21 一月の謁見
新年になった。
王都にいる上位貴族は王宮に行き、国王に新年の挨拶をしなければならない。
エヴァも行くことになったが、強烈な言葉を浴びせられることになった。
「公爵家の者が男爵家の者と婚姻するなど、差があり過ぎます」
厳しい口調でそう言ったのは身分血統主義者の王妃だった。
「国王陛下、ドノヴァンは有望な若手です。ディアドラの相手にふさわしいのでは?」
同席していた王太子夫妻は驚き、アンドール王子は眉を上げ、ディアドラ王女は満面の笑みを浮かべた。
「家の事情による結婚だと聞きました。ならば、家の事情さえ解消すれば婚姻関係を続ける必要はないはず。今年はディアドラが十六になります。それまでにデルウィンザー公爵家は問題を解決して、ドノヴァンは婚姻無効か離婚すればいいでしょう。そして、ディアドラが十六歳になったら婚約すればいいのです」
「反対です」
真っ先に声を上げたのは王太子だった。
「デルウィンザー公爵家の婚姻については正式に成立しています。国王の許可が出ているというのに、母上の勝手な一存で覆すなどあってはなりません。そのようなことをすれば、臣下に大きな衝撃を与えます。忠誠心が下がってしまいます」
「デルウィンザー公爵家は忠臣です。この程度のことで王家への忠誠心が下がることはありません。そうですね?」
王妃はデルウィンザー公爵に尋ねた。
「恐れながら申し上げます。私は国王陛下、そして王太子殿下に心からの忠誠を誓っております。ですが、王妃の言葉に大きな衝撃を受けました。国王陛下が許可されたことを王妃の一存で覆すような前例を作るべきではありません。何卒、国王陛下には賢明なる判断をお願いいたします」
国王はドノヴァンを見つめた。
「ドノヴァンに聞きたい。お前は幼少よりアンドールやディアドラと良く過ごしていた。それは将来に備えてのことだった。ゆくゆくはアンドールを側近の一人として支え、ディアドラと婚姻してくれればいいと思っていた。私だけではない。王妃も王太子夫婦もデルウィンザー公爵夫婦もそれが最善であり、自然な流れになるようにと願っていた。そのことを知っているな?」
「はい。知っていました」
ドノヴァンは冷静に答えた。
「だが、負債で苦しむ男爵家を支援するのと引き換えに、男爵家の令嬢と婚姻した。デルウィンザーが男爵家を助ける義理も理由もないはずだ。となると、婚姻したのはドノヴァンのためだ。そうだな?」
「はい。私のためです」
「ディアドラとの結婚を避けるためか?」
誰もがドノヴァンに注目した。
「両親は女性との交際を提案していましたが、私は勉強のほうが優先だと思っていました。結婚も勉強ではないかとなったため、私は結婚相手にエヴァを選びました。両親がエヴァを選んで私に押し付けたわけではありません」
ドノヴァンは答えた。
「私は王立学校にいた時からエヴァを知っていました。大変な努力家です。実家が貧しくなったのは相続税のせいです。そのような事情があるにもかかわらず、王立学校で上位の成績を維持していました。いずれ王宮に就職して借金を返し、家族で普通に暮らせるようになりたいと願っているのも知っていました」
エヴァは王立学校の中等部を卒業したあと、王宮の侍女として就職するつもりだと聞いていた。
だが、エヴァは侍女試験に落ちた。筆記は問題なかったが、面接で落ちた。
その理由は実家が貧乏で、貴族らしくないということだった。
翌年、エヴァは女官の試験を受けた。やはり筆記は問題なかったが、面接で落ちた。
理由は同じ。
実家を助けるために勉強してきたが、報われない。
貴族が貴族でいるために、王家に忠誠を誓って尽くそうとしているのに、王宮で働くことが許されなかった。
「私はエヴァの知性と努力を無意味なものにしたくありませんでした。つらい状況に負けず、希望を信じて強くあろうとする姿に心を打たれました。妻にするならエヴァがいいと思ったのです」
ドノヴァンはエヴァを見つめた。
「ですが、エヴァが私のことをどう思うのかはわかりません。ですので、両親に相談しました」
エヴァに婚姻を申し込んで実家への支援を打診するか、男爵家に支援を申し込んでエヴァの婚姻を条件にするか話し合った。
エヴァや男爵家の状況を考えると、断わられることはない。
だが、エヴァがどう思われるかが変わる。
ドノヴァンがエヴァに直接結婚を申し込むと、エヴァは金目当てに結婚したと言われる。
