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07 夏の夜会



 エヴァは王宮で開かれる夏の夜会に行くことになった。


 大学や学校が長期休みに入ったため、王宮や貴族について勉強する機会として夏の夜会に行こうとドノヴァンに誘われた。


「夏の夜会では水がテーマになることが多い。暑いからな。噴水のショーが人気だ」


 エヴァは貴族だが、これまでは王宮に自由に出入りできる資格がなかった。


 しかし、ドノヴァンと結婚したことで王宮に常時出入り資格を得られた。


 無用なトラブルを避けるためにも普段は王宮へ行くことを禁止しているが、催事には招待される。


 今後のためにも王宮の事情について勉強しておいたほうが良かった。


「水路に船を浮かべて楽しむこともある。灯りが幻想的で綺麗だという者もいるが、虫が灯りに寄って来るだけに嫌がる者もいる。船の上だと逃げ場が少ない」

「現実的な説明をありがとうございます」

「女性のドレスは水を含むとかなり重くなる。泳げる者でも浮かび上がりにくい。水に落ちてしまうと溺れてしまうかもしれない。要注意だ」

「貴族のドレスが水を吸ったら大変そうです」

「つまらなさそうだな?」

「人が多くて……気疲れする感じがします」

「野外の催しは招待者の上限が増える。飲み物を手に入れるのも一苦労する」

「飲み物の配布カウンターが凄い行列です。貴族は我慢強くないイメージでしたが、王宮では我慢強いのですね」

「並んでいる間に会話を楽しめる。気になる相手に飲み物を取りに行かないかと言って誘うのが常套手段だ」

「常套手段を使う者が多いということでしょうか?」

「飲み物がほしい者が多いだけだ」

「そうなのですね」

「行くか?」

 

 エヴァは飲み物の配布カウンターへ視線を向けた。


「進みは早い方でしょうか?」

「割り込みがなければ、まあまあだな」


 並んでいる知り合いを見つけ、一緒にと言って割り込む者が多いことをドノヴァンは伝えた。


「身分が高い者の前に割り込んではいけない。だが、自分よりも低い相手であれば問題ない」

「身分差あるあるですね」


 エヴァはため息をついた。


「飲み物はいらないです。並びたくない気分なので」

「軽食の方がいいか?」

「大丈夫です。王宮で飲食物を取るのは大変だと聞いて、着替える前に軽食を食べました」

「化粧室は?」

「それも大丈夫です」


 今度はドノヴァンがため息をついた。


「気を遣わせてしまってすみません」

「そうではない。もう切り札を使うしかないのかと思っただけだ」

「切り札?」

「行こう」


 ドノヴァンはエヴァの手を引いて歩き出した。





 ドノヴァンが向かったのは王宮の中庭にある噴水だった。


「ここにも噴水がある。涼やかだ」

「そうですね」


 エヴァは小声で答えた。


「人気スポットなのでしょうか?」


 噴水の周囲には間隔を置いてベンチがあり、全て使用者がいる状態だった。


 しかも、男性と女性のカップルばかり。


 どう考えても恋人同士で来る場所だろうとエヴァは思った。


「もっと早く来ればよかったか」


 空席がないのを確かめたドノヴァンが呟いた。


「私は全然平気です。正直、場違いな気がしています」

「私たちは夫婦だ。場違いではないが?」

「でも……愛し合っている二人が一緒に過ごす場所では? 私たちは両親が決めた相手と結婚しただけです」

「ここは男女のカップルで来るというのが暗黙の了解だが、それ以上でもそれ以下でもない。友人同士で来る者もいる」

「そうなのですか?」


 エヴァは周囲をさらっと見回した。


「全員、恋人同士にしか見えませんが?」

「決めつけはよくない」

「あそこにいる二人、キスしています」

「じろじろ見るのはマナー違反だ。行くぞ」


 ドノヴァンはエヴァの手を引いた。


「他の場所に?」

「そうだ」

「またああいう場所ではないですよね?」


 ドノヴァンの足が止まった。


「行きたくないのか?」

「行ってどうするのでしょうか? ベンチに座って話すだけでしょうか? 二人だけで話をしたいなら、屋敷で話せばいいのでは?」

「エヴァは王宮について知らない。危ない場所についてもわからないだろう?」

「そうですね」

「私は子どもの頃から出入りしている。どこにどういう場所があるかも、危険かどうかもわかっている。例えばだが、中庭の噴水を見に行こうと異性に誘われたらどうする?」


 エヴァはピンときた。


「なるほど。恋人同士で過ごす場所だって知っていれば、対応しやすくなるってことですね?」

「そうだ。なんとなく行ったら、強引に迫られたということも起きている。注意が必要だ」

「怖いです……」

「私と一緒なら怖くない。こういう時でないと、私も王宮の中を歩きにくい。官僚として勤務するようになれば違うだろうが」

「そうですね。官僚になったらあちこち行けそうです」

「言っておくが、官僚ではない者が官僚たちの職場の方に行ってはいけない。スパイ容疑で捕まると厄介だ。無実を晴らしにくいこともある」

「気を付けます!」


 ドノヴァンはどんどん歩いていく。


「結局、どこへ?」

「取りあえず、一番利用される化粧室の場所を教えておく。基本中の基本だろう」

「実用的な知識をありがとうございます」


 恋人たちが過ごす場所から一番利用される化粧室だなんて……落差があり過ぎるわ!


 エヴァは思わず笑ってしまった。


 それを見たドノヴァンは、ようやく笑ってくれたと思っていた。



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