15 大学祭
秋になると、王立大学祭が開催される。
初めて大学祭に行くエヴァは楽しみで仕方がなかった。
「どんな感じなのでしょうか?」
「王立学校でも学祭があっただろう? 基本的には同じようなものだ」
「そうなのですね」
「より本格的というか、金をかけている。社会勉強をするための店が多くある。趣向をこらした飲食店が人気だが、食べ歩き用の屋台もある」
「お金がかかりますよね?」
「小遣いの心配はしなくていい。大学祭用だと言えば現金を用意してくれる」
「良かったです!」
「一緒に見て回るか?」
ドノヴァンは聞いてみた。
「大丈夫です。学校の友人たちと一緒に行く約束をしました」
「そうか」
「ドノヴァン様も友人の方々と見て回ると思っていたので」
「いつもはそうしている。エヴァの案内もできると思っただけだ」
「ありがとうございます。でも、王立大学生が案内役をしてくれるサービスもあるらしいですね?」
「商売の一つだな。入場券を買った者を対象にしたサービスだ」
「プログラムに情報がたくさん載っていると聞きました」
「催し物や店など、許可を得ている出し物が全て載っている。興味があるものを調べやすい」
「いくらなのでしょうか?」
「エヴァから見ると少し高いと感じるかもしれない」
「友人全員で一冊あればいいのではないかという案も出ていて」
「荷物になるのはあるが、途中で別行動をするようであれば、別々に買ったほうがいいだろう」
「なるほど」
「いつでも買える。プログラムが売り切れることはほぼない」
「良かったです。友人と相談して決めます」
「友人と楽しめばいい」
「そうですね!」
エヴァが笑顔であればいい。
一緒に行きたかったという言葉をドノヴァンは飲み込んだ。
エヴァは友人たちとホストカフェという店に来ていた。
「可愛いね」
ホストと呼ばれる接客担当者が飲食物を注文するほど客を褒めちぎってくれるという特殊なカフェで、お茶を注文したエヴァは早速褒められた。
「砂糖はいる? ミルクは?」
「それって別料金ですよね?」
「そうだね。基本料はコーヒーかお茶だけだ。オプションは別料金になる」
オプション……。
デルウィンザー公爵夫人との買い物で味わったオプション地獄をエヴァは思い出した。
「お茶だけでいいです」
「裕福そうなのに、お茶だけ?」
「今日は大学祭なので特別にお洒落をしているだけかもしれません。本当に裕福かどうかはわからないのでは?」
「普通ならそうだね。でも、エヴァは有名人だよ」
名前を言っていないのに知られているとエヴァは思った。
「この店は男性に褒めてもらいたい女性が来る。でも、簡単には褒めない」
「注文するほど褒めてくれると聞きました」
「接客担当者はホストと呼ばれていて、売り上げの勝負をしている。上位成績者は賞品をもらえる」
「お店をする方も楽しめるようになっているのですね」
「今日は大学祭だし、いつもとは違う体験をした方がいい。私に貢いでみるのはどうかな? ミルク代ぐらいは出せるよね? 紙幣は一枚もない?」
「さすがに一枚はあります」
「その一枚を使ってミルクを頼んでくれたら、追加のサービスがあるよ」
「具体的に言うと、どんなサービスですか?」
「エヴァのためにミルクをカップに注ぐサービスだ」
「セルフサービスではないわけですね」
「勉強になったね。褒め言葉もつくよ。ミルクを頼んでいい?」
「わかりました。ミルクを頼みます。小さいサイズでお願いします」
「エヴァは賢いね。何も言わなければ、大きなサイズで届いていたよ」
「飲み物のサイズは二種類あるとメニューにありました。ミルクは飲み物です。お茶に入れるためのものと、ミルクをそのまま飲むものがあるのだと思いました」
「御名答。小さいサイズね」
小さいミルクが届いた。
ホストはエヴァのお茶のカップにミルクを注いだ。
「可愛いエヴァのためにまろやかな味になるよう魔法をかけたよ。召し上がれ」
「確かにミルクを入れたらまろやかな味になりますよね」
エヴァはミルクティーを飲んだ。
「美味しい?」
「普通です」
「デルウィンザーで良いお茶を飲み慣れているからだね」
家名も知られているとエヴァは思った。
「でも、大事なのはお茶の味ではないんだ。何が大切なのかわかるかな?」
「茶葉でしょうか?」
