05 歩み寄り
全然優しくなかった!
大学へ行く馬車の中、ドノヴァンが考えたダンスプランについて書かれたものを見せられたエヴァは心の中で叫んだ。
「無理です! 私の技能では踊れません!」
「王立学校のダンスの成績はAだっただろう?」
「それは普通のダンスだからです。なんですか、これは!」
エヴァからすると、どう考えてもプロのダンサーレベルの内容だった。
「私たちはバレエダンサーではありません! ドノヴァン様だってそう言っていましたよね?」
「だが、バレエシューズで踊る。バレエの要素を取り入れるべきだろう? 普通に踊って前回を越えられるわけもない」
「思ったのですけれど、前回を越えたところでどうなるのでしょうか?」
「評価が上がる」
「でも、それはダンスや社交的な要素の評価ですよね? 官僚としての評価ではないはずです」
「一理ある」
「また次の時に前回以上といってどんどん期待値を上げられても困ります。ダンスはプロに任せるべきです。私たちは学生です!」
「わかった。修正する。だが、王太子妃の合格ライン以上でなくてはならない」
「ドノヴァン様にはダンス技能が高い男性ならではの見落としがあります」
「見落とし?」
「これですと、最初から最後まで全力プランです。私は笑顔でフィニッシュなんかできません。ゼェゼェハァハァの息切れ状態、体力喪失でバタンキューのコースです!」
「もっと貴族らしい表現にしてほしい」
「無理をし過ぎだと言いたいのです。ですので、前半はわざとゆっくり踊るのはどうでしょうか?」
デルウィンザー公爵夫人の情報によると、王太子妃が選んだダンス技能が高いペアが四組同時に踊る。
エヴァとドノヴァンもその中の一組。
他のペアはダンス技能をアピールするため、技巧的に踊る。
それこそドノヴァンが考えたような全力プランかもしれない。
そうなると、誰もがどのペアを見るかでキョロキョロしてしまい、しっかりと確認できない。
結局、一番親しい者や期待するペアを見て、その者たちを高く評価するのが無難だと思う人々が多くなる。
つまり、全力で競い合うように踊っても、よほどの失敗や大技がない限り、特段良くも悪くもならない。
それこそ社交界での評判や力関係が影響した結果になりそうだという分析をエヴァは話した。
「私たちは学生で社交に力を入れていません。新人です。でも、デルウィンザー公爵家の肩書きがあるのでまあまあ、若いわねえといったところでは?」
「そうだな。エヴァの予想は合っていそうな気がする」
「技巧的に踊りまくると、かえって若造のくせに生意気だと思われてしまうかもしれません。なので、あえて抑えます」
前半はゆっくり踊って体力温存。一緒に踊るのが高い技能を持つペアばかりで緊張しているように思わせる。
中盤からようやく緊張がほぐれてきたということで、技巧的な部分を取り入れる。
バレエの要素として、つま先立ちで一回転するターンを入れる。
プロではないため、何度も連続にはしない。
ゆっくり、優雅に、軽やかに。
それがバレエダンサーと貴族の違いであることを印象付ける案をエヴァは出した。
「私でも一回ぐらいなら綺麗にターンができると思います。どうでしょうか?」
「連続でするのが難しいのはわかる。だが、一回だけでは地味だ。間隔を空けて、一回転を三回入れる。人間は同じようなものを三度見ると強い印象として記憶に残りやすくなる」
「ドノヴァン様は印象操作術に長けていそうです」
「エヴァもだ。前半は体力温存、緊張しているように思わせるのは有効だろう」
「実際に緊張してしまっても大丈夫だと思って」
「エヴァは王宮に行くだけでも緊張しそうだ。しぶしぶ参加するのもある。私たちらしく踊ろう」
「そうですね」
「テーマは偽善だ」
エヴァは眉をひそめた。
「えっと……何が言いたのかさっぱりわからないのですが? 仮面夫婦ってことでしょうか?」
「参加すればいい。笑顔を振りまいて誤魔化すだけだ」
エヴァは理解した。
ドノヴァンなりの冗談なのだと。
「承知いたしました、旦那様」
くすりと笑ってエヴァが答えると、ドノヴァンが頷く。
ダンスの打ち合わせは終り。
夕食後に練習をすることになった。