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08 多くの差



 王宮内にある立派な化粧室を見学したあと、エヴァは食事が用意されている部屋に案内された。


「スイーツもある。王宮のパティシエが手掛けているだけに、見た目がいい」

「美味しそうです!」

「味はそれほどでもない」

「まさかの見掛け倒しですか?」


 実食で確かめることになった。


「美味しいです!」

「そうか? 普通だと思うが」

「ドノヴァン様は美味しいものを食べるのが当たり前だからです。お金持ちあるあるですね」

「エヴァが気に入ったのであればいい」

「無料で食べ放題ですよね? 凄いです!」

「無料ではない。税金として集めた金で作ったものだ」

「そうですね。平民から徴収したお金で貴族が贅沢をしています」


 エヴァ自身は貴族だが貧乏だったため、その感覚は平民と同じようなものだった。


「それは適切な言葉ではない。貴族から徴収した金もこのようなことに使われている」


 デルウィンザー公爵領の税収の一部は王家と国に納めなくてはいけない。


 その額は莫大。


 王宮の夜会で無料のスイーツを提供するぐらい簡単にできることをドノヴァンが説明した。


「では、王家が一番得をしているということでしょうか? 税金を払わなくていいはずですし、全部自分たちのために使ったり蓄えたりできますよね?」

「そうとも言えない。王家は多くの組織や団体に寄付をしている。王立大学や王立学校などのような王立組織にはかなりの額を出している。これは王家の義務だ」

「知ろうとしなければわかりにくいですけれど、お金はあちこちを巡っているようです」

「世界中を旅しているのかもしれない」

「壮大ですね!」


 ドノヴァンは常に冷静沈着。その言葉も内容も現実的。


 だからこそ、違う印象を受けた時に驚き、引き込まれてしまう。


 それがドノヴァンの魅力であり、人気者である理由なのだろうとエヴァは感じた。


「ドノヴァン!」


 夏の夜会に来ていた友人の一人が声をかけてきた。


「来ていたのか。しかも、スイーツコーナーとは」


 友人の視線はエヴァに向けられた。


「可愛い妻のためかな? それとも両親からの指令で?」


 ドノヴァンはむすっとした表情になった。


「からかうために来たのか?」

「たまたま見かけたからだよ。別の部屋に皆でいる。ちょっとだけでも顔を出さないか?」

「エヴァも一緒でいいか? 王宮に不慣れだ。置いていくわけには行かない」

「男性専用の部屋だから無理かな」

「では、またにする」

「私なら大丈夫です!」


 エヴァはドノヴァンに遠慮しないでほしいと思った。


「しばらくはここで試食をしてます。その間にご友人と会われては?」

「さすがデルウィンザー公爵夫妻が選んだ女性だね」


 友人はにっこりした。


「じゃあ、ちょっとだけドノヴァンを連れて行くよ」

「お気遣いなく。ドノヴァン様、どうかご友人との時間を大切にされてください」

「すまない。少しだけ顔を出してくる」


 ドノヴァンは友人と共に部屋を出て行った。


 エヴァは良き妻と言わんばかりに見送ったが、心の中は良き妻ではなかった。


 これで遠慮なく試食できる!


 エヴァは猛然とスイーツを選びに向かった。





「失礼」


 小皿に気になるスイーツを取って食べていたエヴァは、見知らぬ男性に声をかけられた。


「さっきから結構食べているよね?」


 エヴァはドキリとした。


「甘いものが好きなのかな? 実は僕もなんだ」


 同志!


