10 大捜索
デルウィンザー公爵家の馬車は駐車場に待機したまま。エヴァが使用していないことが確認された。
また、デルウィンザー公爵夫人の友人が王宮の侍女にも伝えてエヴァを探したが、夏の夜会用に開放されている全ての化粧室にいないことが確認された。
つまり、エヴァは行方不明。
ドノヴァンは気が気ではなかった。
「一人で行かせるべきではなかった……」
化粧室までエスコートすれば良かった。そして、廊下で待っていれば良かった。
時間がかかるということで、部屋で待ち合わせた判断が適切ではなかったとドノヴァンは思った。
「すぐに捜索しないと!」
デルウィンザー公爵夫人もこのようなことになるとは思っていなかった。
王宮の行事だからといって事件が起きないとは限らない。
犯罪行為が起きてしまうことも過去の事例からいってないわけではなかった。
デルウィンザー公爵夫人はすぐに夫のデルウィンザー公爵に相談し、そのあとで友人である王太子妃の助力を頼むことにした。
デルウィンザー公爵もすぐに上司である王太子に相談し、警備関係者にエヴァの捜索を頼むことにした。
「エヴァに何かあったら私のせいだ……」
どう見てもドノヴァンの様子は本気でエヴァを心配していた。
「エヴァは悪くない。一人で行かせてしまった私の判断ミスだ……」
エヴァのことについてドノヴァンにあれこれ言ってしまった友人たちは猛反省。
すぐにエヴァの捜索に協力することを申し出た。
事態を重く見た王太子は、公開捜査をすることにした。
今年の夏の夜会はいつも以上に多くの人々がいる。
招待者が多いからこそ、勤務関係者も多い。
野外を会場にしていることもあって、出入りできる範囲も広くなっている。
王宮に来たのが三回目のエヴァが迷ってしまうのは普通にありえることで、とにかく無事を確認することが重要だと判断された。
「デルウィンザー伯爵夫人を目撃された方はいませんか?」
「ぜひ、ご協力ください!」
エヴァの特徴や衣装などの情報が伝達され、警備関係者並びに侍従や侍女たちも王宮及び庭園中を探し回った。
刻々と時間が過ぎて行く。
デルウィンザー公爵家の若い伯爵夫人が行方不明であることは、夏の夜会に参加する全員が知ることになった。
そして数時間後、デルウィンザー伯爵夫人が無事発見され、保護されたことが通達された。
エヴァが発見された場所は王宮の地下にある牢屋だった。
「エヴァ!」
「ドノヴァン様!」
絶対に怒られると思ったエヴァだったが、ドノヴァンはエヴァに駆け寄ると抱きしめた。
「すまない! 私が悪かった!」
その反応はエヴァにとって意外だった。
そして、最高に申し訳ない気分になった。
「ごめんなさい。注意されたのに……」
「どうして牢屋にいる?」
デルウィンザー公爵はそれが知りたかった。
「そうよね。おかしいわ」
デルウィンザー公爵夫人も訳が分からなかった。
「調べる必要がある」
「真相をはっきりさせないといけないわ」
王太子夫妻もエヴァが牢屋にいたことに驚き、絶対に何かあると感じていた。
そこで牢屋にいたことは秘匿し、王宮内で迷子になっていたところを保護されたと通達させていた。
「迷って立ち入り禁止の場所に入ってしまったのか?」
「王宮に来るのは三回目だし、迷いそうよね」
王太子夫妻は無難な推測をした。
「その可能性はあるが、立ち入り禁止の場所には警備がいる。入る前に注意されて追い返されるだけだ」
「そうよ。それでも入ろうとすれば捕縛されるかもしれないけれど、エヴァがそんなことをするわけがないわよね?」
デルウィンザー公爵夫妻は迷子ではない可能性を強く感じていた。
「まず、エヴァの話を聞きたい。私が教えた化粧室に行ったはずだろう?」
「そうです。全部お話します」
エヴァは近くにある化粧室が大行列だったこと、見知らぬ女性に穴場の化粧室を教えてもらったこと、ドアに鍵がかかっていて廊下に出られなくなったこと、一階だったために窓から出ようとしたこと、ドレスのスカートのせいでもたついていると不審者として警備の騎士に捕縛され、牢屋に入れられたことを説明した。
「罠だ」
