、この瞬間はテンションが上がるぜ。
これは先発投手にだけに与えられた特権だな。
オレとしては、当然地元のファンの期待に応えたいところだ。
と思いつつ前方を見据えると、
捕手であるレイモンが最初のサインを出した。
大事な最初の一球のサインは、インハイへの真っ直ぐ。
成る程、流石はオレの女房役のレイモンだ。
オレがこの場で投げたい球をよく理解してくれてる。
オレはチーム名が印字された白いユニフォームに黒い帽子、左手に黒いグラブという格好で、
ワインドアップモーションで左足を上げながら、
右手に持った硬球を捕手のミットに向かって、
全力で投げつけた。
半瞬後。
スパァンッという音と共に捕手のミットに硬球が収まった。
尚、左打席に入った大月は悠然とこの球を見送っていた。
……良い見送りだ。
「ストライクッ!」
審判が大声でストライクコールした。
これでワンストライク。
そして球場のディスプレーに「105マイル」と表示がされるなり、
観客席からどよめきが起きた。
いいね、いいね。
このどよめきが最高だぜ。
やはりベースボールはファストボールとホームランさ。
でもここで調子に乗ってはいけない。
捕手レイモンの次のサインは外角のカーブ。
但しコースぎりぎりのボール球。
オレはサイン通りに外角にカーブを投げた。
放物線を描いた球が外角に迫るが、
相変わらず大月は悠然とした態度でボールを見送った。
「ボール!」
審判が大声でボールを宣告。
これでワンエンドワン。
ここまでは順調だな。
さて、次のサインは……。
レイモンの次のサインは、
内角低めのカット・ボールだった。
成る程、決め球にファスト・ボールを使う布石か。
まあ本当は全部ファスト・ボールで勝負したいが、
流石に大月相手には、それは無理という話だ。
オレは再びワインドアップモーションで左足を上げながら、
右手に持った硬球を捕手のミットに向かって全力で投げた。
すると大月が打席の中で軽くステップして、
オレの投げた内角低めのカット・ボールを両手に握った黒バットでミートした。
大月の黒バットにミートされた硬球がライトスタンドへ飛んでいくが、
芯が外れていたので、途中で軌道が逸れてファール・ボールとなった。
「ファールッ!」
審判が大声でファール・ボールを宣告。
これでツーエンドワン。
投手にとっては有利なカウントとなった。
オレは両眼を細めて、次の捕手のサインを見る。
レイモンのサインは外角低めのスラーブだった。
悪くねえ、組み立てだがオレは首を左右に振った。
すぐさまレイモンが次のサインを出す。
今度は同じコースにSFF、これも首を振って拒否。
するとレイモンは両手を広げておどけたポーズを取った後に、
同じコースにファスト・ボールのサインを出した。
オレは笑顔を浮かべて、首を縦に振った。
勿論、この後の対戦を考えたら、
大月相手にファスト・ボール中心に攻め込むのは危険だ。
この男はファスト・ボールに滅法強いからな。
でも今日の最初の対決は、
あえてファスト・ボールで勝負する。
それがオレの投手としての自尊心だ。
――この勝負はこれで決めるっ!
そしてオレは左足を上げ、振りかぶって投げた。
投げた球のコースは、サイン通りにアウトコース低めだ。
この打席で初めて大月がバットを振った。
「っ!?」
何というスイング・スピードだ。
その凄さで思わずオレの背中に悪寒が走ったが、
オレの投げたファスト・ボールは綺麗にキャッチャー・ミットにおさまった。
「ストライク! バッターアウトッ!」
審判が大声で大月の三振を宣告。
そして球場のディスプレーに「105マイル」と表示されるなり、
観客席が「どっ」と沸いた。
だが当のオレは複雑な心境だった。
大月のスイングを見た瞬間、
その速さに圧倒されてしまった。
それでいて綺麗なフォーム、ある種のお手本だ。
「トッド! ナイス・ピッチ!」
「あ、ああ……」
二塁手のワイルスがそう声を掛けてくれたので、
オレも少しだけ落ち着きを取り戻した。
……やはり大月は凄い、並の打者じゃねえ。
次の対戦以降はレイモンのサイン通りに投げよう。
個人的勝負はいつでも出来る。
今は一つでも多く勝って、
首位のドアーズとのゲーム差を埋めてやるぜ!
