7-1 元聖女とロクでもない男たち
「レイフォルド聖王国聖王レイフィールの名代として、王太子フィンレイが申し渡す」
可憐な風貌からは想像もつかないほど堂々たる声が発せられ、玉座の間に響き渡る。
先の追放劇の時と同様に、玉座の間には高官たちが召喚されていた。准聖女マグノリアの身体を乗っ取ったアトラの暗躍により、期せずして内部の膿が出たため、顔ぶれは半数近く変わっている。
「聖女モニカ=システィーナにかけられていた複数の嫌疑は、旧神の眷属『黒の繰り糸アトラ』によってねつ造されたものであった」
フィンレイは決して声を張りあげているわけではないのに、聞き取りやすく、言葉がすとんと身体の中に入ってくる。
「由々しきことに我が兄レイドールもこの件に関与しており、廃嫡ならびに遠流に処すことが決定している」
レイドールの処分を聞いても、モニカの感情は動かなかった。刑の重さに胸が痛むことも、因果応報に胸がすっきりすることもない。
そんな自分の薄情さに、少し嫌気が差す。つくづく聖女に向いていないと改めて思った。
「我が命を救ってくれたというのに、あらぬ嫌疑だけで地位を剥奪し、聖都から追いやってしまったこと、どうかこの場を借りて詫びさせてくれ」
壇下でひざまずいているモニカに向かい、フィンレイは深々と頭を下げた。
場内がざわめく。
あらかじめ段取りを知っていなければ、モニカ自身も恐縮と困惑で取り乱していただろう。
このやり取りは、モニカの身の潔白をおおやけに知らしめるためのパフォーマンスだ。モニカの名誉を回復するには事務的な手続きだけでなく、「冤罪だった」ということを内外に喧伝する必要がある。
「フィンレイ殿下、どうか面を上げてください。わたくしごときに過分なお言葉です」
聖女らしく声や表情を作るのは久しぶりだな、と思いながらモニカは打ち合わせ通りの台詞を口にした。
「疑われるようなことをしてしまい、眷属に付け入る隙を与えてしまった私にも非はあります」
「隙という点では我らとて同じこと。父である聖王の不在を理由に、兄の専横を許してしまったのが失態の始まりだ。結果、アトラにたやすく中枢を牛耳られることとなった。国防の要の一つである魔除けの水晶も破壊され、結界の再展開が急務となっている。モニカさえよければ、再び聖女としてその力を聖王国のために貸してはくれないか」
顔かたちが変わったわけではないのに、滔々と喋るフィンレイの顔からは幼さが消えていた。追放の決まったモニカに泣きついていたのが嘘のようだ。
ようだ、というより、サイフォス曰く実際にあれは演技だったらしい。モニカが復帰しやすくなる土壌を作るために同情を引こうとしていたのだという。
図らずもあの時のモニカとフィンレイの思惑は同じだった。
「力の変調はいまだ治ってはおりませんが、出来る得る限り尽力いたします。ですが、聖女の座については辞退させていただきたく存じます」
先ほどと同程度のざわめきが起こる。
モニカは気にせず続けた。
「准聖女マグノリア・ペルティエとは旧知の仲でありました。そんな彼女の異変に気付くことができなかったわたくしに、聖女としての資格はありません」
用意した台詞であると同時に、モニカの本心だった。
「殿下のお許しさえいただければ、次の聖女が見つかるまで代理として責務を果たす所存でございます」
モニカの申し出は、多少の困惑こそあったが受け入れられ、場は滞りなく終わった。かすかなざわめきとともに人がはけていく。
◇
「本当にこれで良かったの?」
いつもの口調に戻ったフィンレイは、玉座に座って足をばたつかせた。
人払いをし、今はモニカ、フィンレイ、サイフォス、マハの四人しかいない。仔犬姿のダーロスも数に含めるとプラス一匹だ。
「元々性格的に合ってなかったんです。聖女なんて」
モニカはスカートの裾をつまみ、ひらひらと揺らす。子犬姿に精神を引きずられているのか、ダーロスがスカートにじゃれつく。
今着ているのは以前と同じく、聖女モニカ=システィーナのためにしつらえられた薄藤色の修道服だ。現状、モニカは聖女でも准聖女でもないが、特例として身につけることを許されている。
せっかくきっちり採寸して作ったフルオーダー品。廃棄したりクローゼットの肥やしにするのはもったいない――という貧乏性が出てしまい、替えの分まですべてもらいうけた。
「そう? 無理してるのも含めて、ボクは好きだったよ。今からでも考え直さない? ボクとしてはモニカと結婚するのはやぶさかじゃないよ」
フィンレイは玉座の手すりに頬杖をつき、まぶしそうに目を細めた。
「お言葉だけありがたく受け取っておきます」
モニカは膝を屈め、形式的な礼をする。
「社交辞令でもそんな言葉受け取らないで! モニカは俺が国に連れ帰るんだから!」
慌てたマハが口をはさんだ。
「ええと、マハヴィルさんって継承権第四位だよね? それで次期聖王のボクと張り合うの?」
フィンレイは無邪気を装いマウントを取る。
子供っぽい第二王子を演じていたあたり、本性はかなりの食わせ者だ。
「俺、姉上と兄上たちを倒して王になるから!」
マハは尻尾をぴんと立て、モニカの肩に両手を置いた。
「血迷って内乱宣言しないでください。実際に行くかどうかは別として、異国で暮らすのは文化や気候や食の違いとかあって不安が」
「じ、じゃあ俺がこの国で暮らす!」
「それだとマハはただの無職ですよね」
「俺、頑張って仕事探すからぁ!」
マハの気勢が削がれるにつれ、だんだんとモニカに縋りつくような形になった。尻尾もくたくたと萎れていく。
「くだらないことでモニカさんを困らせないでください」
大きくため息をつき、サイフォスがマハを引きはがした。そのまま自然な流れでモニカの手を取る。
「一番最初にモニカさんに求婚をしたのは僕ですよ」
サイフォスは余裕のある笑みを浮かべた。
「順番は関係ないと思いますが……」
「病める時も健やかなる時も、共に冥神を崇めましょう?」
「そのプロポーズを喜ぶ人がいると本気で思ってます? っていうかただの宗教勧誘ですよね?」
「『他の神と違って確実にご利益あるよ!』と我が神も初回入信サービスに乗り気ですよ」
「サイフォスさんが宿してるのって本当になんなんですか……」
モニカは頭痛を覚え、サイフォスを押しのけて頭を抱えた。
『姐さんまわりにはロクな男がいやしませんね』
ダーロスが短い手足を使ってモニカの身体によじ登る。
口調こそおかしいままだが、見た目と行動は完全に仔犬だ。狼姿の時とは違うふわふわの毛は心因性の頭痛によく効いた。
「俺のほうが毛量多いのに」
マハが自分の尻尾をつかんで寂しそうに呟く。
「何を張り合ってるんですか」
サイフォスは冷ややかな目を向けた。