ドノヴァンは断言した。
「エヴァは王宮に不慣れだが、三回来ている。しかも、ダンスを披露する機会が二回あった。顔と名前が一致する者が多くいる」
社交をしていると言えるほどではないが、注目されていただけにエヴァのことを知る者、名前だけでなく顔や姿を判別できる者が多くいるのは確かだった。
「見知らぬ女性に話しかけられたということだった。ひと気のない所に向かっている時点で怪しむべきだったが、女性同士ということで油断したな?」
「すみません」
「普通は女性同士だからこそおかしい。このような大きな催しの時には、女性だけでひと気のないところには行かないようにする。穴場の化粧室を知っているなら、王宮の事情に詳しいということになる。エヴァを連れて行ったのはおびき出すためだろう」
王宮の事情や常識に疎いエヴァは、女性を信じてついて行ってしまった。
そして、化粧室から出られなくなった。
誰かいないかと思ってエヴァは叫んだが、誰も答えなかった。
遠い化粧室まで連れて来た以上、エヴァだけで戻れるわけがない。穴場を教えた女性は化粧室を利用するかどうかに関係なく待っているのが普通であり、自然な行動になる。
ところが、エヴァが呼んでも誰も答えない。女性が姿を消したということになると、エヴァをひと気のないところに連れて行き、化粧室に閉じ込める気だったと考えるのが妥当だとドノヴァンは推理した。
「化粧室は一階。閉じ込められても窓から出ればいい。ドレスがひっかかったとしても、絶対に出られないサイズではない。エヴァは学費免除で王立学校に入れるほど頭が良いため、そのことに気づく可能性が高い。そこで窓を見張る者を置いた。騎士だ」
全員がハッとした。
「化粧室に閉じ込めるのに失敗した場合は、不審者として見張りの騎士に捕縛させる。そして、牢屋に入れる。今度こそ出られない。たっぷりと嫌な思いをさせることができる」
エヴァの恰好からいって、夏の夜会の参加者に決まっている。
化粧室の窓から出ようとしてひっかかっていたのは怪しいが、化粧室は重要な場所ではない。
騎士がエヴァの話を聞けば、すぐに誤解は解けるはずだった。
エヴァが持つ身分証を見れば、誰なのかもわかる。
ところが騎士は黙れといい、エヴァから話し始めるのを禁じた。
自分に従わないと武器を行使すると脅し、牢屋に入れたまま放置した。
エヴァが牢屋にいるとわかったのも遅かった。それは、不審者の発見と捕縛の通達が行われていない証拠。
つまり、意図的に騎士はエヴァを捕まえ、その事実を隠蔽し、発覚が遅くなるようにしたのだとドノヴァンは説明した。
「エヴァは警備の騎士と言ったが、制服は何色だった? 紺色ではないか?」
「青っぽかったです」
エヴァは答えた。
「暗かったので……月の光と、灯りでちらっと見ただけですけれど」
「ズボンは白か?」
「白です」
「近衛だ。化粧室周辺の警備はしない」
ドノヴァンにはすでに犯人がわかっていた。
「化粧室を教えた女性のドレスは?」
「水色でした」
「それ以外の特徴は?」
「真珠のイヤリングとペンダントをつけていました」
「今夜は大勢の招待客がいる。身分の低い者もいるだろう。通常はネックレスだが、若い者や身分の低い者はペンダントにする」
「そうね。でも、水色のドレスと真珠のアクセサリーはよくある組み合わせよ。その女性を探すのは難しいかもしれないわ」
「それが狙いだ。大勢に当てはまりそうな特徴の装いにしておけば、正体がわかりにくい」
「エヴァを罠にはめる気であれば、見せても大丈夫な装いにするでしょうね」
デルウィンザー公爵夫人は息子の言う通りだと思った。
「騎士は制服の色合いからいって近衛騎士だ。本物でないなら、似ている服装は処罰対象になる。だが、本物であれば偶然不審者を発見しただけであり、多忙で捕縛の通達をする暇がなかったということで片が付く。エヴァが窓から出ようとしたのは確かに普通ではない行動だ。不審者と判断されてもおかしくない。身分証の提示を求めなかったことや詳しい事情をすぐに確認しなかったことへの注意程度で済むだろう」
「近衛騎士は本物だろう」
