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6-13 六連星の鏡が写すもの

 実際には、唇が触れる寸前のところで留まっていた。だがダーロスからは、二人が人目をはばからず、くちづけを交わしているように見えただろう。


(な、何するんですか!)


 モニカはサイフォスにだけ聞こえる声量で抗議する。


(本当にしても良いのですがね。同意をいただく暇がありませんでしたので)

(そうじゃなくて! なんでこんなことするんですか!)

(相手への精神攻撃は基本ですよ)

(これのどこが精神攻撃なんですか……)


「ひとのモンに何やってくれてんだてめえ!」


 サイフォスの言葉を裏付けるように、ダーロスが犬歯を剥き出しにして怒鳴った。


 しかし、それ以上のことはしてこない。


 ダーロスの表情から、身体を動かそうとする意志のようなものは見受けられたが、手足がぴくりと震えただけだった。

 それだけでなくダーロスの外見にも異変が起きていた。彼の中で何が起こっているのか、髪の色が赤から黒へ、瞳の色が赤から金へと目まぐるしく揺らぐ。


「ね、精神攻撃になったでしょう」


 サイフォスは得意げに唇の端を持ちあげた。


「この通り、サイフォスはロクでもない奴だからまともに取り合わないほうがいいよ。有能ではあるんだけど」


 今まで静観していたフィンレイが、モニカの袖を引っ張って忠告する。


「ちなみにモニカさん、僕が渡した手袋はまだお持ちで?」


 フィンレイの告げ口を気にすることなく、サイフォスは顔を近付けて尋ねた。

 サイフォスの手が腰にまわされたままであるため、無駄に距離が近い。


「ええ、はい。一応……」


 モニカは顔を背け、胸元に手を当てた。サイフォスの手袋は服の下に入ったままだ。


「失礼、様々な責任は後で必ずまとめて取りますので」


 責任って? とモニカが頭に浮かんだ言葉を発するより先に、サイフォスの手が服の中に滑り込んだ。スリのような手際の良さで手袋を抜き取る。


「きゃあっ!?」


 モニカは驚きと恥ずかしさで悲鳴を上げる。

 サイフォスに服の中をまさぐられたのはこれで二度目だが、当然慣れるわけがない。


「本当は肩の手当てをした時にうっかり見てしまったため知っていたのですがね」


 サイフォスは顔色一つ変えずにうそぶく。


「馬っ鹿……! こんなことしなくても言われればちゃんと渡しました!」


 モニカは怒りやその他諸々の感情で顔を赤くし、手を交差させて首元を隠した。


「まぁまぁ、責任はちゃんと取りますって」


 サイフォスは鏡を取り出すと、手袋をモニカに投げ返した。


「結構です!」


 モニカは握りつぶすように手袋を受け取る。


(本当になんなのこの人!)


 以前にも増してサイフォスは軽薄さが増した気がする。こちらが素なのかもしれない。


「それ、ちょっと可愛く映るだけの鏡でしょう。そんなのどうするんですか」


 モニカは不機嫌さを全面に出して尋ねる。


「この鏡を送られた聖女システィーナやモニカさんにとっては、いま仰ったような子供だましの代物かもしれません。が、厳密には少し違うのですよ」


 サイフォスは鏡面をダーロスへを向けた。

 しかし、何も起こらない。


「サイフォスさん?」

「あ、僕じゃ力を引き出せないんでした」


 サイフォスは白々しくぽんと手を打ち、鏡をモニカに握らせた。


「服の中に手を入れてまで盗む必要なかったじゃないですか!」

「まぁまぁ、そんな些末なことは後にしましょう」


 サイフォスはモニカの腕を支えるように手首をつかんだ。鏡面をダーロスの方へと向けさせる。

 鏡から紫がかった白光が扇状に伸び、ダーロスの全身を照らし出す。


「何ごちゃごちゃ言ってんだ!」


 ダーロスはまぶしさを嫌い、顔の前に手をかざした。光の中でダーロスの姿が二重にぶれる。


「六連星の鏡が映し、あきらかにするのは、(まこと)の姿。目を曇らせるあらゆる異物を排し、真実のみを照らし出します。鏡に映った自分が可愛く見えたのなら、ご自身が思っているよりもあなたは事実可愛らしい、ということです」


 サイフォスは軽く顔をかたむけ、男性にしては艶めかしい流し目をモニカによこした。


「は……あ、えと、確か、『サイフォスはロクでもない奴だからまともに取り合っちゃダメ』、なんですよね?」


 モニカは危うく視線に絡め取られそうになったが、フィンレイの忠告を復唱して難を逃れる。


「余計なことしてくれましたねフィン様」


 サイフォスは口元をわずかに引きつらせてフィンレイをにらむ。

 フィンレイはわざとらしく口笛を吹き、天を仰ぎ見た。


「ふざけんなクソったれ!」


 不機嫌極まりない声が聞こえ、モニカは慌てて視線をダーロスの方へと戻す。

 ダーロスはその場に膝をつき、頭を掻きむしっていた。


 二重写しを通り越し、目の錯覚かと思うほどダーロスの輪郭が歪んでいる。


 ほどなくして、ダーロスの全身から大量の血が飛び散った。ぐったりと前のめりに倒れこむ。


「マハっ……!」


 モニカは悲鳴のような声で元の身体の持ち主の名を呼んだ。照射をやめようとしたが、手首をつかんでいるサイフォスがそれを許さない。


「大丈夫ですよ」


 サイフォスは空いている方の手でモニカの肩をぽんぽんと叩いた。モニカの視線を誘導するように指を動かす。

 サイフォスが指し示した先には血だまりがあった。先ほどダーロスの身体から飛び散ったものだ。


 なんて悪趣味なものをわざわざ見せるのか、とモニカは怒りを感じたが、ふと違和感に気付く。


 飛び散った血液が一滴残らずそこに集まっている。

 血――血に似た赤い何かは一塊の球状となり、やがて赤毛の狼の形をとった。身体のサイズは一般的な狼と変わらない。


(あれは、ダーロス? じゃあ、倒れているのは……)


 モニカは不安と期待でないまぜになった気持ちを抱え、倒れ伏している青年へと視線を移す。


「……『ふざけんな』はこっちの台詞だ」


 静かな怒りを感じさせる声が響いた。

 地面に拳を叩きつけるようにして、黒髪の青年がゆらりと立ち上がる。

 艶やかな漆黒の髪に、濃淡が変わる金の瞳、髪と同色の狼耳と豊かな尻尾。


「よくも人の身体で好き勝手してくれたな、ダーロス!」


 モニカがよく知るマハの姿がそこにあった。

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