「おかわりを頼んでくれたら教えるよ」
「じゃあ、教えなくていいです」
「謎が残ってしまうね」
「構いません」
「エヴァは勉強が好きなのに、未解決でいいんだ?」
「お金で答えを買うのはどうかと思います。お金持ちの人は気にしません。でも、私のことをご存知なのですよね? 私はお金の大切さを知っています」
「エヴァとの会話を楽しみたいから教えてあげるよ。大事なのは誰と一緒にお茶を飲むかだ。一人で飲むより、楽しい会話をしながら飲んだほうが美味しい」
「素敵な答えです。貴方は頭が良さそうですね」
「王立大学に入ったわけだからね。頭が良くないと入れない」
「確かに」
「もう少しここにいてほしいから、私が自分でお茶を頼むよ。飲み終わるまでは席を立たないでくれるね?」
「それは約束できません」
「一緒にお茶の時間を楽しもう。ここは一人ではなく、ホストと一緒に時間を楽しむ場所だよ」
「そして、だんだんとお金がなくなっていくわけですね?」
「一気に使い切る者もいるよ」
「怖いです!」
「そうだね。でも、大学祭のカフェだよ? 良心的な価格だ。基本料は昼食代より安い」
このホストはそれなりに裕福な学生のようだとエヴァは思った。
「一杯で昼食代程度というのは、高くないですか?」
「高級な飲食店は平均単価が高い。セルフサービスではないから普通じゃないかな?」
「なるほど」
「人件費を考えると、驚くほど安い」
「そうですね」
「ミルクティーにしたいな。ミルクだけ奢ってくれないかな?」
「新たな手法を披露しましたね」
「売り上げでナンバーワンになるためには話術を駆使しないとね」
「それなら、私ではない客の相手をする方が利口です。私は友人たちが楽しそうなのを遠目に見ていればいいだけなのです」
「エヴァは無欲だね」
「違います」
「欲しいものがある?」
「あります」
「手に入るはずだ。デルウィンザーの金で」
「それは私のお金ではありません。自分の欲しいものはいつかお給料で買います」
ドノヴァンと結婚したのに、働く気なのか?
ホストは疑問を感じた。
それはエヴァへの興味が増したということでもあった。
「クッキーを奢ってあげよう。特別にね。エヴァを気に入った証拠だよ」
「いらないです」
「一緒に食べたい。世の中には貢がれたいホストもいれば、貢ぎたいホストもいることを教えてあげるよ」
「もしかして、貢ぎたいほうですか?」
「いつもは貢ぐのに慎重だ。ちょっとした配慮のせいで誤解されるのは困る。ただの親切であって、気があるわけではないからね。でも、私に気に入られたい女性は多い」
「見た目的にそんな気がします」
「ここだけの話だけど、私は裕福だ。エヴァだから言える。それを聞いても、私に奢ってもらおうとは思わないだろう?」
「そうですね。貴方が裕福かどうかは、私には全く関係がないことです」
エヴァの答えは予想通り。
ホストは喜んだ。
「じゃあ、口を開けて。クッキーを入れてあげるよ」
「えっと?」
「自分で手に取って食べる必要はない。さまざまなサービスをしてもらうための店だからね」
ホストがウィンクをすると、エヴァは恥ずかしそうに下を向いた。
「御親切に感謝します。でも、クッキーはいらないです。口の中がぼそぼそするので」
「恥ずかしがらなくていいよ。皆、そうしている」
「クッキーを自分で頼んだ人は喜ぶと思います。でも、私は違います」
「ドノヴァンでないとダメ?」
エヴァは動揺した。
「可愛い。動揺しているのがわかるよ」
「おかしくないですか? ドノヴァン様のことを話すなんて」
「いいんだよ。会話やその反応を楽しむためだからね」
「そういう話はしないでください。ドキッとします」
「怖い? 不安? 相談に乗るよ。力になれることがあるかもしれない」
「もういいです。お会計をお願いします」
「逃げないで。お茶を飲み終わるまで一緒にいてくれるはずだよ」
「約束していません!」
エヴァはメニューを見ると、代金を計算した。
「お釣りはいりません。いろいろとサービスしてくださってありがとうございました! 勉強になりました!」
エヴァは席を立つと全速力で店を出て行った。
「廊下でずっと友人たちを待つつもりかな? 可哀想に。結構待たされるよ」
ホストは同情のため息をついた。