 エヴァは嬉しくなった。


「どれが美味しかったか教えてくれないかな?」

「わかりました!」


 エヴァは男性とスイーツについて語り合い始めた。





「ドノヴァン、無理をしない方がいい」


 友人たちのところに行くと、人気者のドノヴァンはすぐに囲まれた。


「社交は嫌いだろう? 夏の夜会なんか腐るほど参加して来た」

「今夜来たのはエヴァのためだろう?」

「結婚したからな」

「連れていけと言われるよな」


 勉強のために誘ったのは私だ。両親から連れていけと言われたからではない。


 ドノヴァンはそう言うつもりだったが、友人たちがしゃべる方が早かった。


「だが、好きで結婚したわけじゃない」

「両親に取りあえず結婚してみろと言われただけだ」

「うまくいかなければ、いつでも別れることができる相手だ」

「だからこそ、あそこまで身分の低い相手なのはわかっている」

「実を言うと、もっと前から姿を見つけていた。気づいていないようだから、様子を見ていた」

「あちこち案内していたな」

「中庭の噴水に行ったのは驚いた」

「無理をしている証拠だ。普通なら絶対にいかない場所だ」

「まさか気に入ったのか?」

「違うよな?」

「そのあとに、化粧室に案内していたしな」

「大笑いした」

「声を必死に抑えた」

「ドノヴァンだなと思った」

「ある意味、安心した」


 友人だからこそ遠慮しない。言いたい放題だった。


「だが、心配だ」

「学生なのに結婚させるなんて」

「ドノヴァンは両親想いだ。期待に応えるために努力してきた。だが、さすがに結婚までするのはどうなんだ?」

「相手も相手だ。差があり過ぎる」

「男爵家の令嬢だ」

「極貧のな」

「貴族で重視されるのは身分や家柄だ。頭の良さは二の次だ」

「女性は容姿も重要になる。可愛い方だが、底辺の出自を覆すほどの美人ではない」

「ドノヴァンの足を引っ張る」

「さっさと別れた方がいい」

「そうだ」

「合わない」

「エヴァはずっとつまらなさそうだった」

「ドノヴァンがわざわざ案内しているのに、愛想笑いさえ浮かべることができていなかった」

「借金を清算して貰った相手への感謝がない」

「どうせ自分は売られた花嫁だと思っている証拠だ」

「悪いけれど、うまくいかない気がするよ」

「ドノヴァンが自分で結婚したい女性を見つけるべきだ」

「賛成」

「そう思う」

「選び放題だというのに、両親が選んだ相手で我慢するなんておかしい!」

「そうだ!」


 友人たちはドノヴァンを心から心配していた。


 だからこその言葉であることを、ドノヴァンは知っている。


 しかし、全く嬉しくなかった。


「わざわざこんな話をするために、エヴァと引き離したのか?」

「ドノヴァンがいない方がエヴァも喜ぶよ」

「たぶんそうだね」

「ドノヴァンの前では大人しくしているが、本心は違う」

「あちこち連れまわされずに済んだと思っている」

「美味しいものを遠慮なく食べられると思っていそうだ」

「ドノヴァンは美食家だ。王宮料理は美味しくもなんともない。だが、極貧男爵令嬢にとっては違う」

「美味しいだろうな」

「無料で食べ放題だ。それも嬉しいだろう」

「ドノヴァンは無料で食べ放題でも喜ばない。税金が無駄に使われていないかが気になる」

「つまり、価値観が違う」

「生きる世界が違うってことだ」

「それ以上は言うな!」


 ドノヴァンは友人たちを睨んだ。


「私にもエヴァにも事情があるのはわかるな? 互いに努力している。黙って見ていればいい。余計なことはするな!」

「ドノヴァン」

「ついて来るな!」


 ドノヴァンは怒りをあらわにした。


 滅多にないことだけに、友人たちは驚くしかない。


 部屋を出たドノヴァンはエヴァのいる部屋に向かった。


 エヴァが食いしん坊でスイーツが好きなのは知っている。


 朝食や夕食で出るデザートをいつも楽しみにしていた。


 おかわりしたいが、ドレスのサイズが変わらないよう我慢するよう言われている。


 金持ちでも、金を使って好き放題にできるわけではない。


 デルウィンザー公爵家の財産は先祖から受け継いできた名誉ある立場と責務を守るため、そして仕えてくれる者、領民、支援を必要としている人々のために使うべきだと教わっている。


 言われなくてもわかっている! わざわざ言わなくていい!


