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09 事件発生



 化粧室に行ったエヴァはげんなりした。


 長蛇の列。


 だが、他の化粧室は教えられていない。


 どこかにありそうだが、場所がわからない。


 並ぶべきか、一度戻ってドノヴァンに別の化粧室を教えてもらうかと考えていたエヴァの側で呟く女性がいた。


「凄い列……さすがにつらいわ」


 エヴァと同じ気持ちだった。


「そうですよね。さすがにこれほどとは思いませんよね」


 エヴァは共感できると思って話しかけた。


「別の化粧室に行ったほうが良さそうね」

「別の化粧室がある場所をご存知でしょうか? 私はここしか知らなくて」

「ついて来て。穴場を教えてあげるわ」


 助かったと思いながら、エヴァは女性についていった。


 女性はひと気のない方へ向かって行く。


 夏の夜会の会場から遠ざかっていた。


 そういう方向にある化粧室は不便だけに混んでいないのだろうとエヴァは思った。


「ここよ」


 女性が教えてくれたのは小さな化粧室だった。


「豪華ではないの。王宮に勤務する者が使う化粧室だから。でも、この時間ならがら空きよ」

「そうですね!」


 エヴァは化粧室に入った。


「さすがに誰もいないですね」


 遠い場所まで来ただけに、できるだけ早く戻ろうとエヴァは思った。


 ところが、廊下に出るためのドアが開かなかった。


「えっ?」


 ノブを回しても、ガチャガチャというだけ。


「廊下側から鍵がかかるの?」


 次の瞬間、エヴァはハッとした。


 エヴァに化粧室の場所を教えた女性は化粧室を使いに来たようだった。


 だが、化粧室に入ったのはエヴァだけ。


 先に入ったので、あとから女性が入ったところを見ていない。


 見知らぬ女性。名乗ってもいない。


 ――名乗らない者は怪しい。騙される可能性がある。


 ドノヴァンの言葉がエヴァの頭の中に思い浮かんだ。


 待って、落ち着いて……。


 女性は化粧室の様子を見ただけで、自分は使用するつもりがなかった。


 だが、エヴァが別の化粧室がないか知りたがったため、穴場を教えてくれた。


 何らかの事情でドアが開かなくなってしまい、女性は助けを呼びに行ったのかもしれなかった。


「すみません! 誰かいませんか?」


 エヴァは思い切って声を上げた。


 だが、返事はない。


「ここは王宮に勤務する者が使う化粧室だから……月曜日になれば、誰かが来るわよね?」


 現在、土曜日の夜。


 座れる場所がある。トイレにも困らない。


 とはいえ、会場からは遠い。発見されにくい場所だけに、早く助けてもらえる確率は少ない。


 エヴァは周囲に視線を向けた。


 見つけたのは、小さな窓。


「一階で良かった!」


 エヴァは窓の鍵を外すと迷うことなく開けた。





 ドノヴァンはイライラしていた。


 エヴァが戻ってこない。


 だが、女性用の化粧室が混雑するのは普通のことだけにおかしくはない。


 友人たちのせいでイラついていたため、余計に時間がかかっているように感じているだけだとドノヴァンは思っていた。


 だが、さすがに遅いと感じて懐中時計を取り出した。


「遅い!」


 一時間以上経っていた。


 ドノヴァンは侍従を捕まえると、母親であるデルウィンザー公爵夫人への伝言を頼んだ。


 しばらくすると、デルウィンザー公爵夫人が友人たちを連れて現れた。


「どうしたの?」

「エヴァが化粧室から戻らない」

「混んでいるのよ。今夜はかなりの人出だからどこも混んでいるわ」

「一時間以上戻って来ない。だが、ここを離れるとすれ違いになる可能性がある。そもそも私は化粧室の中に入れない」

「探してほしいのね」


 自分が呼ばれた理由をデルウィンザー公爵夫人は理解した。


「仕方がないわね。誰か見て来て」


 すぐに同行者たちが数人、その場を去った。


「母上は行かないのか?」

