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7-2 可愛いは大正義

「フィン様。念のために確認しておきたいのですが――」


 モニカはフィンレイの方を向き、姿勢を正した。


「聖女でなくとも、結界の再展開とその後の維持の見返りに孤児院への援助をしていただけるんですよね?」


 我ながらがめついと思いながら、これだけははっきりさせておきたかった。


 お金を必要としていたのは孤児院のためだ。それが解消するなら聖女の地位に固執する理由はない。准聖女でも修道女でも、できることはある。


 魔除けの結界は、モニカの変質した力でも問題なく展開できることは確認済みだ。サイフォスが結界の仕組みについてあれこれ説明してくれたが、専門的な話過ぎてよく覚えていない。


「もちろん。モニカを無償で働かせるつもりはないよ。後でちゃんと契約内容を詰めて書面にしたためよう。他にも、兄様との件や冤罪について賠償したい。全部お金で解決できるとは思ってないけどね」


 嫌な顔ひとつせずにフィンレイうなずいた。

 もともと織り込み済みだったのかもしれない。余計なことを言ったと、モニカは少し恥ずかしくなる。


「でも、モニカが孤児院に送ってたお金はほとんど手つかずのままみたいだよ」

「え?」

「使われたのは最低限の運営資金だけで、大半は出入りの商人に管理を任せていたそうです」


 サイフォスが言を継いだ。


「その商人が個人的ないさかいで拘留され、捜査の過程で彼の店舗の一つから入手元不明の大量の金品が押収されました。その流れでモニカさんの横領疑惑へと繋がった、と」

「もしかして、わざわざ調べてくれたんですか」


 モニカは驚きで目を瞬く。

 気に病むほどではないが、奥歯にものがはさまる程度には気になっていたことだ。


(やっぱり、過度な送金が原因だったのね……)


 モニカは服の胸元を握りしめる。

 孤児院の運営方針を決めるのはあくまで修道院院長のローザだ。自分の善意の押し付けのせいで余計な手間をかけさせたうえに、出入り商人にまで迷惑をかけてしまった。


「たまたま耳にした情報をお伝えしただけのことです。今はもう聖王直轄領への立ち入りは自由なのですから、あれこれ悩むよりも直接聖ローザ孤児院にお伺いになるのがよろしいかと。一人で行きづらければお供いたしますよ。古巣ですし」


 サイフォスに言われたことで、モニカは遅まきながら気付く。


 疑いが晴れた今だけでなく、聖女だった時も、孤児院に行ってはいけない理由などなかった。「孤児あがり」であることをもっとも忌避していたのは、他ならぬ自分自身だった。


「……ん? 古巣?」


 感傷的になっていたせいで、モニカは最後の単語の意味を理解するのが遅れる。


「あれ、話しませんでしたっけ。八歳くらいまで僕もあそこにいたんですよ」


 サイフォスはいたって平然と、なんの感慨もなく答えた。


「えぇっ!?」


 当然フィンレイは知っていたのだろう。驚いているのはモニカだけだ。


 サイフォスの年齢は分からないが多く見積もっても二十五は超えないはず。

 モニカは赤子の時から孤児院で育てられた。

 つまり、何年か一緒に過ごしていた時期があるということになる。しかし「セラ」という名前の少年がいた記憶はモニカにはない。


「じゃあ、ルカルファス家の跡取りっていうのは嘘なんですか?」

「嘘というか、跡取りや嫡子を自称した記憶はありませんね。血のつながりのない養子です。神降ろし用の。僕のように旧神を引き当ててしまうかもしれないのに、実子にそんな博打をするわけがありません。ルカルファス家は他者に神を降ろすことができる家系です。だから僕は使い捨ての一代限り。跡を継ぐのはルカルファスの血統である義妹(いもうと)の子です」

「な、なんか闇の深い話ですね……」


 モニカは聞いてはいけないことを聞いてしまった気がし、両手で耳を押さえる。


 サイフォスの目に生気がない遠因がなんとなくわかったような気がした。むしろ目が死ぬだけで済んでいるサイフォスがすごいのかもしれない。自暴自棄になってもおかしくない話だ。


「そういうわけで、第二の実家に結婚の報告に行きましょう」


 慣れた動きでサイフォスはモニカの手を取った。


「結婚の予定はありませんし一人で行くので大丈夫です」


 モニカはサイフォスの手を振り払おうと上下に激しく揺さぶる。強く握られている感じはないのにまったく離れない。


「そうだぞ! 俺が挨拶に行くんだ!」


 マハが的外れなことを言い、モニカのもう片方の手を取った。

 結局またこうなるのかとモニカはため息を禁じ得ない。


「マハ、三秒以内に手を離さないと一緒に呪いを解く方法を探すのやめますよ? サイフォスさん、私まだ、あなたに裏切られたこと完全に許してはいませんからね?」


 モニカの脅しに、二人同時にぱっと手を離す。


 空いた手にすかさずダーロスが飛び込んだ。

 モニカの手が好きだと言っていたのは本心だったようで、隙あらば撫でてもらおうとまとわりつく。


 一応、元眷属ということで警戒はしている。

 が、抱っこするのにちょうどいいサイズ感や真綿に似たふわふわの毛並み。丸いつぶらな瞳。笑ったように吊り上がる口角などなど、ぎゅっと抱きしめたくなる要素が詰まっている。

「人間に好かれる擬態など造作もない」の言葉通り、完璧にツボを突いたフォルムだ。


「マハヴィル殿、由々しきことに今現在もっとも好感度が高いのはあの駄犬のようですよ」

「俺のほうが毛量多いのに……」

「だからなんなんですかその対抗意識は」

「俺も狼姿になって撫でてもらおうかなぁ……」

「王太子の御前で服を脱がないでください!」


 サイフォスとマハが何やらこそこそと話し合っている。

 モニカは聞かなかった振りをしてダーロスのせまい額を撫でた。

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