デルウィンザー公爵はそう思った。
「化粧室に閉じ込める嫌がらせだった。不安になると冷静になりにくい。窓が小さいせいで、そこから脱出できると思わない。助けを待とうとするのが普通の令嬢だろう。だが、念のために窓の見張りを残した。水色のドレスの女性がエヴァを閉じ込めたことを報告しに行った。予想以上にエヴァが早く窓に気づいてしまい、脱出しようとした。近衛騎士は第二プランを発動した。つまり、不審者として牢屋へ入れるという方法だ」
「近衛騎士と貴族らしい女性の二人に指示を出せる者、化粧室や牢屋の鍵を入手できる者が罠にはめた人物だ」
「そうでしょうね」
王太子妃は深いため息をついた。
「今夜の件はなかったことにして頂戴。王宮内で迷った。それだけのことよ」
「無事だった。閉じ込めるだけだった。注意しておく」
王太子も犯人が誰かを察した。
「今夜はエヴァを探すのにお力添えをいただき心から感謝いたします。二度とこのようなことがないように注意するつもりです」
デルウィンザー公爵は王太子夫妻に深々と頭を下げた。
「私からも心からの感謝を申し上げます。エヴァが無事でなによりでした。ありがとうございました」
デルウィンザー公爵夫人も深々と頭を下げた。
「妻から目を離した私の責任です。夫としてもっとエヴァのことを考えるべきでした。私との結婚はエヴァにとって良いことばかりではありません。嫉妬や嫌がらせがあるのはわかっていました」
ドノヴァンはどうしても王太子夫妻に伝えたかった。
「王太子殿下と王太子妃様の寛大なご配慮に感謝いたします。ですが、犯人がもしあの女性であれば、きつく叱ってくださいますようお願い申し上げます」
「当然だ」
「任せて頂戴。夏の夜会で行方不明だなんて、心臓に悪いわ!」
王太子妃はもう一度深いため息をついた。
「エヴァが王宮に来たのは三度目。十八歳になったばかり。迷子で大丈夫でしょう。私から周囲にもよく伝えておきます。悪くは言わせません」
「ありがとうございます」
「ドノヴァンとエヴァは先に帰れ。私たちは残る。エヴァが見つかったことに対して説明しなくてはいけない」
「そうね。エヴァは十八歳になったばかりだもの。こんなに広くて立派な王宮では迷ってしまって当然でしょう。今夜は特に会場が広かったものね」
「そういうことだ」
「そういうことです」
王太子と王太子妃が頷く。
話はまとまったようだとエヴァは感じた。
ドノヴァンに手を引かれ、エヴァは馬車に乗せられた。
「申し訳ありませんでした。心から謝罪申し上げます」
「もういい」
ドノヴァンは答えた。
「エヴァの注意が足りなかったのはある。だが、私も両親もそれ以上に注意が足りなかった。王宮のことをよく知っているはずだというのにだ。エヴァは悪くない。最も悪いのはエヴァを罠にはめた人物だ!」
「誰なのでしょうか? 私以外の全員は知っていそうでしたよね?」
「また嫌がらせをしてくる可能性もあるために教える。あくまでも推測だが、ディアドラ王女だ」
王太子夫妻の娘!
エヴァは驚愕した。
「ディアドラ王女は私と結婚したがっていた。何度もはっきり断った。正直、学生の間にこの件については片をつけたくもあった。そこでエヴァと結婚した。さすがに諦めるだろうと思った」
契約結婚は、しつこくアピールしてくる王女との結婚を完全拒否するためだったことが判明した。
「確かに王女であれば、近衛騎士にも命令できますね」
「エヴァを案内したのは、ディアドラ王女付きの侍女をしている者の誰かだろう。ことが発覚しても、私と結婚したことが許せなかったというだけで終わりだ。化粧室に閉じ込めただけだからな」
「牢屋にもです」
「うやむやだ。王太子夫妻が手を回す。さすがに娘の暴挙を正直に話すわけがない。証拠もない。エヴァの証言だけでは事実かどうか証明できない」
「近衛騎士や侍女が王族に不利なことを言う訳がありませんよね」
「もう王宮には行かなくていい。危険だと証明された。とにかく勉強していればいい。デルウィンザー公爵家で対応する」
「わかりました」
エヴァはそれしかないと思った。