「エヴァが戻らないことにイラついている息子の側にいてあげる方が母親らしいでしょう?」


 しばらくすると、エヴァを探しに行った女性の一人が戻って来た。


「近い化粧室にはいません」

「別の化粧室かしらね?」

「他の化粧室を探させています。王宮の侍女に依頼したので、少し時間がかかりますが、確認できると思います」

「そう。では、ここで待つのが良さそうね」

「そこの侍従!」


 ドノヴァンが侍従を呼んだ。


「何か御用でしょうか?」

「妻が戻ってこない。私はここにずっといたのだが、すれ違ってしまったのかもしれない。デルウィンザー公爵家の馬車があるか確認してほしい。先に馬車で屋敷に戻っているのかもしれない」

「かしこまりました」


 侍従は一礼すると素早く立ち去った。


「確かに、見つからないと思って先に帰ったかもしれないわね」

 

 優秀な息子の推理に母親は微笑んだ。


「できれば、そうであってほしいわ。今夜はあまりにも人が多いから、長居しない方がいいかもね」

「そう思います」


 エヴァを心配するからこその言葉だった。





 エヴァは化粧室の窓を開け、そこから脱出しようとした。


 一階だけに高さ的な問題はない。


 だが、窓のサイズが小さい。


 ドレスのスカートがふんわりしているため、おしりのところがすんなり抜けなかった。


 もっとスリムなデザインのドレスなら問題なかったとエヴァが思っていると、騎士に発見された。


「不審者だ!」

「違います!」

「黙れ! 抵抗する場合は武器を行使する!」


 騎士が剣に手をかけた。


 エヴァは口を閉じ、言われた通りにするしかないと思った。


「指示した方へ黙って歩け。逃げるなよ? 不審な行動をした場合は後ろから斬る!」


 エヴァは牢屋に入れられた。


 取り調べをすれば、エヴァがデルウィンザー公爵家の者であることはすぐにわかる。


 空いている化粧室を教えてもらったが、ドアが開かない。そこで窓から出ることにしたと説明すれば大丈夫だとエヴァは思っていた。


 ところが、取り調べが始まらない。


 ずっと牢屋に入れられたままだった。


「今夜は警備に忙しいから? でも、普通は名前ぐらい聞かない?」


 エヴァはつぶやくが、独り言でしかない。


 牢屋といっても、石造りの壁と鉄格子がある頑丈な小部屋というだけ。


 家具は一切ないが、汚らしい場所ではない。


 一時的に拘束した者を入れるような場所で、完全に犯罪者だと判断された者を入れる部屋ではないのかもしれないとエヴァは思っていた。


「牢屋の警備が全然いないなんて……鍵をかけておけば大丈夫ってこと?」


 かなりの時間が過ぎているだけに、エヴァは自分が戻るのを待っているドノヴァンのことが気になった。


「ただでさえ怒っていたのに、こんなことになっているのを知ったらもっと怒られてしまうわよね……」


 知らない男性と話すなと注意されたあとだった。


 男性ではないが、知らない女性と話した。


 そして、化粧室のドアが開かなくなっていた。


 閉じ込められた可能性がある。よくある嫌がらせの方法だった。


「よくよく考えれば、私は同世代の女性に嫌われているのよね……」


 大学ではそれを日々感じていたが、王宮でも社交界でも同じということにまで考えが及ばなかった。


 ドノヴァンには多くの魅力がある。


 公爵家の跡継ぎでお金持ち。容姿端麗。才能に溢れた優秀な人物。冷たい印象とは裏腹に、気遣いもできれば対応力もある。意外と優しい。


 それを知った女性たちが、好きになってしまうのかも……。


 見知らぬ女性の方はエヴァのことを知っており、ドノヴァンのことで嫉妬したために嫌がらせをしたのかもしれない。


 そして、窓から出ようとしたところを偶然警備中の騎士に見つかってしまい、怪しいということで牢屋行き。


「最悪……」


 とにかく取り調べが行われ、事情を説明し、デルウィンザー公爵家の名誉を傷つけないようにしなければならないとエヴァは思った。


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