 ドノヴァンはそう思った。


 今夜は余計に。


 友人に言ったように、ドノヴァンにもエヴァにも事情がある。


 苦しい状況を抜け出すための、契約結婚だった。


 周囲は勝手なことを言っているが、ドノヴァンにとってエヴァとの契約結婚はありがたいものだった。


 しかし、良いことばかりとは限らない。


 身分差も財力差もある結婚が、社交界でどう思われるかをドノヴァンは知っていた。


 別れてしまえば、エヴァは社交界に出入りできるような立場ではなくなる。関係ないと思っていた。


 しかし、エヴァが本当に好きな相手と結婚する時に関係するかもしれない。


 学校でも嫌な思いをしている。勉強に集中しにくい。友人もよそよそしくなってしまっている。一年経てばと言っていたが、それよりも早く失ってしまうかもしれない。


 ドノヴァンは後悔していた。


 エヴァの人生を変えてしまった……。


 デルウィンザー公爵家なりに配慮した条件にはしている。


 だが、それでエヴァの人生が末永く上向く保証はない。


 結局はデルウィンザー公爵家の跡継ぎ、次期当主として守られるドノヴァンとの差は歴然としていた。


 ドノヴァンはエヴァがどんな本を借りているかを知っている。


 勉強に関係するものが多いが、女性が好みそうな恋愛小説もあった。


 ドノヴァンから見れば、いかにも女性が読みそうなで好みそうな空想話でしかない。


 絶対に自分であれば借りない類の本。


 だからこそ、気づいてしまった。


 エヴァはいつか恋愛小説のように素敵な男性と出会い、結婚して幸せになりたいのだと。


 現実には難しいとしても、夢を見たい。だからこそ、恋愛小説を借りている。


 ドノヴァンは走り出した。


 早歩きではすまされない感情が心の中に溢れ、渦巻いていた。


 そして、目的の部屋に着く。


 エヴァの姿を探したドノヴァンは目を見張った。


 エヴァは男性と楽しそうに話していた。


 ――ドノヴァンがいない方が、エヴァも喜ぶよ。

 ――たぶんそうだね。

 ――ドノヴァンの前では大人しくしているが、本心は違う。

 ――価値観が違う。

 ――生きる世界が違うってことだ。


 友人たちの言葉がドノヴァンの頭の中に次々と浮かんだ。

 

 声をかけずに立ち尽くすドノヴァンにエヴァは気づいた。


「あの、すみません。とても楽しかったのですが、夫が戻って来たので……」

「えっ、夫? あ、ああ!」


 エヴァと話していた男性は、エヴァの左手に結婚指輪があるのに気づいた。


「すみません! 若い方だったので結婚されているとは……長々とお話をしてしまいました」

「スイーツの話を聞くことができて良かったです。勉強になりました。ありがとうございました」

「失礼する」


 男性はそそくさとドノヴァンがいる方とは逆の方に向かっていった。


「誰だ?」


 ドノヴァンは尋ねた。


「誰?」


 エヴァはハッとした。


「わかりません。突然話しかけられたので」

「名乗らなかったのか?」

「そうです。なので、私も名乗りませんでしたけれど」

「随分、楽しそうに話していた」

「スイーツの話だったのです。甘いものが好きな方らしくて、どのスイーツが一番美味しいかで意見を言っていました。今夜のスイーツの中では、チョコレートケーキが高評価ということで一致しました。ドノヴァン様も食べてみませんか?」

「いらない」

「ですよね。ドノヴァン様はあまり甘いものをお食べにならないですから」

「嫌いではない。夜に甘いものを食べると太る。別の時間にすればいい」

「そう言うと思いました」

「知らない者と話すな。名乗らない者は怪しい。騙される可能性がある。わかったな?」


 かなり怒っている!


 ドノヴァンから漂う強い気配にエヴァは動揺した。


「わかりました。ドノヴァン様がなかなか戻らないので、ついつい食べ過ぎてしまいました。ちょっと化粧室に行って来ても?」

「わかった」

「場所はわかるので、ここで待っていてください。何か気になるものがあれば、ご試食されてください。女性用の化粧室は混むので、時間がかかるかもしれません」

「気にするな。ここで待つ。早く行け」

「はい。では」


 エヴァは素早く移動を開始した。


 これ以上ドノヴァンを怒らせないように早く戻ろうと思ったからだが、ドノヴァンから見れば、自分と一緒にいたくないからのように感じられた。


 身分差と財力差だけではない……。


 ドノヴァンはエヴァとの間に多くの差があることを感じるしかなかった。


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