---------
その後のオレのピッチングは、パーフェクトだった。
大月以外の打者はファスト・ボール中心に攻めて、
大月にはコーナーを狙って、変化球中心で攻めた。
その結果、大月の第二打席はセンター・フライ。
第三打席はジャスト・ミートされたが、
オレが咄嗟にグラブを出して打球を捕り、
結果的にはピッチャー・ライナーに終わった。
そして気が付けば、9回まで無安打無得点。
それどころか走者一人すら出してなかった。
だが9回表に先頭打者を四球で歩かせてしまった。
これで完全試合はなくなり、
次の8番の打者がここで送りバント。
一死二塁となり、次の打者9番を三球三振。
二死二塁で大月の第四打席を迎えた。
スコアは1-0、二塁走者が帰れば同点だ。
オレはふとベンチに目を向けた。
監督からは何もサインが出ていない。
つまり大月と勝負していい、という事だ。
いいね、いいね。
やっぱりベースボールはこうでなくちゃな。
投手がファスト・ボールを投げて、
打者が全力で打つ。
単純明快だがこういう勝負、試合が一番燃えるのさ。
オレは気持ちを高ぶらせて、
セット・ポジションで全力のファスト・ボールを投げた。
次の瞬間、大月のバットがオレの全力のファスト・ボールを
ミートして、打球はレフトスタンドへ飛んでいった。
だがギリギリのところでファール・ボールとなった。
……。
球場のディスプレーに「102マイル」と表示された。
9回まで一人で投げてきたから、
多少の疲れはあるが、それでも球はまだ走っている。
にも関わらず今のようにジャスト・ミートされた。
これはもう素直に大月を褒めるべきであろう。
次の球は外角低めのカーブを外して、
ワンエンドワン。
3球目は内角低めのファスト・ボール。
だがこれは僅かに外れて、ワンエンドツー。
4球目は外角低めにSFFが綺麗に決まりストライク。
これでツーエンドツー。
形的には打者を追い込んだ。
だがオレには分かっている、ここからが本番という事を。
ここでオレが大月を押さえれば、無安打無得点試合。
打たれたら、たちまち同点で、オレの勝ち星は消える。
でも良いんだ。
オレはこういうひりつく勝負がしたいんだ。
そして捕手の次のサインは、
内角高めのファスト・ボール。
流石はレイモン、ここで投げるボールを理解している。
ただ勝つだけじゃ意味がない。
今、MLBを沸かせているスーパースターを
ファスト・ボールで打ち取る。
観客のファンが望んでいるのはこういう光景だ。
良いぜ、オレも全力で勝負してやる。
……行くぜ、ここで決めるっ!
オレはセット・ポジションから、
全力で右腕を振りぬいて、球を投げ込んだ。
その一瞬、オレはハッとなった。
球に対する指の引っかかりがおかしかった。
マズい、失投だ。
大月が両腕を畳んで、バットを振り抜いた。
それと同時に快音が鳴り響く。
レヴェレイション・パークの観客席がどよめいた。
大月の打球がライン・ドライブを描いて、
レフト・スタンドへ飛び込んで行った。
走者二人がゆっくりとホームベースをかけぬけた。
気が付けば試合のスコアは1-2となっていた。
……やっちまった。
この土壇場でまさかの失投。
そして本当に良い打者は失投を逃さない。
オレは悔しさのあまり、
左手に嵌めた黒いグラブをマウンドに叩きつけた。
尚、ホームランを打った大月は無表情で、
黙々とベースを回り、ホームベースを軽く踏んだ。
……。
この悔しさ、絶対に忘れないぞ。
次こそは必ず全打席抑えてやる。
オレはそう思いながら、
マウンドに落ちた黒いグラブを拾い上げた。
そして結局、試合は1-2で終わり、
ドアーズの勝利、オレには負け星がついて11勝3敗となった。
---三人称視点---
一方、その少し前のレフト・スタンドでちょっとしたトラブルが起きていた。
トラブルの原因は、大月のホームラン・ボールを巡っての事だった。
最初は20過ぎの白人の男が大月のホームラン・ボールを
素手でキャッチしたが、素手であった為、
ボールをスタンドの床に落とした。
それをメキシコ系移民の小学生くらいの男の子が
自分の茶色のグラブで床に落ちたボールを拾ったのだ。
すると最初にボールをキャッチした白人の男が男の子に