男爵家に支援を申し込んで婚姻を条件にすれば、エヴァは両親や家のために結婚したと言われる。
エヴァを守るためには、直接結婚を申し込まない方がいいだろうということになった。
「私とエヴァは諸事情により結婚しました。その方がお互いに安心できるからです。あとは時間をかけ、夫婦の絆を強めればいいだけのこと。私はエヴァこそが私の妻として最もふさわしい女性だと思っています。国王陛下にはこのことをお伝えすると共に、ご考慮いただきたく思います」
国王の表情は曇っていた。
不満だというのは明らか。
「わかりにくい。結局、ドノヴァンはエヴァのことが好きで結婚したのか? それともディアドラが嫌いでエヴァと結婚したのか?」
「まだエヴァには伝えていないのです」
ドノヴァンは答えた。
「私の気持ちは愛の日に伝えようと思っていました。なぜなら、一年で最も愛を伝えるのにふさわしい日だからです。どうか容赦いただけないでしょうか? それが私の答えです」
「なるほど」
国王は理解した。
「王妃よ、先ほどの話は可愛い孫娘のためであっても許されない。忠臣は王家の言いなりになる人形ではない。心のある人間なのだ。ディアドラの気持ちはわかるが、無理に結婚させたところで飾りの妻では子どもができない。幸せにはなれないだろう。孫娘が可愛いのであれば、わがままを許すばかりではダメだということをいい加減理解しろ」
国王は王妃を諫めた。
「息子を見ろ。夫婦円満だ。それは愛する女性と結婚して幸せだからだ。誰もがそのようになりたいと願っている」
「ディアドラも願っています。ならば、その願いを叶えるために力を貸すべきではありませんか? 私は祖母、陛下は祖父なのです」
「ディアドラの両親はどうしている?」
王妃は王太子夫妻に視線を変えたが、その表情は曇ったままだった。
「助力していません。自分たちは愛する者との結婚を押し通したというのに、娘が愛する者と結婚することに力を貸さないのはおかしいのでは?」
「力を貸さないのは、両想いではないからだ。ドノヴァンはディアドラを愛していない。すでに他の女性と結婚している。そのような者と娘を結婚させるわけがない。それが親として正しい」
「ドノヴァンは無礼です。王女であるディアドラを愛さないのも婚姻を嫌がるのも不敬では?」
「心がある証拠だ。王女であれば無条件に愛されるわけではない。当然のことだろう? これ以上は言うな。王妃の立場が悪くなるばかりだ。デルウィンザーは下がっていい。王妃の言葉は忘れていい。ドノヴァンとディアドラを婚姻させる気はない」
「国王陛下に心から感謝と忠誠を。では、失礼いたします」
デルウィンザー公爵が挨拶したあと、一家揃って謁見の間から退出した。
「すぐに帰る。まだ、何も言うな」
当主であるデルウィンザー公爵の意見は絶対的。
すぐに帰りの馬車を用意させ、四人は王宮をあとにした。
「信じられないわ!」
馬車が走り出すと、デルウィンザー公爵夫人は黙っていられなくなった。
「謁見であんなことを言うなんて! ドノヴァンを何だと思っているの! 王女の我儘に一生付き合わせるなんて絶対にさせないわ!」
「あそこまで王妃が愚かだとは思わなかった。すでにドノヴァンは結婚している。心の中で思うことがあっても、口にすべきではなかった」
デルウィンザー公爵は誰の目から見ても怒りのオーラを宿していた。
「ドノヴァン、エヴァ、気にしなくていい。我儘で自分勝手な女性に自らの人生を台無しにされるわけにはいかない。王妃だろうが王女だろうが関係ない。抗っていい。全力で支援する!」
「そうよ! 私たちがついているわ!」
「ありがとうございます」
ドノヴァンは冷静な口調で答えた。
「ですが、私からはっきりと伝える機会になりました。国王陛下も王太子ご夫妻もわかってくださったと思います。私の結婚についても、エヴァに対してどう思っているのかも」
「そうね!」
「そうだな。だが」
デルウィンザー公爵の視線はエヴァに向けられた。
「エヴァにもわかってしまっただろう」
「何も言わなくていい」
ドノヴァンはずっとエヴァの手を握っている自らの手に力を込めた。
「愛の日に伝える。その時に答えてくれればいい。まだ時間はある」
「わかりました」
愛の日は二月。
待ち遠しいと言えるのかどうかはわからなかった。




