06 王太子妃の舞踏会
王太子妃主催の舞踏会が開かれた。
ファーストダンスにはダンス技能が高いと言われている四組のペアが指名されており、美しい踊りが披露されることになっていた。
当然、期待が高まり、視線も集まる。
三組のペアは最初からすぐに全力で技能をアピールするように踊り出した。
残る一組――最も若いペアであるドノヴァンとエヴァは緊張しているように見えたが、だんだんと場の雰囲気に慣れて来たのか、中盤にはバレエを連想させるつま先立ちでの一回転をエヴァが披露した。
通常のダンスであればつま先立ちをする必要はない。
女性はバレエシューズを履いて参加するというドレスコードだからこそ、それを活かすアピールをしたということだった。
その動きに合わせて柔らかいシフォンの布で作られたスカートの部分がふわりと動く。
そのあとにもゆっくりと確かめるような一回転を二回披露し、優雅で軽やかな印象を残しながら踊り終えた。
「素晴らしい!」
「美しかったわ!」
「風の魔法がかかったようね!」
「妖精みたいだった!」
ドノヴァンとエヴァのダンスは高く評価された。
「若いというのに、他のペアに見劣りしなかった」
「学生だというのに、見事だった」
「若々しい新婚の夫婦らしかったわね」
「これからが楽しみだわ」
一緒に踊る機会が増えることで経験も技術も増えていく。
優雅で美しいダンスを披露するペアとして知られていくだろうと人々は賞賛した。
「ドノヴァン、エヴァ、素敵だったわ!」
王太子妃も若い二人の踊りを気に入り、高く評価した。
「ほかのペアが技巧的なアピールをずっとしていたから、どのペアを見るか迷ってしまったわ。でも、後半の二人は本当に良かったわ。私も風の魔法をかけて妖精のように踊りたくなってしまったわ!」
王太子妃にベタ褒めされたドノヴァンとエヴァはホッとした。
王太子妃の好印象→王太子の好印象→国王の好印象→官僚採用。
前途は明るいと思えた。
だが、人生は思うようにいかないのが常だった。
デルウィンザー公爵夫妻によると、王宮内や社交界におけるドノヴァンの評価はかなり上がった。
公爵家の跡取りなのに社交や女性に無関心なのはどうなのかと言われていたが、これまでは勉強に忙しくて機会がなかっただけ。
本人の実力は本物。突発的なことにも動じることなく対処。高いダンス技能を誇るペアが揃う中、若々しく優雅なダンスで人々を魅了したなどと賞賛されまくった。
エヴァについても貧乏な男爵家の出自、金で買われた花嫁だと言われていたが、王立学校の成績は学費免除になるほど優秀で、美しいダンスを披露できる実力があるとわかった。
さすがデルウィンザー公爵家が大勢の嫁候補の中から選んだだけあるといわれるようになった。
一見すると良い感じに思えるが、それはデルウィンザー公爵夫妻やその息子のドノヴァンの周囲に限って。
エヴァの周囲では、夜会に続き舞踏会でも高評価をされてしまったために、悪い影響が広がっていた。
「ごめんね」
「また今度」
エヴァは友人たちに笑顔で手を振って別れたが、心の中でため息をついた。
王宮や社交界での評判が上がったことで友人たちはエヴァとの差を感じてしまい、よそよそしくなってしまった。
エヴァはデルウィンザー公爵家やドノヴァンについてよく聞かれるが、守秘義務があるせいで何も言えないと答えるしかないのもあった。
学校のあとは図書館でドノヴァンと待ち合わせをしているため、友人に誘われて一緒にお茶をしたり、買物をしたりすることもできなかった。
身分の高い貴族の令嬢たちや裕福な令嬢たちは、玉の輿に乗ったエヴァへの嫉妬を隠さず、より強い態度を取るようになった。
学校では上級貴族の令嬢から嫌味や悪口を言われるのが常習化。
身分も財力も釣り合わない結婚をすると、やはりこうなるのだとエヴァは痛感するしかなかった。
「エヴァ、悩んでいるのではないか?」
帰る途中、ドノヴァンが尋ねた。
「私との結婚を歓迎していない同世代の女性は多いだろう。大学の友人から、エヴァが学校で悪く言われているようだと聞いた。無礼なことをする相手の名前を教えてほしい。デルウィンザー公爵家として抗議する」
「お気遣いいただきありがとうございます。でも、誰なのかわからなくて」
貴族らしいことや裕福そうなことは見た目的にわかる。
しかし、わざわざ名乗る者はいない。
エヴァは社交界に出入りしているわけでもないため、自分に嫌がらせをする女性たちが何者なのかを知らなかった。
「貴族の友人に聞いてみたらどうだ? 知っているかもしれない」
「私の友人は男爵令嬢ばかりです。上のほうの貴族については知らなくて……」
エヴァも友人たちも貴族だが、底辺のほう。
平民から見れば貴族というだけでも凄いのかもしれないが、貴族の中では見下され、相手にされない立場だった。
「友人たちとの関係に影響はないのか?」
「あります。よそよそしくなってしまいました。社交界で私のことが噂になるほど、差を感じてしまうみたいです」
「私の友人がパーティーをする。年齢が近い女性も多く参加するそうだ。親しくなれそうな者がいるかもしれない。一緒に参加しないか?」
「夫婦で社交するということでしょうか?」
「いや、私的な交流会だ。どのような者が参加するのかわからない。正直、断るつもりだったが、エヴァが新しい友人を探す機会にできればと思った」
優しい……。
心が弱っていただけに、エヴァは泣きそうな気分だった。
「ありがとうございます。でも、ドノヴァン様が行きたくないなら無理をしなくていいと思います。私が行っても、話が合わない可能性の方が高いです」
「友人たちとはどんな話をしている?」
「流行とかお洒落とか。学校帰りに寄るお店の話もしています。でも、私は行けません。図書館でドノヴァン様と待ち合わせしています」
「事前に日時がわかっていれば調整できる。エヴァも友人と一緒に学校帰りに店に寄れるのではないか?」
「無理です」
友人たちが行くのは男爵令嬢や平民が利用している店ばかり。
エヴァは伯爵夫人。身分を考えると場違い。身分の高い者から、そんなところに出入りしているのかと悪く言われてしまうのがわかっている。
「私の衣装はデルウィンザー公爵夫人が選んでいるので、とても裕福に見えます。友人たちが利用する店では悪い意味で目立ってしまいます。大口の客と勘違いされ、あれこれ勧められても困ります。お金を持っていると思われて犯罪者に狙われたくもありません」
「護衛をつけて買い物に行けばいい」
「護衛付きの友人なんて、面倒で厄介でしかありません。トラブルに巻き込まれやすくなります。私は男爵令嬢だったので、友人たちや友人たちの利用する店の人がどう思うのかがわかります。だから、ダメなのです」
エヴァは身分や財力、貴族としての権限を容赦なく使う人間ではない。
今までの自分の立場が低かったからこそ、下のほうにいる者が上位の貴族に対してどのように思うのかもわかってしまう。
難しい問題だとドノヴァンは感じた。
「大丈夫です。一年だけですから。そのあとはまた男爵令嬢です。借金もありません。友人たちとの関係を良くすることができるはずです」
エヴァは微笑んだが、無理をしているのが明らかだった。
「時には耐えることも必要です。これまでだって耐えて来ました。私ならできます!」
時にはではない。ずっと耐えるしかなかっただけだろう?
エヴァが大丈夫だと思わせたいだけなのを、ドノヴァンはわかっていた。