「それは俺がキャッチしたボールだ」
と、主張し始めたのだ。
この男の名前はイーサン・ジョブス。
男性21歳、白人の171センチ、職業は大学生。
趣味はカメラ撮影とスケボー。
わざわざベースボール・パークに観戦に来てたが、
特にベースボールが好きという訳ではない。
ただ大月のホームラン・ボールを入手出来たら、
ネット・オークションに出して小金を得るつもりであった。
もっともそれ程、本気ではなく、
何となくそうなれば良いかも、という軽い気持ちであった。
だが幸か不幸か、大月が打ったホームラン・ボールが
レフト・スタンドで観戦していたイーサンの許に飛んできた。
打球は一度スタンドに落ちて、
何度か跳ねたところでイーサンが左手にキャッチしたが、
硬球を素手で捕球した痛みで、ボールを床に落としてしまった。
それをメキシコ系移民の小学生の男の子が
自分の茶色のグラブで拾い上げた。
イーサンはあまり人とコミュニケーションを取るのが得意ではない。
だが今、彼は新しいカメラが欲しかった。
このボールを上手く転売すれば、
新しいカメラが買える。
だからイーサンは子供相手に、
ホームラン・ボールの所有権するという行為に及んだ。
「ボク、そのボールを最初に触ったのはオレだよ」
「でも最後に拾ったのは、ボクだよ!
だからこのホームラン・ボールはボクのものだよ!」
「いや……オレにもそのボールの所有権があるよ」
「やだよ! 絶対にこのボールは渡さないよ!」
「……」
「兄ちゃん、その子の言う通りだよ。
アンタも良い大人なんだから、
こういう物は素直に子供に譲りなよ?」
近くの四十過ぎの禿頭の黒人男性がそう口を挟んで来た。
するとイーサンはその黒人男性に視線を向けて――
「……部外者は黙っててくれない?」
「あっ? 何だ、その言い方は?」
と、禿頭の黒人男性も眉間に皺を寄せた。
「まあ、まあ、そう熱くなるなよ?
そこの兄ちゃん、その子はオレの息子なんだよ。
大月見たさにわざわざ別の州から来てさ。
だからこのホームラン・ボールは、
ウチの息子のモノ、という事にしてもらえないか?」
「……っ!?」
イーサンは声の聞こえた方向へ視線を向けた。、
そして目の前に立つ茶髪の坊主頭の男性を見るなり、
イーサンの全身の毛が逆立った。
その男は特別、強面であった訳でもない。
身長もイーサンより一、二センチ低そうだ。
だが全身から醸し出すオーラが常人のそれとは違った。
よく見ると上着の黒い半袖シャツの下から入れ墨のようなものが見えた。
なんの入れ墨だ、何かの女性像のように見える。
イーサンは思わず「ごくり」と喉を鳴らした。
「……兄ちゃん、頼むよ?
ここは大人として子供に譲るべきじゃないか?」
「……分かりました。
そのボールの所有権を放棄しますよ」
「そうか、そうか、ありがとうな!」
「わーい、流石はパパ。
これでこのホームラン・ボールはボクのものだね!」
「おお、そうだぞ! 友達に自慢出来るな」
「うんっ!」
和やか雰囲気で会話を交わす父子。
イーサンは背を向けて、この場からゆっくりと立ち去った。
――あの親父、何処かで見た気がする。
――それに凄い重圧感を感じた。
――見た目は気の良い親父に見えるが
――アレは絶対只者じゃない。
――でも正直ボールは惜しかったな。
球場から出たイーサンは、
夕焼けでオレンジ色に染まった空を見上げた。
「野球の国で、日本人がホームランを打って、
アメリカ人と移民の子供がボールを取り合い。
これはこれでアメリカ的な自由なのかもな。
自由の国!万歳! ……なんてな」
その頃、ホームラン・ボールを取った男の子は、
父親に肩車されながら、大はしゃぎしていた。
「ありがとう、パパのおかげで
大月のホームラン・ボールがボクの物になったよ」
「良いって事さ、人生は短い。日々、何人もが亡くなっていく。
とにかく、無駄な時間を過ごすなよ、とにかく、楽しい時間を過ごせ」
そう言って上機嫌で移民の親子は、帰路に着いた。
次回の更新は2025年9月5日(金)の予定です。
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